373話:消えたソティリオス3
僕はアズロスとして、ディオラと一緒にウェルンタース子爵家の屋敷へ向かった。
周辺と似たような、奥に長いタウンハウスだ。
ただ、そこだけ周りと雰囲気が違う。
ウェルンタース子爵家の屋敷は、緊張に包まれているのが外からも見えるくらいだ。
「ディオラ姫! 何か動きがありましたか?」
ディオラの来訪にすぐさまウェルンタース子爵令嬢が玄関に現れる。
けどそんなウェルンタース子爵令嬢は屋敷の人員に宥められ、まずは応接室へと移動した。
華美というほどではないけど、どことなく宮殿の装飾をほうふつとさせる室内。
それだけ歴史と貴族としての見栄で整えられてるんだろう。
ただ、この屋敷で主人格であるウェルンタース子爵令嬢は、全身で不安と焦りを表していた。
まずディオラがウェルンタース子爵令嬢を落ち着け、僕が最後にソティリオスに会ったことを告げる。
そこから引き受けて、僕はできるだけ簡潔に僕から見た事実を告げた。
「ソーは、ウェルンタース子爵家の御者が操る馬車に乗って帰ったよ」
「そんなはずはありません!」
「まずは、ソーが顔を知る御者が今どこにいるかを確かめるべきじゃない?」
反論しようとしたウェルンタース子爵令嬢は、息を呑んで止まる。
けど次には、すぐさま部屋の中に控えてる一番の年かさの侍従へ命じた。
「すぐに、御者全ての居所を! そして昨日何をしていたかを聞き出しなさい!」
「すみません、ウェルンタース子爵家の馬車が使われたかどうかもお願いします。馬車事態に家紋なんかはなかったんですけど、ソーが乗ってもいいと思うくらいの設えだったんで」
僕の注文に、ウェルンタース子爵令嬢が頷くと、侍従は一礼して退出した。
どうやら不躾な横槍は受け入れられたようだ。
「それで、ソーさまは!? ソーさまはどうされたのです!」
ウェルンタース子爵令嬢が、テーブル越しに僕に迫る。
御者の情報を待つ間に、僕は昨日のことをもう一度話して聞かせた。
「で、念のために聞くけど、ウェルンタース子爵家からそんな人は?」
「出しておりません。ましてやユーラシオン公爵家からの火急の報せなどもありません」
誘拐確定かぁ。
僕はディオラと頷き合う。
その上でディオラが、ウェルンタース子爵令嬢に水を向ける。
「確認いたします。ソーさんはユーラシオン公爵からの偽報によって、ウェルンタース子爵家にゆかりある者の手で誘拐された。しかし、そこにウェルンタース子爵家は関与していない」
「もちろんです! あの方を誘拐して利する者など…………あ、まさかあの音楽祭を見物などと言ってあの者、ルカイオス公爵が?」
「待って待って。それはさすがに飛躍しすぎだよ」
僕はけっこう危うい発言を止める。
ディオラは無表情を保つことで聞かないふりだ。
部屋の中にいた使用人たちは冷や汗をかいてる。
さすがに疑いをかけるにも大物すぎるんだよね。
「確かルカイオス公爵は初日に帰ったんじゃなかった?」
「そうです、昨日攫われたソーさんとは関われません」
「そう、ですわね」
答えるウェルンタース子爵令嬢だけど、半信半疑な感じだ。
確かに政敵だろうけど、そこまで短絡でもないと思うんだけどな。
そもそもここには僕がいる。
そんなわかりやすいことしたら、後で足元掬われるとわかってるはずだ。
目的は同じだけど、だからって味方同士ではないんだし。
「お嬢さま…………!」
慌てた様子で戻ってきた侍従に、ウェルンタース子爵令嬢は手を振る。
どうやらそれが、すぐに報告しろという意味だったようだ。
僕たちがいてもそのまま、自家の恥かもしれない報告をさせた。
「御者が一人、昨日から姿が見えません」
「その者の身元は?」
「帝都から連れてきていた者が手を怪我した際に、臨時で雇い入れていた者で、確かな身元とは言い切れない者でした」
僕とディオラは聞き役になって、ウェルンタース子爵令嬢が質問を続ける。
結果、御者は確かにウェルンタース子爵令嬢を送迎するために仕事をしていた者だった。
そしてその時に、ソティリオスとも顔を合わせているらしい。
「ソーとはどんな? 言葉を交わしたのが初めてではなかったように思えた」
「あの者なら、愛想がよく、よく足元への注意や、季節の変化を知らせたりと、顔を合わせる時間は短いながら言葉を交わしておりましたわ」
僕に答えるウェルンタース子爵令嬢も、今となってはその愛想の良さが罠だと気づいてる。
その上で御者という使用人の立場から、言葉をかけて不快に思わせない。
それを受け入れさせるだけのコミュニケーション能力も感じられた。
それは、僕が見た御者にも共通する印象だ。
