367話:音楽祭2
音楽祭初日は、正門わきで準備をする僕にも盛況な気配が伝わってくる。
音楽祭は夕暮れ前に終わるので、お昼も終わって早い人はもう帰るようだ。
「うぅ、どんどん人が出て行くではありませんか。ま、まだですの? 私も手伝って」
「ウィーリャはもうドレス着ちゃったんだから大人しくしてて」
雑に言う僕に、今回は何も言い返さないウィーリャは、それでも不満も露わに虎柄の尻尾を振り回す。
けど対応が雑になるのはしょうがない、こっちは必死に制作中なんだ。
時間的にはまだ夕方四時前だと思う。
日は陰り始めてても、まだ日差しがある時間。
だから処理ができてる花を出すと、すぐに日光による劣化が始まる。
全部作ってどんと出すしかないんだ。
「ワンダ先輩、ウィーリャと発音の確認をしておいてください」
「引き受けますわ」
不器用で謎の失敗を引き起こすワンダ先輩は、ずっと座ってるのでお願いする。
ウィーリャはロムルーシ出身で、その記憶力でこっちの言葉を一年弱で覚えたとか。
けど人間の文化の歌は知らなかったそうで、それもひと月くらいで覚えてた。
とは言え、まだ発音に甘いところがあると、ワンダ先輩がこぼしてたから押しつける。
「こっちは終わったわよ。追加の花はいるかしら?」
「ラトラスに白が足りないと言われたんだが?」
「それどころじゃなさそうだな。こっちで薬剤の処理をするか」
自分の出番が終わって戻って来たクラスメイトのイルメ、ウー・ヤー、エフィ。
すでにいる人員が必死になって花を並べてる姿に、手伝いに動いてくれる。
心配だった新入生たちも、花を手に全員が必死に作業を進めてた。
巨大な下絵の上に網を張って、そこに花を固定して絵にする。
最終的に下絵は外して、網だけを柱の間に渡して掲げる予定だ。
「できた! ステファノ先輩、確認お願いします!」
「だったらまずは絵を立てて。…………いくつか花が足りないところあるね」
ステファノ先輩の指示で修正作業が始まる。
そしてまた確認という作業を繰り返し、背景の絵ができたら次は運び出し。
ここからはもっと時間がシビアになる。
「ネヴロフ、一人は無理そうだね。手伝える人呼ぶよ」
「懇親会みたいに板一つ持ち上げて動かないならいいんだけど。これ、重さがある」
「俺が身体強化して手伝うより、たぶんエフィがやったほうが安定すると思う」
僕がネヴロフと話してると、身長が低く力も弱いラトラスがすぐに動いた。
呼ばれたエフィがネヴロフと背景の設置を始めると、上級生で音楽祭に参加してた人たちも戻ってきたのか騒がしくなった。
「待って待って、右に寄りすぎてない? 半歩左だよ」
「おい、もうすぐ帰りの集団が来るぞ。手が空いてるやつは全員手伝え」
ロクン先輩がネヴロフとエフィに指示を出してると、ウルフ先輩が人の流れを読んで他の人手も集める。
正門付近で、今更設営をやってる僕たちに目を向ける人もいるけど、帰りの足を止めはしない。
これをまず止める必要があるし、先生たちの懸念どおり、花絵程度じゃ弱い。
「…………さて、準備はできた。お待たせ。ウィーリャ、出番だよ」
「わかって、います」
僕が呼ぶと、ウィーリャは大きく深呼吸して歩き出す。
ショウシは心配そうに見送る、というか新入生たちは基本心配そうな顔だな。
せっかくやったからには成功したい。
けど、帰るためにこっちへ来てる客が足を止めることはない。
そんな中、ウィーリャは音楽や飾り立てた舞台を見て来た人たちを止めるために、声一つで勝負を挑むんだ。
「さて、こっちはこっちでもう一つ仕込みをしないとね」
「お前は本当にどうしてこう、思いつくんだ?」
ウィーリャを見守る新入生たちに背を向けて、僕が改めて腕をまくると、音楽祭から戻って来たキリル先輩がぼやくように言った。
見れば、すでにトリエラ先輩と一緒に火を焚いて布をかざしてる。
これは熱気球だ。
小さいものだけど、いくつか挙げて客の足を止める一助にする。
「あ、始まったみたい。こっちも歌に合わせて上げないと」
「待て、もう少しだ。集中を切らすな」
仕事休んで手伝いに来てくれたイア先輩とジョーは、気球の表面に絵を描いてる。
布と木の枠で作られた気球だからできること。
そして完成した気球から、次々に熱を入れて飛ばす準備を整える。
