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36話:皇子暗殺未遂1

 ハーティが乳母をやめたのが八歳。

 そこから九歳の間に色々あって僕はもうすぐ十歳だ。

 寝たり起きたりの準備は自分でするようになった。

 減った側近はさらに手分けして僕の世話をしてくれている。


 それでも少し楽になったのは現金収入の当てができたことだ。

 まさかの大流行りでリキュールと炭酸水を売ることになって、工場まで発展するとは思わなかった。

 しかも名前が殿下からとった偽名をさらにもじったディンク酒。


「いやぁ、まさか俺が錬金術やることになるとはなぁ」


 工場ができた今もお酒造りを手伝うヘルコフがワインの蒸留をしつつ呟く。


 身体強化の魔法しか使えない獣人のヘルコフは、魔法の火を使うために赤いエッセンスを使うんだけど、こうして属性魔法使うと良く言うんだよね。


 エッセンスは属性ごとに魔力を保持できる。

 それを使えば魔法の使えない人でも属性に適性がなくても魔法と同じ効果を出せるから、稀有な経験だと思ってるんだろう。


「この程度のことできる意味もないと思いましたが、こうして作業を分担する上では効率的ですね」


 ウェアレルは水のエッセンスを使ってリキュールに入れる香料を煎じている。

 獣耳の生えるウェアレルはエルフの血で風属性しか本来は扱えない。

 それでも魔法使いだから錬金術で魔法を保持する有用性を、魔法使いが適性のある属性で使う以上の意義はないと思っていたそうだ。


 けれど実際お酒造りを手伝う中で有用性を見出したらしい。

 よきかなよきかな。


「ただいま戻りました」

「お帰り、イクト。お酒どう?」


 イクトはお昼休憩を理由に、帝都のモリーの所まで材料調達に行ってもらっていた。


「また新商品の開発を持ちかけられました。早くも類似品は出ているそうですが、やはりディンカー、アーシャ殿下がお作りになる以上の品質や独創性はないとして、上流階級の味の違いが判る者たちからは注文が殺到しているとか」


 密造してるなんてばれるとまずいと思ったから最初はこっそりやってたんだけどね。

 まさか皇子が金策のため、工場を計画して乗り気のモリーや子熊を捕まえ、一年で整備するとかずいぶん大掛かりになったもんだ。

 レシピの買取から増産体制の原資持ち出し、会社設立まで色々今もモリーは忙しい。

 大きくやればその分回収できると見込んでのことだそうなので僕は口出ししない。


 その上で新たなお酒造りも依頼してくるんだけど、熱意が怖い今日この頃。

 ヘルコフは忙しいってたまにイクトとかに行ってもらうけど、やっぱり色々言い募るそうだ。


「それと、以前お作りになったコーヒーフレーバーの酒の改良はできないかと言われ、焙煎前から、焙煎済みは深い、浅い、中間のコーヒー豆を四種渡されました」

「あぁ、最初に高級志向で作ったね、カルア。ちょっと味を見てみようか。他にもコーヒー使ったお酒考えてもいいし」


 この世界、子供もお酒は禁止。

 ただ昔は、お酒は生水よりも傷まないって子供も飲めたと聞いた。


 帝国は内陸で湿地から干拓して拡げた国土だ。

 さらに帝都は湖に面して広がっているから、水に困らず子供が肝臓を傷めてまでお酒を飲む必要がないってなって禁止されたとか。


 それで言えば確かコーヒーもあまり良くなかった気がするけど、お酒よりは罪悪感なく味見ができる。


「…………はぁ」


 コーヒーを入れるため、煮沸してある実験器具を使ってサイフォンを組み立てる。

 そうしている間に漏れた僕の溜め息に側近三人は黙り込んだ。

 けど黙らない一人がいる。


(器具仕様の仔細を求める)


