365話:ルカイオス公爵の来訪5
ルカイオス公爵と腹の探り合いをしつつ、情報を出し合う。
ルカイオス公爵が示した相手の目星は、僕も考えたけど、証拠はないはずだ。
「…………皇太后は動いていないらしいじゃないか」
「ご明察」
何も掴んでない僕にそれって、褒めてる? 貶してる?
そこまで情報を出されれば、皇太后を睨んでるのはわかる。
けど僕は、皇太后の暗躍の動きは捉えられてない。
「動いているのは配下ですな。ニヴェール領主がハドリアーヌ王女に取り入るような動きがあった際に、かつての皇太后の一派を取りまとめようとしたことはご存じか?」
「あぁ、あの人。本当にろくなことしないな。つまり祖母の縁を頼って独自に派閥作るふりが、その実、皇太后自身の隠れ蓑にされたのか」
「追い出すにしても、もっと力を削いだほうがよろしかった」
「…………そう言われても、それをしたのは僕じゃない」
さりげなく言いつつ、お互い目を見交わす。
ルカイオス公爵は変わらず笑みを絶やさない。
前世三十年の社会人経験があっても、こんな人相手したことないよ。
口に出してない疑問に答えた上で、ニヴェール・ウィーギントが邪魔だって排除するよう仕向けたことも見抜かれてる。
さらにもうひと手間かけていれば良かったと、注文まで投げてくるなんて。
「帝都は問題なくなる。なのにいなくなったら、逆に重石が外れるだけじゃないの?」
ルカイオス公爵がいなくなるからこそ、皇太后は復権を狙って本格的に動き出す。
そのために隠し子の皇帝の皇子なんて邪魔でしかない。
さらには血縁のあるハドリアーヌ第一王女も利用してる。
ヒルデ王女はまだ敵国トライアンの血筋だからこそとも考えられるけど、孫であるニヴェール・ウィーギントも切ってるんだ。
身内や血縁であっても使い捨てるなら、正直、次は何をしてくるか悪い想像しかなかった。
「ニヴェール・ウィーギントの助命に腐心していると言うのがブラフなら、実際は何をしてるの?」
「あの者は、一度しくじった時点で利用価値はなかったのでしょう」
それが本当ならひどいものだ。
利用価値はないと言いつつ、散々ニヴェール・ウィーギントを走り回らせたのに。
「なおのこと、帝都に残ってファーキン組から名前を引き出して裏どりすべきだ」
「すでに引き出しましたが、他を噛ませてありましたので、皇太后には届きませんな」
ファーキン組はニヴェール・ウィーギント以外の雇用主を匂わせた。
けど雇用主は皇太后ではない人の名前が出てるようだ。
徹底的に辿れば、皇太后との関係を探れるかもしれないけど、ルカイオス公爵はそれをする気がない。
「つまり、あなたが帝都を出たことで焦った相手が、尻尾を出すのを見計らうつもりか」
「目立ちたがりで権威に対する欲も年々増大するばかり。危うく探られそうなところで、上手くいったと勘違いすれば、抑えは効かないでしょう」
「僕でも怪しむような動きなのに。本当にそこまで短絡かな? 一度やり返したからと言って、相手を甘く見過ぎてはいない?」
言外に、一度政争でやられた相手だろうと当て擦るけど、ルカイオス公爵は涼しい顔。
この人本当にあの妃殿下の父親か疑いたくなるな。
いや、けど妃殿下も素の優しすぎるくらいの気性を隠して皇妃として振舞ってる。
うーん、この曲者感が擬態だとしたら、本当正面からやり合うべきじゃない相手だ。
「釣りをなさったことは? 自ら竿を揺らしたことは?」
「ないね」
「ふむ、釣りというのは魚相手にじらして、逃げて元気な餌を演じることから始まります。それが弱ったように見せかけると、逃すまいと誘われ、深く飲み込み釣り針が刺さる」
「ふーん、つまり帝都を去ると同時に、甘い餌を置いてきたわけだ」
「あちらに手の者を忍ばせておりますれば」
「あぁ、獅子身中の虫」
初めてルカイオス公爵の顔に動きがあった。
それは疑問の顔。
(…………セフィラ、獅子身中の虫ってある言葉?)
