閑話72:ヨトシペ
夕方がすぎて星空が見える今、学園から生徒は帰り、教師も仕事を終えて帰路に就く時間。
私は魔法学科と関連した研究室所属だから、学園の動きとは違う。
それでも教師をしている友人たちと会うには、無視できない学園の動きだ。
「音楽祭懐かしいだすー。床張り替えるっていうから頑張ったら、舞台の床板全部外して怒られたどす」
「やる側だと楽しいよねー。あれ、舞踏のために敷かれてた保護板を入れ替えるだけだったけど、豪快にやったよね」
「魔法学科ほどじゃないけど、教養学科もけっこう楽しいよねー。あの時は舞台崩壊寸前で阿鼻叫喚だったなー」
懐かしい思い出で話を交えつつ、教養学科の教師になったイールとニールが笑う。
私たちは全員魔法学科を卒業したから、他学科は教師になってから知ったんだろう。
「教養学科も出し物やってたどす。大変じゃないでげす?」
「まず学生が、各音楽会や歌劇に散らないから管理が楽だよ」
「それに学生が力試しに企画するからこっちは見てるだけー」
白と黒の太く長い尻尾が揺れる。
美味しいお酒で上機嫌になっているようだ。
ディンク酒は錬金術で作られ、帝都から運ばれてくる。
あと錬金術科のラトラスが支店長の息子で、ヘルコフさんの知人と甥たちが本店をやってるとか。
手元のディンク酒にちらつくアズ郎の顔は、見ないふりがいいんだろう。
「それで、そっちはお疲れでごわす?」
私もディンク酒を飲んで、赤と緑の双子、ヴィーとウィーに声をかけた。
「あー、そっちはなんか音楽祭に関係なく、学生が何かしたんでしょ?」
「街の外で兵も動く事態だったとかで、お城に呼び出されたんだって?」
私よりも知ってるらしいイールとニールが聞くと、疲れた様子だった二人の内、ウィーが先に動く。
「状況と環境によって生じる、副次効果が発見されたのです。今は検証と実証を城のほうで行っているので、ヴィーが忙しいですね」
ウィーに言われて、ヴィーもため息をついて話しだす。
「俺はそっちにかかりきりだから、ウィーに音楽祭の出し物関係の監督頼んだんだよ。そしたら、けっこうがっつり今から舞台組むって話に発展してる」
またアズ郎の顔がちらつく。
王城が動くほどとなれば相当な事件で、その上今まで出し物なんてしてなかった錬金術科が動いた。
どちらも確証はないのに疑ってしまうのはさすがに失礼?
「ヨトシペのほうこそどうなんだ? 城に行ったらたまにいるだろ」
そう言えば、ヴィーとは城で顔を合わせたこともある。
それにはイールとニールが、魔法学科に今も伝手があるのか答えた。
「新しい呪文の開発って聞いてるね。なんか他国からの援助受けるような大きな話だって聞いたよ」
「それで山登り当分控えるんだろう? 魔法学科のほうで素材収集に今から頭抱える人いるって」
「わはー、まだ手を付けたばかりだすが、形ができたら山登りたいどすー」
そこは趣味もある仕事だったから、完全にやめる気はない。
ただ今までのように大陸中央を囲む山脈を超えることはしないだろう。
何せ呪文開発の根幹が私になってる。
私独自の魔法を呪文に落とし込むという実験中だ。
「ってことは、形になる目途があるのか? 学生の間も散々魔法の学者たちが制御しようだとか、他でも使えるようにできないかってやってたのに」
「可能性はあるんでごわす。ロムルーシであーしの強化魔法の理屈、説明できる人に会ったんだすー」
嘘ではないけど誤魔化しを入れつつ、ヴィーに答える。
それに対して、ヴィーは特におかしな反応はない。
これは、やっぱりヴィーはアズ郎の正体知らされてないまま?
