363話:ルカイオス公爵の来訪3
普段の授業、遅れた分の課題。
そこに音楽祭のための準備が追加された。
僕はワンダ先輩が言ったように、各所を回って全体指揮する立場になってる。
「結局蕾を仕入れて、薬を使って花を咲かせることを当日にも行うんだ。時間いっぱい使って、ともかく確保できる花を集めないと」
「学科によっては一年かけての準備。それをひと月でというのは大変なことでしょう」
ルキウサリアの屋敷で溜め息を吐くと、ウェアレルがねぎらうように声をかけてくれた。
準備に走り回ってもうひと月。
明日には音楽祭だ。
「やっぱり動かせる人多いほうが準備を任せられていいね」
「どちらかというと、今までが殿下一人で賄ってたのがおかしな話ですって」
ヘルコフもいるけど、ウェアレルと一緒に衝立の向こうだ。
僕は今着替え中。
普段の上着とベストなんて恰好じゃない。
金襴のローブに、黒に近い紺のマント。
さらに真っ白なケープと帝室の紋章、さらに僕の印章をあしらった重い金の首飾りつき。
「夏の恰好じゃない…………」
「申し訳ございません。内側はなるべく薄物で整えたのですが」
「姉さん、お靴はこちらの浅く履けるほうが少しはましではないかしら?」
「いいよ、ノマリオラ、テレサ。これだけ威圧感あるほうがいいって判断はわかってる」
音楽祭前の今日、ルカイオス公爵がルキウサリアに到着する。
名目は音楽祭の見物だ。
その実、政界引退のために帝都を離れるパフォーマンス。
王城で伝声装置の存在を知らされていないレベルの貴族たちは、大物の政界引退と来訪に浮足立ってるとかも聞く。
そして到着していの一番に、ルカイオス公爵は僕に会う予定だ。
こっちも戦闘服よろしく着飾って舐められないように準備をする。
「一応頭数として来てもらうけど、変なこと言わないでよ、レーヴァン」
「言いませんよ。こちらとしては、第一皇子殿下が何をおっしゃるかひやひやです」
「…………やはりあの、特異な喋り方をなさるのでしょうか?」
レーヴァンに釘さしたら、イクトが珍しく不安げだ。
それってあの鈍いふりをする時の?
もしかして噴き出さないか不安になってる?
衝立から顔を出して見れば、控えていた四人ともが不安そうな顔になってた。
「うーん、さすがにばれてると思うから、今さらだけど。一応誤魔化しておこうとは思うんだよね」
誰もどう対応するのが正解か考えあぐねる。
そこにノックがあってウォルドがやってきた。
「殿下、やはり形だけでも歓待のポーズは取るべきだということで、最低限の飲食物は用意する方向となりました。その上でカップと皿だけを用意して、はっきり拒否の言葉をいただければ下がるとのこと」
ウォルドにはルキウサリア側の使用人と話し合ってもらってた。
帝都からの騎士とか文官とかいるけど、そっちは関わらせない方向だ。
一年以上屋敷にいて、特に僕に害意がないのはわかってる。
だからって僕に忠誠を誓うなんてこともない、ビジネスライクなのもわかってた。
だから実権のない皇子よりも、政界引退しても実績も爵位も経験も財産もあるルカイオス公爵に従うのは目に見えてるんだ。
(そもそも皇帝派閥から見ても、僕はテリーの帝位を邪魔する厄介者だ)
(…………主人が皇帝になれば従うのですか?)
(それもどうだろう? 結局血筋って言う一番の問題は今からじゃどうしようもないし)
(可能性を考慮にも入れないのは、怠慢であると指摘)
(入れないよ。あ、でも警戒するには考えておいたほうがいいのかな? 可能性があるだけ僕を利用しようとする人いるんだし)
と言っても、思いつくのはやっぱり第一皇子という名目だけ。
ただそこはすでに、ルカイオス公爵によって有名無実化してるから今さら何もする必要はない。
評判だって悪いし、帝国に政治的な伝手もない。
(うーん、担ぎ出そうと思って実行に移す時点で、僕の意思や立場なんて考えない人だろうから、やっぱり考慮に入れないでもいいかも)
(ルカイオス公爵を味方に取り込むことを考慮に入れられては?)
