359話:音楽祭の出し物4
説明を終えた後、さすがにあれだけ怒るのは気になった。
なので、僕はソティリオスとウィーリャを探して錬金術科の廊下を歩いてる。
「あ、ショウシ」
「これはアズさま、それにユーラシオン公爵令息」
「ソーでいい。それで、ウィーリャ嬢は?」
ショウシを見つけたのは資料室前の廊下。
しっかり閉じられた資料室には、たぶんウィーリャが閉じこもってるんだろう。
けど、ショウシは資料室への道を譲ることをしない。
「まだ一人にしておいたほうがいいのかな? だったら、ショウシ。君に話を聞いても?」
尋ねたら、困った様子で眉を下げるけどほどなく一つ頷いた。
僕たちは少し資料室から距離を取る。
「こっちで聞いたことだが、ウィーリャ嬢はどうも音楽祭で参加する歌劇のほうでも問題を抱えているようだが?」
そう言うってことは、ソティリオスが一年の教室に顔出したのってウィーリャを見に?
僕は初耳だったけど、それにショウシは頷く。
「はい、歌劇の主人公の座を争うこともさせてもらえないと、申しておりました」
「えぇ? それはちょっと…………」
そもそも錬金術科なんだから、歌劇を主宰する側はそれで食べて行こうというプロ志望の学生で、主人公を争うのはお門違いだ。
ソティリオスも他人の邪魔にしかならない言動に口角が下がる。
それを見てショウシは慌てて続けた。
「そのウィーリャも、どうしようもない状況を少しでも良くしようとした結果なのです。それで、難しくても、自分の意志をどうにか保とうと…………」
どうやら何かあるらしい。
なので、僕もソティリオスと目を合わせて、ともかく話を聞くことにした。
「わたくしは、ウィーリャと同じように遠く異国から参りました。お家よりの命を受けております。その、結果的に空振りなところも同じで、お互いに胸の内を話せる初めての友人でした」
ショウシのほうはやっぱりヒノヒメ先輩関係かな。
「ウィーリャは幼い頃から歌が上手で、好きだったそうです」
お互いの身の上話を、僕が戻らない二カ月の間にしていたそうだ。
「けれどロムルーシのイマム大公に近いお血筋ということで、お家のための結婚を求められ。ましてや自ら歌を売るような振る舞いは認められずにいたのです」
つまりウィーリャは幼い頃歌手になりたかった。
けれど成長すればそれが許されないとわかるし、性格からして一度は親に言ったかもしれない。
「ならばせめて学び、自ら主催しようと志、そのために歌はもちろん舞台についても学んだそうです。そしてロムルーシの高名な学び舎へと入学を志して…………」
「あぁ、その後はわかった。私たちが留学し、イマム大公が血縁者から学園へ転向できるほどの学力がある者を捜したのだろう?」
ソティリオスに頷くショウシ。
親の出資なくして目指す学校にも進めない。
一族の上位者からの要請は命令にも等しいから、ウィーリャに拒否権はなかった。
「それでも、お手紙を届ければ返事を理由に戻って、編入をと望んでいたのです」
「けど、僕が二カ月も戻らずに機会を逸した?」
さらに今回、僕が手紙の内容を告げた。
それは一種、戻ることを許さないという、ウィーリャとしたら絶望的な報せ。
「その、編入も難しいとなって、一年遅れても戻ってロムルーシで学ぼうと言っていたところだったのです。そう思い直して、せめて一年過ごすならば、こちらの歌劇や舞台のことも学べればと。けれど、錬金術科ということで何処からも相手にされず」
「あー」
そもそも錬金術科が下に見られてるし、さらにはその状況を力尽くで跳ね返してるから、たぶん文科系の学科からはあまりいい印象もないだろう。
現状、物珍しいくらいのことをマーケットでしただけで、それも魔法に絡めて噂される。
芸術関係のほうからすれば、人手が足りないだけで深く関わりたくはない。
それなのに主役を争おうというウィーリャは、相当に印象が悪いことだろう。
「事情はわかったけど、それはさすがに相手側に対して…………あぁ、良きに計らえで上からいうのが普通な子なんだっけ。その上で、僕が手紙のこと言うのはタイミング悪かったってわけか」
「いや、いずれ言わなければならないことだっただろう。そもそも掲げた目標が実現不可能だった。周囲との協調も足りない」
