375話:消えたソティリオス5
ルキウサリアから出国し、道中僕は転輪馬から普通の馬車に乗り換えた。
街道の町によっては馬を休めたり、変えたりしつつ情報収集も怠らない。
そういうことができるのは、ルキウサリアから借りた人手と、移動に慣れた側近たちのおかげだ。
「ソティリオスを乗せた馬車に全く追いつけない。これは向こうが休みなしで進んでるとしか思えない。だけど、そんな無茶する?」
「できるかどうかで言えば、可能ではありますよ。さすがにルキウサリアの外までは、犯罪者ギルドのアジトの場所把握してないですからね」
ヘルコフは軽く答えてくれるけど、表情はいつになく真剣。
「さすがにこれだけの時間、ソティリオスが大人しくしてるとは思えないけど」
「確かにあの若君は一度、犯罪者の手から逃げ出しています。しかし十分な期間を潜伏して準備もされている。であれば、魔法に関する護符は最初に剥いであると思うべきです」
イクトが言うとおり、ソティリオスはトライアン王国の港町で一度行動してる。
その時に眠りの魔法を軽減する護符を僕も知った。
そして軽減された中、一人脱出を試みて、途中で動けなくなってたんだよね。
物理的に縛られてたら年相応の力しかない。
港町のように石器にできる黒曜石があるとも限らない。
「自力で逃げようとしていたら、それはそれで危険ですし。相手の足が止まっていないのならば、まだ無事だと考えてはどうでしょう」
僕の不安を払拭しようと、ウェアレルがそう言ってくれる。
相手が犯罪者ギルドのアジトを使って、まだ進むつもりがあるのはわかってた。
最悪用がなければ口封じもあるから、そうなれば進む必要もなくなる。
「未だにルキウサリアからは身代金の要求があったとは連絡がない。だったら、運ぶことに意味がある?」
僕は伝声装置でルキウサリアの屋敷と連絡を取っていた。
屋敷のほうには王城から連絡が入るから、それを伝えられもしてる。
王城からは、要求や変化があった時に報告するよう、ユーラシオン公爵家の屋敷やウェルンタース子爵令嬢に通達がしてあった。
つまり現状は、本当に攫って移動させてるだけ。
移動先に目的があると思っていいかもしれない。
「こういうことがあるなら、レーヴァンを手ぶらで帝都に帰すんじゃなかったな」
今、僕の側に名ばかりの僕専属宮中警護レーヴァンは不在だ。
ルカイオス公爵が帰る前に帝都へ発っていた。
と言っても、ルカイオス公爵の動きも予想以上に早かったから一日違い。
「ルカイオス公爵があんなに早く帰られるとは思っていませんでしたし」
「それに殿下、音楽祭で忙しかったでしょう。新しく小型伝声装置作る暇もないですよ」
ウェアレルとヘルコフが言うとおり、レーヴァンに小型の伝声装置を持たせたかったけど、現実的には無理だ。
レーヴァンもイクトが戻ったなら早く帝都へ報告したいって言ってたし。
これ以上報告事項が増えるのが嫌だとか言ってたから、小型伝声装置を作るのも待ってはくれなかっただろう。
「でも、弟たちに届けてって言えたと思うんだよね」
「確かに、それであれば現状で連絡がついたかもしれませんが、ない物はしょうがない」
イクトは現実的に、言い切った。
それでもやっぱりレーヴァンに持たせてればできたことがあるんだよね。
先に行ってるから、連絡して馬車を止めるもしくはマークするでもいい。
今よりも、ソティリオスを捜す手がかりが得られたと思う。
(主人に報告。戻りました)
聞こえる声に、僕は思考を切り替える。
それだけなら何もなかったってことだけど、セフィラは報告をした。
「この町にはアジトはないみたいだ。駆け抜けたなら追おう」
僕の言葉でセフィラの帰還を知って、それぞれが動く。
「ここから急げば夕暮れ頃に次の町か」
「町に入ると思いますか?」
「ここで止まってないなら次だ」
イクトにウェアレルが聞くと、ヘルコフが断言した。
僕たちはルキウサリアの人員にも声をかけて、あわただしく移動を再開する。
たぶん、ソティリオスと差はあっても二、三日。
ルキウサリア国内は転輪馬で下り坂だから一日、二日は縮められたと思いたい。
「情報は入る。距離は縮まってる。あとは…………」