飛び過ぎないよう縄で結びつつ、飛べる時間も限られてるから時間を見計らいつつ回収も考えないと。
「神々よ、勇士の武具に守りを与えよ。神秘を与えよ。またここに帰り来るその時まで」
ウィーリャが歌うのは、女王の送別の歌という物らしい。
オペラとか全然知らないから、僕もまた聞きでしかないけど。
物語としての内容は、結婚早々夫である共同統治者の将軍が戦場へ行くのを見送る歌。
盛大に賛美して見送りつつ、無事に帰るようにと歌う。
これは帰る客に対して、また明日も来るようにというメッセージだ。
「昼は太陽がその眼で無事を見届け、夜は月がその眼差しで敵を見据えるだろう。朔の夜でも恐れるな。星々は私の勇士を祝福して踊る」
歌に合わせて太陽や月、星を描いた気球を上げる。
突然浮かび上がった謎の物体には、さすがに驚きの声が上がるのが聞こえた。
どうやら花絵と歌でいくらかは足を止めていたようだ。
もちろんまだ仕掛けはある。
「さて、君たちもそろそろ手伝いに戻ってほしいな。終わるまでは見ていられないよ」
新入生たちに声をかけると、慌ててそれぞれが仕事に就く。
役割分担はすでにしてあった。
金髪のポーと富裕層タッドの二人が、梯子を上って花絵の裏にスタンバイ。
帝国貴族のトリキスと、富裕層のイデスの二人が下から液体の入った袋を受け渡す。
その中には揮発性の高い香料が入ってる。
揮発性があるせいで、歌の途中から花絵を形作る縄にしみこませる形で使う。
「染みるのに時間がかかりそうだな。自分も手伝おう」
ウー・ヤーが水の魔法で手伝ってくれて、時間短縮ができた。
練習時間が短く、アドリブで変える予定の演出だから、ウィーリャの歌も長くない。
観客は帰りの人だから、一度足止めても離れる可能性もあり、演出の遅れは客が興味を失うきっかけにもなりえた。
「栄光あれ、栄光あれ。再会の喜びを待つ。栄光あれ、栄光あれ。勝利と共に戻る日を」
最後のフレーズが聞こえて、僕は竜人のアシュルとクーラに合図を出した。
「火の勢いは弱く。でも、全体に走らせて」
「わかっているのである。しかし、難題には変わりない」
「燃え上がる速度が早いですので、範囲をカバーできるかどうかでございましょう」
「範囲か。それなら俺も手伝おう。人数は多いほうがいい」
竜人たちにエフィが手伝いを買って出る。
僕はスタンバイを見届けて、舞台の様子へ目を光らせた。
歌い上げたウィーリャが腕を掲げる合図に、花絵に火を放つよう僕は指示を出した。
「あ、エフィは火花か」
手伝いのエフィは、あえて炎を出さず火花を散らせた。
それは僕が弟たちと遊んだ花火の魔法のアレンジ。
そしてそんな火花でも、花絵を保持する薬剤は一瞬で燃え上がり、縄にしみこませた香料が、広がる熱と共に客にも届く。
「よし。それじゃ、ワンダ先輩、説明お願いします」
「えぇ、お任せなさい」
マーケットでも語りの実力は証明できてるから、ワンダ先輩も自信満々だ。
帰り際だから、手短に錬金術科の見世物という説明をしてもらう。
それともう終わりで、明日またやるという宣伝も入れてもらった。
そんなワンダ先輩と入れ替わりに、ウィーリャが舞台から退いて戻って来る。
まだ肩で息をしてるのは、身体強化の魔法と歌を同時進行するという集中力と気力を注ぎ込むことをしたからだろう。
相当疲れるだろうとは思っていたけど、ちょっと頑張らせすぎたかもしれない。
「お疲れさま。火の粉跳んだりしなかった? ここに椅子あるからまずは座って。今は一度休んで、え?」
ウィーリャに声をかけて片づけに行こうとしたら、虎の前脚が肩に置かれる。
女の子相手なんだけど、けっこう肩にどしっときたよ。
家猫だろうラトラスの軽いタッチと全然違う。
と思ったら、眼光がもっと違った。
疲れてるせいだろうけど息が荒いのも相まって、猛獣に睨みつけられてるような感じなんだけど?
「えっと?」
「あ、あなたを、わたくしの舞台演出の師と認めます。これからご指導ご鞭撻よろしくお願いします、アズ先輩」
疲れながらも、そう告げるウィーリャは、きっと真剣だからこそこの凶悪な面構えなんだろう。
ただそう言われても、僕は錬金術とは別方向の認められ方に、返す言葉もなかった。
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