つまりは相当な役者なんだろう。
「その臨時雇いをしないといけない怪我の理由は?」
さらに聞くと、ウェルンタース子爵令嬢が侍従に説明するよう目を向ける。
けど侍従も知らないらしくさらに別の使用人に尋ねた。
そしてわかったのは、偶発的に喧嘩に巻き込まれてという、作為を窺える状況だ。
「つまり、例の御者を潜り込ませるために一芝居打った可能性もあるわけだ」
僕の呟きに全員が息を呑む。
「そんなまさか!? 何故、そんなことを?」
「まずは紹介先を検めてはいかがでしょう?」
取り乱すウェルンタース子爵令嬢に、ディオラが誰も知らない答えを求める無為を止める。
貴族が雇う相手は紹介があってこそ、仕事にありつける。
身元と能力があってこその、高給取りだ。
紹介先を検めるために、室内にいた使用人が一人室外に出される。
「御者はこちらの家に縁のあるものだった。次に、馬車は?」
僕が追加で言ったことを確認すると、侍従が一礼して答えた。
「ウェルンタース子爵家所有の馬車は全て揃っておりました」
「さすがに馬車なんて大きなものは、無断使用したら即座にばれるからね。そうなると、あの馬車の出所がヒントにもなりそうだと思うんだけど」
僕が言うと、ディオラが頷いた。
「すでにアズさまからお教えいただいた馬車の特徴で、門の通過を調べさせています。改めて、馬車や馬の出所を洗いましょう」
ディオラは室外に控えたおつきを呼んで追加調査を言いつけた。
現状は御者が誘拐したのは確定だけど、目的がわからない。
ソティリオスの行方も不明なままで、場合によってはずっと以前から準備してた気配がある。
「ともかく、今は待つしかないか」
「ですが、ソーさまは今も誰とも知れない者の手に! な、何かあったら…………」
ウェルンタース子爵令嬢は不安で居ても立っても居られないようだ。
「言ってはなんだけど、相手からの動きがないと対処もできない。それとも、ソーを生きて誘拐するなんて危険を冒す者に思い当たる節がある?」
「生きて…………そう、ですね。はい、そうです。もし殺害が目的なら、馬車の中で事足ります。現状発見の報がないのであれば、確かにソーさんは生きて囚われているはず」
ディオラがほっとして、ウェルンタース子爵令嬢を宥めにかかる
ただ行方不明とは言っても、正直生死不明が正しい言い方だ。
けど早朝からもう朝になる今、ずっと捜しまわってる。
これで死体さえ見つかってないなら、ソティリオスは生きて監禁の可能性が高い。
「思い当たるのなんて、ルカイオス公爵しかおりませんのに…………」
「いや、だからそれは逆にないって。正面からやり合ってるんだ。ソーに手を出したなんてことになったら、逆にユーラシオン公爵が派手に糾弾する、と思うよ。ルカイオス公爵はそんな雑なことする人?」
ちょっと喋りすぎたのを、慌てて疑問形に修正した。
皇子と関連付けられないよう、あえて言葉も崩したままだけど、ウェルンタース子爵令嬢はそれどころじゃないみたいで、僕のことに気づいてない。
僕の質問に考え込んだウェルンタース子爵令嬢は、首を横に振る。
「大物だし、そんなことしないよね? それにまだ誘拐犯から要求があるかもしれない。こっちはできるだけ相手の素性を探って、いざとなったら動けるようにしよう。ともかく、本気で取り組むなら、明日からも学園休む手続きとかしたほうがよさそうかな」
さすがにソティリオスの不明を、他人任せにはできない。
あとウェルンタース子爵令嬢が暴走しそうだから止めないといけなさそうだ。
ディオラが王城との連絡を担ってるし、ここは僕が学園担当するか。
そうして学園に連絡入れるために、一度帰った。
屋敷でウェアレルが待っててくれたから、そっちと休む言い訳の打ち合わせをする。
ディオラにだけ任せるのも心苦しいから、僕はもう一度ウェルンタース子爵家に戻った。
そしてウェルンタース子爵令嬢を宥めながら半日。
「学園都市から出ていることが確定しました」
報告を聞いたディオラが、足早に報せを持って室内に戻る。
さらに、馬車がその後何処で確認されたかも調べた情報が届いた。
どうやらソティリオスを乗せた馬車は、休まず出国する方向で移動してるらしい。
「途中立ち寄った場所も調べたところ、以前は犯罪者ギルドに関わる者が潜伏していた場所でした。その場所はすでに摘発されていたため、すぐに移動しているようです」
馬車は見つかったけど、どうも不穏な行動をしてることも知らされる。
ただ補足できたなら、やることは一つだった。
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