「えー、そうなの? 俺たちもしようとして全然無理だったのに」
「強化はされてるのに、なんでそうなるのか本人もわかってないのに」
イールとニールは獣人だから、同じく身体強化しか魔法が使えない。
その上で魔道具を駆使して魔法学科を卒業している。
道具を使う上で有用だと、私の魔法を真似しようとしたことがあった。
けれど上手くいったことはないまま、今日まで来ている。
「手を動かすのに使うものをまず考えるんでげす。表面的な動きだけじゃないだす。皮膚や筋肉、支える骨、力を送る血管、考えを伝える神経、そして呼吸」
私も聞かされたことをなぞる。
呼吸で取り込んだ空気中の力を、体に行き渡らせるんじゃないかという仮説だ。
そうして行き渡らせるという効果が、他と違う強化魔法に変わっている可能性があると。
「殴る力増やすでげす。そのために拳固くするどす、重くするどす。そのイメージとは全く違ったアプローチにするんでごわす」
私が説明する間も、イールとニールは疑問を顔に浮かべたまま。
ヴィーもわからないと都度聞くのに、ウィーだけは無言でお酒を飲んでる。
興味がないからじゃない。
私よりも前に説明を受けてるからだ。
さらにはこの説明によって、私に近い強化に一時成功したヘルコフさんと同じ場所に住んでるから。
もっと言うと、呪文化を提案したアズ郎に仕えているからだけど、黙りすぎだった。
「おい、ウィー。なんで黙ってんだ?」
不自然な沈黙に双子のヴィーが気付いた。
無意識だったらしいウィーの尻尾が立つ。
「疲れて眠くなったんでげす?」
「そう、ですね。明日の段取りを考えていたはずなんですが。酒の回りが早いようだ」
私が水を向けると、ディンク酒のせいにしてごまかす。
味や匂いつけで薄めてもあるけれど、ディンク酒はけっこう強いお酒。
なのに嫌味がないので、イールとニールはお気に入りだとか。
イールとニールは扱ってる店でしか飲めない。
ヴィーもこういう時しか飲めないけど、ウィーはあまり気にも留めず飲んでる。
これはけっこう飲み慣れてるんだろう。
開発者と一緒に暮らしているし、あのアズ郎のことだから流通してないのも作ってそうだ。
「新しい呪文開発とか、けっこう面白い話だと思うのに眠くなる?」
「あ、自分が使えないからって無関心とか? 駄目だよ、それー」
イールとニールが絡むように言うと、ウィーはいっそ笑う。
「そうしたお話はすでに第一皇子殿下と交わしたことがありますので」
表立ってはないけれど、アズ郎はこの呪文化に第一皇子として少し参加してる。
学園の魔法学科が主導してるように見せて、王城が間に入ってアズ郎から意見を聞いてた。
表立ってないだけで、そのあたりはきちんと明文化もしてるそうだ。
ただ一度王城で顔を合わせた、第一皇子の師匠枠の学者子爵は頭を抱えていた。
アズ郎の錬金術の説明についていくのもやっとなのに、魔法でもついていけないとか。
どちらが師匠かわかりやすい苦悩だったけれど、そこは諦めて向上の努めるほうがいいんじゃないかと思った。
「ウィー、第一皇子はヨトシペの魔法について何か仰ってたか?」
「呼吸に注目されていた。その上で、体がどうすれば強く、耐久を可能にするかを知るべきで、そのためには医師や治癒師と言った体の構造に詳しい者の助力を得てもいいのではないかと」
ヴィーに聞かれたウィーは、私も言われた外に出しても困らない範囲で語る。
「それも難しいんどすー。あーしが魔法学科所属で動いてたから、学園内での研究になってしまってるのが駄目だったでげす」
「あぁ、派閥かぁ。医学のほう巻き込むとがつがつきそうだもんね」
「薬学に注目奪われて未だに結果出せてないから、頼ると面倒そう」
イールとニールがそう言って見るのは、赤い耳を不機嫌に振るヴィー。
「そこも派閥どす? 錬金術科に派閥あったんだす?」
「いや、俺だけじゃないだろ。誰も学園で教師になってるのに魔法学科に残らないって文句言われるのはお前らもだからな」
ヴィーに言われてイールとニールはしらんふり。
ウィーは一度魔法学科の教師になったけれど、さっさと帝都へ出た。
そして見下される錬金術科にいる片割れのヴィーが、睨まれということなのだろう。
この会話でウィーが何も言わないなら、ヴィーが苦労話なんてしてないのか。
そこは兄弟のことだし私がいうことでもないだろう。
「魔法学科は内部の派閥争いも面倒だす。研究室同士で競って、結果出そうとあくせくしてるんでごわすー」
「教養学科のこっちにまで、魔道具開発に関われって声、未だにかけられるんだよね」
「自分で使える範囲でしか魔道具作らないから、どうやっても人間とは合わないのにね」
ディンク酒を美味しそうに飲むイールとニールだけど、そのすげない対応が、余計に立場の弱いヴィーへの当たりを強くしているような?
まぁ、いざとなったら実力で魔法学科を黙らせることなんて、ヴィーならできるだろうけど。
ただ、学生のアズ郎は知らずに、そのまま魔法学科に狙いを定めて喧嘩を売ったのだろうか?
レクサンデル大公国からの帰りに、ずいぶん武勇伝を聞いたけれど。
なんにしても、知ってる王城のほうは派閥争いで呪文作成を遅らせないよう、最初から首を突っ込んでいたのはこれで確定だ。
錬金術科の学生が迷惑してたとも聞くし、忙しい友人に代わって、私も気を回してみようか。
学生の頃に失敗し続けたせいか、研究室に顔を出すと悲鳴を上げられるんだけど。
そこはまぁ、錬金術科に余計な手を出さなくなると思って、悲鳴をあげられておこう。
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