「それはそうなんだけど、困ったな。学ぶ気ないなら教えるも何もないよ。あと、僕も自分でやりたいことがある。ウィーリャにだけ手を尽してもいられない」
イマム大公の側からすれば、学園で学びつつってところだろうけど。
「その、アズさまのおっしゃった、やりたいことをすればいいという言葉に、とても傷ついたようで」
「他意はないんだけどね」
「それでウィーリャ嬢が勢いで応じてしまえば、それを免罪符にしたのではないのか?」
ソティリオスには魂胆を読まれてたか。
そこはまぁ、貴族的なやり方だし、乗るかどうかは半々で、まさか怒ったり傷ついたりは予想外だ。
「ご不快を覚えられたこととは存じます。しかれども、ウィーリャも硬く決めた思いがあってのこと。その、で、ですから、申し訳ありません」
友達の代わりに慣れない様子で頭を下げる。
ショウシはけっこう思いやりが深い。
「というか、最初喋らないって言われてたんだけど。ショウシも、周りと何かある?」
「い、いえ、その、恥ずかしく、あまり…………。それにまだ、言葉が拙いもので」
「十分喋れている。問題ない」
ソティリオスに僕も頷いてみせる。
「発音聞き取りづらいところはあるけど、最初から聞き取られないこと気にせず喋ってたヒノヒメ先輩よりずっとわかりやすいよ。それで言うと、チトセ先輩のほうと似た発音だから、錬金術科だと聞き馴染みもあると思う」
「聞き取られない発音?」
ヒノヒメ先輩を知らないソティリオスは想像がつかないらしい。
「えーと、最初は『あんじょうよろしゅう。うちは冷泉院の二宮、氷ノ姫て国では呼ばれるんよ』って言われた」
「何を言ってるかわからないんだが? 抑揚のつき方もおかしいし、助詞の位置がわからないぞ」
「うん、聞き取れたの僕くらいだったね」
「そうなると何故アズロスは聞き取れたんだ?」
「帝都って色んな種族いるから、ニノホト出身の人と喋る機会もあったんだよ」
適当な言い訳にソティリオスは納得しない。
「…………私も帝都に暮らしていたはずなんだが?」
「そこは大貴族のソーと一緒にされたら僕が困るなー」
そんな僕たちのやり取りにショウシが感激したような顔をしてた。
「まぁまぁ、本当に学園は平等を掲げて実践していらっしゃるなんて」
なんだかショウシの反応に、ソティリオスがもの言いたげに僕を見る。
いいじゃないか、平等ってことで。
あとショウシはこっちに興味持ってくれたみたいだし、ちょっと探り入れておくか。
「ヒノヒメ先輩も、こっちのやり方気に入ってたみたいだよ。国許には黙って入学してたらしいけどね」
「ご存じ、なのですね。はい、あのお方がどうも勝手をして戻らないと言うことで、私が様子を探るようにと。しかし、こちらと国許では距離があったため、年数の認識がずれておりまして」
本当は入学して会える予定が、すでに卒業済みだったと。
「問題は、君も家の関係で錬金術事態を学ぶ気はないこと。その上でウィーリャ嬢につき合うつもりか?」
ソティリオスが面倒なお家騒動の気配を察したのか、核心に話を振る。
ただショウシは困る。
「そうですね、お家のことを思えば辞めて、帝都にいるという二宮さまの下へ。しかし、ウィーリャを置いて行くのも…………」
「やりたいことができない苦しさはわかるがな」
ソティリオスがちょっと同情的に言う。
けどそこはまた別問題だと思うよ。
「やりたいことやればいい。学園なんだ。やっちゃいけないと言われなければ、親は関係ないよ。歌わせてあげようじゃないか。それだけの度胸があるならね」
僕の言葉に驚くソティリオスとショウシは、さらに僕の視線を追って口を閉じる。
廊下の先には、資料室から出て来ていたウィーリャが立っていた。
その目は猜疑心に溢れてる。
それと同時に何処か縋るような雰囲気があった。
「それにどうやら僕にも、君に教えられることがありそうだ。歌いたいだけならどうしようもないけど、歌わせるほうにも興味があるなら、きっと錬金術は君の役に立つ」
「…………ウィーリャ嬢。一年在学するつもりなら、いっそ騙されたと思ってつき合ってみるといい」
酷い言い方だけど、ソティリオスも背を押すように言う。
ウィーリャは覚悟を決めた様子で僕のほうへと歩み寄って来た。
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