思わぬ指摘に、僕は息を詰める。
着替え中で、誰にも気づかれなかったけど、けっこうびっくりした。
感情や交友を考慮に入れないセフィラだからこその意見だ。
(それこそないよ。僕に血縁はないし、テリーを帝位に就けるほうが順当だ)
(主人の有用性を示し、より帝国を発展させ、後の展望を示すべきです)
(ないない。すでに手堅く自分でテリーという皇帝を見据えて道を整えてる。それを今さら放棄するなんて現実的じゃない。しかも僕が主導権握るような取り込み、突っぱねるどころかこっちを潰しに来るよ)
(上に立つこと…………主人以上には…………)
セフィラが考え込むらしく、僕に聞かせる声が薄れて消える。
ルカイオス公爵の来訪なんて珍事、セフィラとしても調子悪くなるのかな?
「面会場所は晩餐室にて。従者は四人に限定し、こちらも人を絞ります」
ウォルドが段取りを説明してくれてるから、それも聞かないといけない。
僕は意識をセフィラから離す。
するとまたノックがあった。
イクトが応じたらしく衝立の向こうから声がする。
「城門にて、ルカイオス公爵閣下の到着を知らせるとのこと。また、宿泊場所などには寄らず、真っ直ぐこちらへいらっしゃるそうです」
報せはたぶんルキウサリア側からの厚意。
その上でとんでもないこと言われたな。
「ノマリオラ、テレサ。せっかく整えてくれたけど、今から普段着の用意をして」
「え、ど、どうしてですか?」
慌てるテレサに、ノマリオラが口角を下げながらも妹に教える。
「旅の埃も落とさず、皇子であるご主人さまにお会いするために衣装も改めない。そのような軽んじている行いをするのだから、ご主人さまが待ち侘びていたと取れる出で立ちでは威圧するどころか軽んじられるのよ」
そういうことだ。
向こうが平服で気軽に来てるのに、こっちがごてごてに着飾って待ち構えてたとなっては、どれだけ意識してるんだって話だ。
ルカイオス公爵としては、皇子だけど敬ったとか、第一皇子として遇したなんて言われたくない。
だからあえて待たせるわけにはいかないとか適当な理由で、格式ばったことをしない方向でこっちに直行してみせるんだ。
「本当、そういう小細工上手いな」
僕が呟くと、衝立の向こうでもヘルコフの声が上がる。
「ま、そんなことなら本当に皿だけ用意してればいいだろ」
「えぇ、アーシャさまの歓待など最初から受けはしないでしょうね」
ウェアレルが応じれば、イクトとレーヴァンも言い合う声がした。
「そうなると何を言われるか。逆にルキウサリアの人員を置いたほうがいいのか?」
「いやぁ、姻戚でユーラシオン公爵に近いんで、理由つけて排除されると思いますよ」
と言っても、たぶんレーヴァンは直でルキウサリア国王に言うんだろうけどね。
ただ、急いだ理由が僕との接近を勘繰られないため以外にあったら厄介だ。
それこそルカイオス公爵は父と近いんだし、何を言われるか。
「レーヴァン、あんまり漏らしたくない内容だったら止めるからね」
「…………何するんです?」
「ルキウサリア国王に、レーヴァンから何か聞いたら実験を一つ放り投げるって言う」
「やめてください…………」
どれとは言ってないけど、レーヴァンは即答。
釘を刺して、僕は脱ぐための着替えを続けた。
そうしている間にルカイオス公爵の来訪の報せが届く。
着替え直しに時間がかかってる間に、先に屋敷奥の晩餐室へと通した。
僕はそこへ後から、悠々とした様子を繕っていく。
「旅の埃も払わず、ご無礼をお許しください」
まずは略式の礼を執って下手に出て見せるけど、ルカイオス公爵からは上位者としての余裕が感じられる。
社交辞令ですって言わなくてもわかる、そう言う雰囲気纏えるだけ、僕と違う。
ただ、これで僕も出方が決まった。
特に応えず着席し、手を振って座るよう促す。
後はもう、面倒なことはなしだ。
「僕も忙しい。帝都から退いた目的があるなら聞こう。少なくともファーキン組の暗躍は止めた。時間で問題が解決するところを、早々と引退表明した理由は?」
僕が余計な手間を省いて切り込んでも、ルカイオス公爵は余裕の笑みを崩さず。
けどルカイオス公爵について来た者たちは、大きくは動揺しないけど、内心の動揺が窺えるくらいには眉がはねる。
「これは喜ばしい。話すことなどないと言われるかと思っておりました」
そんなことを言いながら、ルカイオス公爵はゆっくりと着席したのだった。
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