380話:宮殿占拠事件5
弟たちは無事だった。
まだ父やライア、妃殿下の安否は不明だけど。
けど少しは明るい情報を得られたんだと、逸る自分を慰める。
そんなところに外から騒ぎの声がしてきた。
「も、申し上げます」
「何ごとか?」
すぐに騒ぎに対してルカイオス公爵が人をやったんだけど、戻ってきた人の顔色で、あまりいい報告じゃないことがわかる。
「公爵閣下を訪ねてただいま…………」
言いかけたところで、後ろで乱暴に天幕が跳ね上がるのが見えた。
「無礼を承知で参上仕った! これはいったいどうしたことか!」
威勢よく入ってきたのは、ルカイオス公爵に比べれば若い貴族。
皇帝である父と同じくらいの年齢で、青緑の髪に黄色い目をした、正直見覚えはない相手。
「どういうことかというのは、こちらがお聞きしたいのだが? ジェレミアス公爵」
ルカイオス公爵が落ち着いて対応する。
ジェレミアス公爵の名前は、僕も一度聞いたことがあった。
帝都で宗教関係の暴動が起きたという話の中だ。
ルカイオス公爵の権勢が揺らいだことや、政治的な教会勢力が帝都での影響力を弱めたせいで起きたことだったけど、それを鎮圧したのがジェレミアス公爵。
先帝の甥にして孫である人。
「何故宮殿の門が閉ざされ、あなたはこのように兵を並べているのです? まさか権勢を追われたからと叛意をもっているのではありますまいな!」
「ジェレミアス公爵、お言葉には気をつけられよ! 閣下への侮辱ですぞ!」
ジェレミアス公爵にルカイオス公爵の部下が食ってかかる。
そっちで言い合ってる間に、ルカイオス公爵へ、別の人が報告を囁く。
さて、皇太后の孫でもあるこの人はいったい何をしに来たのかな?
「わしはルキウサリアから帰還の折、帝都の外に差し掛かったところ、危急を告げる者がおったまで。応じて帝国を守るべく参じ、このように陛下をお守りすべく軍議を開いている。ジェレミアス公爵、貴殿も兵を率いてやってきたようだが?」
どうやらさっきの耳打ちは、この人も兵を連れてるって言う警告だったようだ。
確かジェレミアス公爵は、帝都在住で暴徒を鎮圧できるくらいの人員は持ってる。
ただその割に、帝都の外にいたルカイオス公爵に遅れて現れた。
しかも何処に隠してたんだか、人員じゃなく連れてるのは兵らしい。
こんな非常時じゃなければ、帝都でそんな武装してたら怪しまれるし、普通に謀反疑われるはずだけど。
「私も危急と聞いてできる限りの兵を集めて参ったのです。貴殿こそ、何故これほど早く動けたというのですか?」
「さて、ルキウサリアの音楽祭に向かうための護衛と、同じようにつてを頼っての兵として立ってくれた有志たちですな。それを何故とは。義を知らぬ悪党のごとくおっしゃる」
ルカイオス公爵は笑顔で刺すけど、絶対それ用意してた兵でしょ。
そして門を閉じられた帝都で兵を用意したジェレミアス公爵も同じことだ。
どっちも目論見があって、事前に兵を用意してた悪党まがいと…………。
いや、そうじゃない。
せっかくテリーたちが無事で、今なら間に合う時に、いきなり怒鳴り込んできたジェレミアス公爵だ。
(邪魔だな)
(入り口付近には武装した供がいます。しかし天幕内の者であれば制圧可能です)
何故かセフィラがやる気だけど、そんなことする必要はない。
何より、ジェレミアス公爵を制圧するなら、もっと確実に動けなくするやりようはある。
「…………ねぇ、いつまで僕を待たせるの? その無礼者をさっさと排除して」
できる限り不遜に言い放った。
偉そうな相手で思いつくのは、ルカイオス公爵、ユーラシオン公爵、あとはニヴェール・ウィーギントで、イラっと来るのはハドス辺り。
年頃としては、表向き初めてアズロスとして会った時のソティリオスかな。
そこら辺を参考に、僕はできる限り尊大な皇子を装った。
「…………これは申し訳ございません」
途端にルカイオス公爵が乗ってくる。
何一つ違和感を覚えないような、すごく自然な感じで、僕の対応に困ったようなふり。
本当、この人って…………今はいいや。
乗ってきたってことは同じように怪しんでるわけだし、邪魔者認定のはず。
(問題は、なんで今、この人が現れたのかだ)
(ルカイオス公爵の動きの速さを訝しんでいます。その上で、自らがこうして宮殿の入り口を押さえるつもりであったようです)
(ふーん、だったら今はいいや。それで、僕をなんだと思ってる?)
