377話:宮殿占拠事件2
別荘地から湖を渡って帝都へ、そして帝都の港にたどり着く。
桟橋には少数兵が派遣されてたらしく、やってきた者の確認がされるようだ。
周囲の船は今、ここから帝都の外へ行くことも制限されているのがわかる。
「すぐに馬車を用意しろ。ルカイオス公爵に会われる」
「は、え?」
「急げ」
「は、はい」
どうやら僕たちを確認しに来たのは下っ端らしく、帝室の紋が入った船から、制服姿のイクトに命じられ慌てる。
そのまま命じられて、こっちが誰かも確かめず走って行ってしまった。
「ちょいと、馬車の用意がされるまでに話聞いてきます」
そう言って離れるヘルコフが行く先は、港の倉庫街端にあるディンク酒の工場だろう。
もしモリーがいれば、急変した帝都の事情を無視するはずもない。
何かしら、現状で帝都の住人でもわかる範囲は教えてくれると思う。
少し待たされたものの、僕は馬車を用意されて宮殿方面へ。
実はルカイオス公爵が何処にいるかわからなかったから、好都合だ。
そして現状を最も詳しく知るだろう相手に直進できるのは、現状一番手っ取り早かった。
「第一皇子殿下のおなりである! 邪魔する者は相応の覚悟と理由を持て!」
馬車で着いたのは、軍備が整えられた陣営。
イクトは制服効果なのか、物騒なこと言いつつ兵や武官らしき人たちの間をずんずん進む。
ヘルコフが手に入れた前情報で、宮殿で問題が起きたことはわかってた。
兵が並べられてたのも知ってたけど、異常事態に僕の足も速くなる。
そして軍備に詳しいヘルコフの指示で、指揮所らしき天幕に直進した。
「お待ちを! ただいま重大な軍議のさなかでありまして! あの、それに身の証を…………」
果敢に止める武官らしい人は、僕に皇子の証拠見せろと言おうとして、イクトやヘルコフに睨まれた。
そしてその隙に、ウェアレルが天幕の入り口を大きく開ける。
道を譲られた僕は止まらず、天幕の中に足を踏み入れた。
「…………これは、第一皇子殿下?」
「説明してもらおうか、ルカイオス公爵」
さすがに僕がいることは予想外だったらしく、ルカイオス公爵が目を瞠ってる。
他にも見知った顔は、ルキウサリアの屋敷で会った従者四人くらいかな。
あの時は従者してたけど、どうやらちゃんと役付きの偉い人らしい。
大事な軍議とやらに揃ってるし、若い人は立ってるけど他はルカイオス公爵と同じ席についてた。
入り口に立ってるのもなんだから、僕はルカイオス公爵の側にずんずん進む。
すると意図を察したのか、すぐさまルカイオス公爵は席を譲った。
つまりは、今までルカイオス公爵が座って軍議の上座だ。
「何故こちらにいらっしゃるのかお聞かせ願えませぬか?」
そう聞くルカイオス公爵には、次席だった人が席譲って座らせる。
そうしてる間に椅子が一つ増やされて、次席の人も座った。
「テリーが襲われた事件の後始末の目途はついた。今なら宮殿に戻っても文句は言われない。そう言ったのはあなただ」
とはいっても、こんなに早くとは思ってないからこその質問だ。
僕だって、ソティリオスのことがなければひと月くらい後を考えてた。
ただその上で、僕も説明してもらいたい。
「あの時の口ぶりからすれば、こうなる前に留める手を講じていたのではなかったの?」
主眼は皇太后。
その上で僕は皇太后の眼中に入ってない。
だから動く皇太后は僕を考慮に入れず隙を作る。
睨まれてるルカイオス公爵より効果的に動けるという話だった。
動くための猶予があるように聞こえたけれど、実際来てみればこれだ。
宮殿前に、ルカイオス公爵が陣を敷いてる。
「帝都の門を閉じて、宮殿の前に兵を配している。この状態で宮殿の門が開いてるとも思えないし、いるのはあなただけ。宮殿の人たちは?」
「現状、捕えられたとは聞こえませぬ」
「そうだね、捕まえたなら大々的に発表して、武装解除を迫るだろう。だったら無事。けど、門を閉じられている以上、この状態は長くもたない」
どうするつもりか目で問うと、ルカイオス公爵は他の軍議にいる人たちに目を向けた。
うん、ほとんどが鳩が豆鉄砲を食ったような顔だ。
そうでない人は苦々しいって感じ。
僕が主導権取ったからだろうけど、そんな人たちどうでもいい。
弟の誰かからの救難、そして武装包囲された宮殿、安否不明の家族。
それだけ状況が揃ってれば、今さら面倒なことしてる時間が惜しい。
「宮殿が占拠されたから動いたの?」
「いいえ、挙兵の報を聞いてからになります」
「打つ手があるなら言って。ないなら最初から話して」
現状打開可能なら邪魔しない。
そうじゃないなら、何をしくじったのか吐けってことだ。
迫る僕に、ルカイオス公爵は次席の人に手を振る。
すると、宮殿の地図が僕の前に広げられた。
「最初に挙兵が起きたのは右翼方面東門。そして離宮であるとの報告が届いています。宮殿から逃れた者たちの話を今取りまとめて報告されていたところです」
「時間は?」
「一刻と半」
つまり二時間から三時間が経ってるわけか。
逃げる余裕のある人もいたのは、占拠するには宮殿が広すぎるから。
だったら挙兵すぐに逃げた人以外は、宮殿のどこかで立てこもって身の安全を優先してる?
