368話:音楽祭3
二日目以降は、目に見える反響があった。
朝からまだ準備中に人がやって来るんだ。
生徒であったり、貴族が派遣した人だったりいろいろだけど、ともかく聞くことは同じ。
「今日もやるのならいつからかな?」
「正門を閉じる一時間前からですね」
僕は対応に出て、同じ問答を繰り返した。
音楽祭の間は隠れてるつもりだったけど、ルカイオス公爵、もうルキウサリア発ってるんだよね。
ルキウサリア国王も、帝国の大貴族相手に声かけをした。
けど逆に伝声装置知ってるから、さっさと帰ることをはっきり言って断ったそうだ。
そして今日の早朝に、この学園都市を発したと僕にも連絡が届けられてる。
「それで、昨日の歌姫の名前は?」
ルカイオス公爵がいないなら、僕も隠れるのやめてアズロスとして活動してた。
そして今日もやるのかという質問と共によく聞かれるのが、ウィーリャのこと。
もちろん本人の許可の下、身元から教えて由緒ある令嬢であることも喧伝する。
「いやぁ、歌姫だって」
「わ、わたくしですから!」
対応から戻って目が合ったウィーリャに言ってみると、自信満々に胸を張る。
ただし、尻尾が嬉しげに振れ、耳も機嫌良さそうにピンと立ってた。
喜ぶ時くらい素直になればいいのに。
虎の顔ってけっこう嬉しい表情がわかりやすい。
そうは思ってもさすがに指摘するのはかわいそうだ。
僕は作業をしようと声をかけた。
「さて、昨日の残りと、今日の分の薬剤を確認しよう。あ、練習のし過ぎには注意だよ、ウィーリャ」
「わ、わかっています!」
そういう割に、今びくっと肩跳ねたけど?
これはまだ午前中なのに全力練習しようとしてた?
こっちも指示出したほうがいいのかな。
けど、歌とかは僕門外漢だから基本的なことしか思いつかないや。
「体ほぐしたり、声に関する魔法の練習くらいに抑えたほうがいいんじゃない?」
「そうですわね、それなら喉を傷めずに…………」
耳が落ち着きなく動き出し、逆に尻尾はピンと立ってやる気満々になる。
「じっとしてられないのかな?」
なんか大きさは違うのにけっこう猫感あるな。
そんなことを思ってると、ショウシが緊張ぎみに声をかけてきた。
控えめで声も小さいけど、別にしゃべらないわけじゃないニノホトのご令嬢だってことは周りもわかってる。
「あの、私見ではございますが歌を褒められる機会が、あまりなかったのかと」
そういうこっちは、素直に嬉しそうだ。
友人が認められてうれしいなんて、普通にいい子だなぁ。
「おーい、アズ。これここに置いていいのか?」
「わぁ、また何か仕かけ作るんですか?」
ネヴロフが僕を呼ぶ声に振り返る間に、好奇心旺盛なポーが駆け寄っていた。
ネヴロフには道具の運搬を頼んでたんだ。
「ステファノ先輩に立体を作れるって言ったし。ついでにちょっと工夫できないかなって」
「これって滑車? 色んな大きさがあるね。どうするの?」
ラトラスもやってきて、ネヴロフが下した荷物の中身を検める。
「花で人形を飾って、動かそうかと思ってる」
ちょっと考えを言った途端、作業をしてた他の人たちも手を止めてしまう。
そうだ、反響はこっちでも目に見える形であったんだ。
新入生たちの僕に対する印象が悪いのは、懇親会でわかってたことだった。
それが昨日のことで性格悪いだけじゃないっていうか、何か面白いこと、結果の伴うことをする先輩という認識になったらしい。
「うーん、簡単に設計図描いてあるから、組み立ててみる? 花の集まり具合で使わないかもしれないけど」
設計図はステファノ先輩に話す時にさっと描いたもの。
それでもステファノ先輩が人体にけっこう詳しくて、安定感のある図になってる。
そして動かすのは足元と肩関節、首と腰だ。
「まず本体の木組みを板に乗せるんだよ。で、これの下に滑車と木の玉をつけて、引くことで舞台上を横移動させる」
レールとか作る暇ないから、角材二つで玉を挟んだものを二つ用意する予定だ。
その上に板を渡すだけ。
人間は乗らないから、安全で気にするのは倒れないようバランス取ることくらい。
「ふーん、滑車で引っ張る縄の方向を変えさせて、舞台裏から操るのか」
「腰と首の滑車は横回転ね。これ、一方向にしか動かせないにしても燃やすのか?」
ロクン先輩とウルフ先輩が言い合いながら、顔にはもったいないと書いてある。