捕まってるソティリオスの体力が持つかだ。
無茶な移動の間に、拘束や暴行も視野に入れなければいけない。
犯罪者は人質を大事になんて考えない。
邪魔なら殺す。
用が済んだら殺す。
その実例は嫌というほど聞いた。
ユーラシオン公爵家だとか、帝室の血筋だとか、そんなことで躊躇するくらいならまず攫ってないんだ。
「向かう先は帝都で変わりない。だったら、ルキウサリアの駅を借りてこっちだって休まずいける」
ルキウサリア国王から許諾を得て、特別に駅で優先して協力するよう命じる鑑札をもらってる。
だから早馬を飛ばすための設備を借りれるようになっていた。
手回しなしで馬の替えも宿の使用も許可されるのは、正直ありがたい。
そうして相手の動きを調べつつ、追い駆け半月。
一ヶ月かかる道のりもほぼ休みなく進んで、もう帝国の領内に入っていた。
それでもまだソティリオスには追いつけずにいる。
「まずいですね」
「ヘルコフ?」
赤い被毛に覆われたヘルコフの顔に、焦燥の色があった。
それにイクトが確かに頷く。
「昨日から食料を補給した形跡がないのです」
「えっと、つまり…………ソティリオスが飲まず食わず?」
ここまで、僕も無茶な旅をしてる。
飲食が保証されてる僕でも体力が削られ、思考力も低下してるのが感じられた。
そんな僕でも疲労は目に見えてるのに、決して丁重には扱われてないソティリオスならどれだけ弱ってるだろう。
そこで飲食さえ賄ってもらえないとなれば、命に関わるかもしれない。
「今日も街を避けて先を急ぐのなら、弱る一方でしょう」
ウェアレルも心配そうに、先を見据える。
馬車も変えず、御者も休まず、向こうも相当厳しい状況のはずだ。
それと同時にそこまでの強行をするのなら、追っ手がかかってることを察知できるだけの距離に詰めてるはず。
僕も覚悟を決めた。
「今以上に早くできる?」
「アーシャ殿下、それは…………」
「僕のことはいい。三人とルキウサリアの兵がいざという時に動けるなら」
イクトに止められそうになるのを、逆に止める。
それぞれ目を見交わしてヘルコフが口を開いた。
「いいでしょう。これからは食事も移動しながらにしましょうか」
「この先は帝都に向けて街道の整備も万全だ。少々無茶な走りもいけるだろう」
「そのためにもまずは、次でできる限りの物資を用立てましょう」
帝都に向けて速度を重視して進むことが決まる。
ルキウサリアの兵も、ユーラシオン公爵家嫡子の誘拐と知っているから、国のためにも救出に繋がる案を拒否はしない。
僕たちは苦痛を承知で動き、今まで以上に進むことを重視した無理な移動が始まった。
そうして数日無茶を通して、明日には帝都が見える距離まで辿り着く。
「…………おかしい」
「アーシャさま?」
「本当に意味がわからない。誘拐で身代金も要求しない。しかもこんな見つかる可能性が高い移動を強行してまで、人質を解放した様子がない」
「それはたぶん、行く先に引き渡す相手がいるのでしょう」
ウェアレルが自分で言っておいて、不快そうに尻尾を振る。
確かにその可能性はある。
つまり誘拐犯の他に依頼人がいるわけだ。
(追いつければそちらも捕まえられる? そんな余裕は残ってる?)
(主人に報せ)
僕が考えてると、セフィラが小型伝声装置が受信してることを教えてくれた。
「あ、ルキウサリアから連絡だ」
言って僕はすぐ、伝声装置を耳に当てる。
車輪の音と振動で聞き取りづらいんだ。
「アーシャさま? お顔の色が」
同乗してたウェアレルが言うくらい、僕は顔色に出るほど動揺したらしい。
「…………ノマリオラから、だけど宮殿の装置からって。『兄上、たすけ』そう、届いた」
その半端な内容に、ウェアレルも眉間を険しくする。
どう聞いても、その言葉は助けを求める途中で、あえなく連絡を断念したようにしか。
そして、伝声装置で兄上と呼ぶ相手なんて限られてる。
「その後に問い直しても返事はないって」
「ともかく、急ぎましょう」
早口になって訴える僕に、ウェアレルは落ち着かせるようにそう言って、御者台のヘルコフに声をかけた。
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