(該当なし)
あ、まずい。
「チトス連邦だったかな? 強い獅子も、体内に寄生する小さな虫で死んでしまうことがあるって言う話が元の言葉らしいよ」
「なるほど。ルキウサリアでずいぶんと書籍に当たられたようだ」
「そうだね、なかなかできない経験だ。それで? 結局帝都にいないんじゃ、実際に皇太后が動いた時には対処できないんじゃないの?」
話が変わったので、こっちも本筋に戻すことにする。
「動いたところで、別の者が出なければならぬようにしております」
「誰?」
「ユーラシオン公爵が」
「皇太后とあまりいい関係じゃないんだったっけ? けど僕が生まれる前で、そんな昔のこと、まだ恨んでるの?」
「女人に恥をかかせて作った怨みは、数十年経っても色褪せないと知っていて損はありませぬ。ましてや尊貴な生まれであればなおのこと、恥辱を受けたことへの報復は、自らの名をかけて行わなければならない義務であると思う者もあるのですから」
妙に実感がこもってるな。
いや、皇太后にずっと怨まれ続けてる自覚があるのか。
それに公爵という名前に対する重みと、連なる人々の多さを思えば、自分も体裁を無視して恨みを忘れるなんて言えもしないわけか。
「ようは、皇太后が勇み足をして動いても、その動きをユーラシオン公爵に伝える用意がある。そしてユーラシオン公爵も対処しなければならない布石も置いてきた。あとは、一緒に皇太后もろとも弱らせる算段だと」
先を読むと、ルカイオス公爵は笑みを深める。
簡単に言ってみたけど難しいのは、僕もユーラシオン公爵に煩わされたからこそ知ってる。
ただ僕には難しくても、ルカイオス公爵ならできると言えるんだろうけど。
「…………余計にわからないな。どうしてそこまで準備をしたうえで、僕を煩わせようとする?」
「誰の目にも映ってはおりませんので」
「陛下はご覧になっている。映っていないんじゃない、君たちが見ていないんだ」
「おや、これは失礼を。お隠れになっているとばかり思うておりました」
こういう皮肉には返すのか。
疑心暗鬼でこっちを突いてきて、隠れて錬金術するのも邪魔するくせに。
変なことしなければ、もっといい感じに乳母離れできたかもしれない。
派兵も無駄に問題抱え込んで、父を不安にさせることもなかったかもしれない。
「少なくとも、今後変わらずあなたからは隠れることしにしよう」
「それが帝室の者を含まぬのであれば、ご随意に」
つまりは帝室に入ってる妃殿下、そしてその血を引く弟妹には隠しごとするなって?
隠れることを止めるほどに評価がある。
やっぱり僕が色々動いてること察知してるんだろう。
その上で今まで正面衝突を選ばなかったから、今日までまともに顔も合わせなかった。
ルカイオス公爵は帝室周りも固めていたし、僕がどういう関係を築こうとしていたかも知ってるはずなのに。
(評価して、スタンスもわかった上で、利用できるからするのか。最初は離宮に捨てようとしたくせに)
(皇妃の実子であればと思っています)
(それはそれで僕の生母とテリーに失礼だからやっぱりやだ)
(主人が感情を高ぶらせていることに疑問)
たぶんルカイオス公爵は上手い。
その上で全く冷徹なわけでもない。
だからテリーや双子からも嫌な大人として名前は上がらない。
どころか、傷病の折には自ら見舞もするし、そこに帝位への近さに関するわけ隔てもないと聞いてる。
情はあるけど、それはそれで使えるなら使う人なんだ。
たぶん優先順位が家族じゃない。
だから僕のことで妃殿下が悩んでも、テリーが怒っても全く方針を変えもしない。
家族よりも優先しなければいけなくて、情で動かせないほど大きな、それこそ国や世界、平和とかそういう話なんだろう。
(いっそ、正面からどうこうしようなんてほうが疲れる相手かもな)
(主人の反応を待っています)
セフィラに言われてみても、ルカイオス公爵は黙ったままだ。
スタンスはわかったし、敵もわかった。
だったらもう用はない。
「挨拶は受けた。後は好きにするといい。僕もそうする」
お互いにわかり合う気もない。
そう突き離しても、いっそ笑みを深めるんだから、駄目だこの人。
いっそビジネスライクさえなくていいと言われているようなものだった。
「それでは、老いた身には馬車に揺られるのも辛いもので。老いたれば、聞くことにも偏りが出る。気を張るのも疲れるものですので、お言葉に甘えて失礼をば。この身とは違いましょうが、お戻りの際にはお気をつけを」
今さら老人のふりするけど、どう考えてもまだまだ元気。
僕は形式的に見送ることもせず、晩餐室から出て行くのを見送った。
部屋には僕とウェアレル、ヘルコフ、イクト、レーヴァンが残る。
「皇太后は僕についてなんら気づいていない。そして僕には即座に帝都と通じる手段がある。だから帝都に異変があれば、手を打つようにと言いに来たらしい。目立つし実力も周知されてる自分と違って、僕なら相手の裏をかけるから機会を狙えるってさ」
僕が周囲に言うと、セフィラがルカイオス公爵の内心を伝えてきた。
(最後に、主人の能力の高さを理解した上で、閉じ込めたのは正解であると満足していました)
(余計なお世話だよ)
僕は何処までも敵対を選ぶルカイオス公爵に、心中でそう毒づいた。
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