「報を受けて、帝都郊外に伏していた兵を連れて帝都へ参上いたしました。すぐさま門を閉じて不穏分子の流入は止め、その上で宮殿に急行しましたが。一度正門で衝突も、逃げる者も混じり入り、乱戦で負傷者を出す一方であるため退き、陣営を立て直した次第にて」
「押し切れなかったの? 軍と近衛は?」
宮殿には守りが敷かれてるはずなのに。
というか、宮殿広場から、さらに宮殿前広場を挟んで近衛と国軍の施設がある。
兵がどれだけ駐留してる場所かは知らないけど、この非常事態に無反応はないはずなのに。
「陛下方の身の安全が確認できるまでは、敵を刺激しないよう動かないとのこと」
「…………ふーん、それは想定内だったの?」
「いいえ」
だよね。
僕だってそこまであからさまなことするなんて思わない。
というか、ここでなんの動きもしないって、挙兵した反乱側と通じてるというようなものだろうに。
「他に手抜かりは?」
「あちらにつけてあった者が始末されました」
「皇太后? それともその周辺?」
「周辺ですな。決起の予定を掴み、こちらに連絡していました。しかしその動きに気づかれ始末。そして…………」
「気づかれたことを知ったから、決起の予定を前倒しにした?」
僕の言葉にルカイオス公爵は黙礼する。
一応しくじった自覚はあるようだ。
内情知ってるってことは、一応決起予定の報せは届いたのか。
それで焦って相手が拙速に走ったけど、ほぼ同時に動いたルカイオス公爵がひと当たりして、相手もそれ以上動けないように封じ込めてる。
「東門からということは、宮殿内部が即座に襲われたわけではない。また、離宮を押さえたということは、皇太后が自ら出てくるための場を確保したのか」
「そのように思われます」
僕の推測にルカイオス公爵も応じる。
嫌な想像だけど、皇太后が宮殿で挙兵したんだったら、一番に押さえたいのは皇帝である父だ。
そこに武力で脅して譲位を迫るのが目的だろう。
「陛下を押さえられていないなら、手が足りないか、そもそもの計画外の動きで手が回ってないか」
「両方であると考えております。捕まった者もいると考えれば、見張りに人手を割くことも必要となりますので」
「帝都の中に多く兵を止めおくことはできない。隠していた兵で急遽挙兵した。けどそこにルカイオス公爵が兵を率いて現れる。敵方は門を閉じることに注力して、宮殿の制圧が遅れた?」
「はい」
ここまでの推測はルカイオス公爵もしてるわけだ。
「皇太后は待つ人?」
「待つ、とは?」
「現状立てこもりと仮定する。こうしてルカイオス公爵が睨んでる状況で、宮殿内で大きく騒ぐと押し通って攻められ、陛下の確保をしくじる可能性がある。それよりも確実なのは、飲食の不自由な状況に数日置いて、音を上げるのを待つことだ」
銀行の立てこもりとかのニュースでも、犯人が根を上げるのを待つとかあった。
数日でもストレスフルな人質が、パニックにならないよう気を配るとかもあったな。
事件で気を遣うべきところみたいな解説で、聞いた覚えがある。
「なるほど。確かにそれは確実ですな。…………しかし、待てないでしょう」
「高齢になって動いたからには、後がないか。そういう時こそ慎重を期して、人質は丁重に扱うくらいの理性が欲しいんだけど」
「どうも人は、歳と共に理性のタガは外れやすいようで。いらぬと判断した子供にも容赦はしないやもしれません」
嫌な想像加速させないでほしい。
正直考えないようにしてたんだ。
だって帝位が欲しいなら、そこに至るまでに邪魔な人の息の根を止めれば早い。
そう考えれば、父の子である皇子や皇女など、生かしておく価値は低いんだから。
定期更新
次回:宮殿占拠事件3