「操るにしても一人一綱くらいで分担になります。一度で終わらせるにはさすがに勿体ないので、燃やしませんよ」
説明しながら作業してるのは、気づけば僕だけ。
他は渡した設計図見て、あーだこーだ言ってる。
いや、ネヴロフとポーが早速木の玉レールで本当に動くか組み立て始めてるな。
それ見て、ポーの友人のアシュルが手を貸してクーラも手伝いに向かった。
「ちょっと、さすがに全員そっちに行かないで。今はまず薬剤作ってー」
消耗品だから一日ごとに作らなくちゃいけないんだよ。
呼び戻した上で、僕は別の設計図を出す。
「あと、それ大きいから時間の問題とか、花の数もあって現実的じゃない。それよりも滑車に花で小さな人型を作って、それを歌に合わせて横揺れさせる案がこっち」
「えぇ、そちらのほうが現実的だと思います」
「花びら籠に入れて揺らして降らすのもありじゃねっすか?」
新入生のイデスとタッドは、すぐに戻ってきてみせた設計図に応じる。
この二人は一応貴族相手ってことで僕に遠慮が残ってた。
けど昨日のドタバタでもう遠慮してちゃ作業も進まないと気づいたらしく、今日はすぐに応じてくれてる。
タッドの案は、廃棄の中に花びら落ちてしまうものも多いし採用だ。
ただ、使う場面というか、歌の種類は花を集めてみないとわからない。
「あ、もう作業始めてる? 遅れてごめんね。ってこれ何?」
「銅とか塩とか書いてあるが、今度は何をする気なんだ」
やって来た卒業生のイア先輩とジョー。
ジョーが言うのは、設計図のまだ話してない内容について。
「火の色を変えようかと。炎色反応は知ってる人は知ってますが、知らない人は知らないので目新しくあるかと思いまして」
「また燃やすのが難しい案を出すのである」
「触れた部分だけしか色がつかないかと思われます」
火担当を自認する竜人のアシュルとクーラが聞きつけて言う。
「そこは花の薬剤の中に、炎に反応する粉末を仕込むつもりでいたよ。だからまずは薬剤にラベリングをして、色分けを花が来る前にしたかったんだ」
あれこれ話しつつ手を動かして、昼までにぎやかに準備を進めた。
昼になって休憩になるまでに、本当みんなおしゃべりをやめず。
そこからは花集めで一度解散。
各所を回って廃棄する花を集めるんだ。
そして花の選別から加工になると、いくら手があっても足りないから必要以上に喋らなくなる。
そうして花絵作りまでは、駆け抜けるように時間は過ぎて夕方。
「やれやれ、今回もギリギリだ」
「それでも面白いじゃないかー」
「スティフくんが途中でまた案出すからぁ」
愚痴るキリル先輩に、ステファノ先輩が悪びれず笑う。
そしてトリエラ先輩が泣き言を言いつつ肩を落としてた。
「遅れたわ。まだよね? 何をすればいいかしら」
「ふむ、見慣れないものが増えてるな」
「花の追加もあるんだが、何処に置くか」
イルメ、ウー・ヤー、エフィも出番を終えて戻ってきた。
他の先輩たちも現れて手伝いをしてくれる。
「今日は奴隷として売られて、後宮で身を立てる異邦の寵姫っていう歌だよ」
あらすじを聞く限り、けっこう愛憎な物語で、奴隷から正妃たちを相手取る成り上がりもの。
その中で、主人公の寵姫が巡って来た季節に故郷を思って歌う場面だ。
背景は異国風の庭。
故郷の花を見つけるというきっかけから歌いだす。
寵姫は故郷を思いながら、後宮の皇帝が待つ部屋へ帰らなければと後ろ髪惹かれる内容だ。
基本選曲は帰還が主題になるものを選んでる。
客が帰る間際だから、なぞらえて。
学園の音楽祭っていう教養がないと楽しめない催しに来てる人たちだから、場面を切り取っても、物語背景をわかってくれるのが前提だ。
「また来るから。どうかそれまで枯れないで。その麗しい姿が故郷を思わせる。忘れてはいない、忘れはしないから」
昨日の力強さと打って変わって、抒情的に歌うウィーリャ。
このひと月くらいで覚えたにしては、表現力というものが優れてるのがわかる。
記憶力のよさもあるけど、本当に歌が好きなんだろう。
獣人の令嬢が歌う姿に足を止める者もいれば、ただただ歌声に反応する者もいる。
これなら無理に派手な演出はいらないんじゃないかと思ったけど、結局翌日も、舞台で次は何をしようかという話から準備は始まったのだった。
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