(黒髪でルカイオス公爵よりも上座にいることから、理解しています)
その上で戸惑いなら、なんでここにって混乱で対応決め来てないってことか。
「ルカイオス公爵から話しを聞いてるのは僕だ。それを無礼にも、名乗りもせず、許しも得ずに喋るなんて、どうかしてるよね」
「は、いや、これは…………第一皇子殿下?」
「誰が喋っていいって言ったの?」
驚きを押さえて答えようとするのを、僕のほうがより無礼に叩き落とす。
名乗りも許さないし、喋ることも許さないために言ってるしね。
宮殿が占拠された上で、二者の兵が門前に揃った。
そこが対立するなら問題は、指揮を担う者の正当性になる。
(政界追われたルカイオス公爵相手なら、自分が上に立てるってところだろうけど)
(現状、主人を黙らせる方法を思案しています)
(宮殿が制圧されてる以上、この場で僕以上はいないのにね)
(ジェレミアス公爵も継承権を有しています)
(あぁ、立場としてはユーラシオン公爵と同じだもんね。それでも皇子じゃない)
先帝の弟の子で、後を継いだ公爵だから、継承権は僕の下になる。
どんなに血筋が高くても、今の皇帝の息子であり皇子と認められる僕の地位は覆せない。
悪い言い方すれば、皇帝も皇子も生死不明なんだ。
今僕は一番帝位に近いと言えた。
いや、本当、なんでこうなってるのか僕も聞きたいくらいだけどね。
もちろんテリーたち無事だから、知らないジェレミアス公爵相手にだけ通じる虚勢だ。
けど、虚勢がきく今、使わない手はない。
「宮殿は不当に占拠された。これから奪還に動く。異変に応じて参上したというなら、先ほどまでの無礼は許そう。けど、次はない」
「は、ご無礼申し上げました。それでは…………」
「誰が喋っていいって言ったの? だいたい君、名乗りさえしてないのに不躾すぎるよ。どこの家の者か知らないけど、よほどの家なんだろうね?」
うん、今度は黙った。
けど全身から怒気が発されてるのがわかる。
まぁ、僕が言うのもなんだけど、僕って相当血筋は低いんだ。
身分を会社に置き換えると、中卒社員がまかり間違って管理職に就いた上に、創業一家出身の部長クラスに、どんな教育受けてるんだって喧嘩売った形だし。
さすがにルカイオス公爵派閥からも、ドン引きの視線来てる。
けどルカイオス公爵自身は、なんか納得の顔してた。
セフィラ曰く、完全にジェレミアス公爵を封じ込めるやり方に気づいたらしい。
「それでも、この事態の解決を志す殊勝さがあるなら」
僕が声をかけると、一応聞く気はあるようで、敵意を押さえた目を向けてきた。
どうやらこれだけの侮辱を受けてもここから退く気はない。
それだけの狙いがあって今現れてるのは確定か。
だったら余計に、この怪しい公爵に動かれるのは不都合だ。
「ルカイオス公爵に兵権預けて指揮下に入って。で、命令があるまで陣の端で邪魔にならないようにしておいてよ」
「そのようなこと…………!」
「イクト」
呼んだ途端、それまでじっと気配を殺すようだったイクトが天幕を駆け抜ける。
気づいた時にはジェレミアス公爵を押さえつけてた。
公爵という高位の相手に、手を出す命知らずはいないという思い込みが、ジェレミアス公爵を隙だらけにしてた結果だ。
まぁ、ルカイオス公爵側も身分無視した暴挙に唖然としてるけど。
「この忙しい時に叛意があると見られるようなことをするなんて、本当に不躾だね。今は忙しいから君にかまってる暇はないんだ。第一皇子の名の下に拘束。対処は任せるよ、ルカイオス公爵」
「承りました。第一皇子殿下に害成す恐れがあったため、宮中警護により捕縛。その身代の拘束及び警戒はこちらで請け負わせていただきましょう」
ルカイオス公爵はすぐに応じて命令する。
罪人のように捕まったジェレミアス公爵は外に引っ立てられた。
そしてルカイオス公爵が言ったのと同じことを言って、ジェレミアス公爵が連れてきた兵に大人しくするよう告げる声が聞こえる。
「…………皇太后と組んでる情報は?」
「外孫として常識的な範囲ですな」
「けど、知ってたよね?」
「さて、どうでしょう」
ルカイオス公爵はとぼけるけど、計ってたルカイオス公爵に遅れはしても、半日も経たずに兵をそろえてやってきた。
これは事前に皇太后が動くと知ってる以外ではありえない。
それでどうして、宮殿制圧に加わらずにこっちに来たのかはわからないけど。
危ういこの場面で、放置しておくより捕まえて見張ってるほうが確実だった。
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