 まだ人間の倫理とか道徳とかを勉強中のセフィラ・セフィロト、好奇心の塊だ。

 そんな相手に僕はコンピューターの基本を教えてしまった。


 ゼロと一のマトリックスだ。

 コンピューターはかつて電子計算機というくらい、この単純な数字を計算していくのが元の形だった。

 いくらでも記憶できて支障がないというセフィラは、理論上は二つの数字の組み合わせで無限に計算できる。

 一桁が二桁に、三桁が四桁にていどだと思ってたんだけど。


「まさか本当に電子機器並みの計算力手に入れるとか」

「アーシャさま、またセフィラですか?」


 ウェアレルが溜め息の理由を誤解したようだけど、ちょっと肩の力を抜く。

 基本的にセフィラが自発的に声をかけるのは僕だけだ。

 光を発したり声出せるようにしたんだけど、必要以上にはやらない。


「次に作るお酒に興味あるみたい。けど今日は注文が入っている分の作らないと。売れるのはいいけど勉強の時間潰れるのはなって思ってね」

「殿下はお勉強熱心でいらっしゃる。それだけやる気を見せてくれるならこちらも教え甲斐があります。ただ、その熱意から新たな酒を造るせいでモリーも前のめりになるんですよ」


 ヘルコフが火の次は水のエッセンスを使いながらそんなことを言った。

 九歳になって、一応の型の稽古はしてるけど、基本は軍事についての講義受け持ってもらっている。

 前世と違って、元軍人の実戦の話などもあって楽しいんだよね。


「みんな教えるのが上手いんだよ、きっと。テリーは勉強が嫌で庭に逃げ出すって聞いたし、…………はぁ」


 せっかく言いつくろったのに、思わずまた溜め息が漏れた。

 セフィラが不可視なのを使って実は噂話の類を集め、弟の様子を探ったんだ。

 そして実は先日妹も生まれていたことを知った。


 僕には何も知らされず、父が何度か会うたびに言いにくそうにしてたのはこれだと今ならわかる。

 教えてくれなかったのが正直悲しい。


(主人の感情の低下を推測。確定事項なし。理由はなんでしょう?)


 計算はできてもまだそういうことはわからないようだ。

 これは学べばいいし、実際これまでの間に学んでるんだよね。


 あとは盛大な独り言になるのをなんとかしたいな。


「僕が今落ち込んでるのは、会ったこともない双子の弟のうち、一人が重い病を患ってるらしいと知ったからだよ、セフィラ」


 ようやく口にした溜め息の理由に、ウェアレルたちも困り顔だ。

 これはセフィラに拾ってもらう必要もなく派手な騒ぎになったから知っている。


 双子の片方が病弱らしいとは聞いてたけれど、発疹ができたとか高熱が出たとか程度。

 今回は、元気にしていたのにいきなり倒れるという原因不明の命の危機だという。


「アーシャ殿下、暗殺を疑う声はありますが、やはり第四王子殿下を狙う理由はなく」


 イクトが言うとおり、セフィラに集めさせた推測の噂話の中にも服毒を疑う声はあった。

 そして暗殺ではないかと噂が立っている。

 もちろん父もルカイオス公爵も自身の血縁への害なので徹底して調べたんだけど、毒を仕込まれた形跡も怪しい人物もなしという結果だった。


「殿下を疑う声があるってレーヴァンが言ってたが、それこそ無理な話だってのにな」


 ヘルコフが上げるのは、宮中警護を掌握するストラテーグ侯爵がたまに差し向ける宮中警護の無礼者レーヴァン。

 イクトから十分距離を取ってそのことを教えてくれたと同時に、僕が無理ってことはよくわかっているとも言っていた。


 まぁ、引き篭もってるしね。

 外に行くときは黒染めにしてるけど普段は銀髪だから、僕の珍しい髪色は目立つ。

 そして僕の側近たちもここに詰めてるし、行動範囲も限られてるんだ。


「何よりテリーの一件で、宮中警護は僕を見るとこれでもかって目で追ってくるしね」


 この居住区から庭園へ出ても見える限りは追ってくる。

 リキュールに必要な薬草を貰って戻ると何を持ってるかって全部チェックされるし。


 錬金術が趣味と知られているのでちょうだいと言えば貰えるけど、無害なものに限られるのはちょっと残念だ。


「あ、そうだ。薬草取りに行かないと。今日庭園の手入れの日だ」


 この宮殿の庭園は広いから、手入れは日ごとに場所を変える。

 捨てるものをもらうため、僕は支度しイクトと共に下階へ下りた。

 ウェアレルとヘルコフはお酒造りを継続してもらう。


「うわ、本当に今日来た」

「あれ、レーヴァン。なんでいるの?」


 左翼の階段を使って庭園まで降りると、いつも出入りに使ってる場所に出入りを監視する警護とは別にレーヴァンが立っていた。


「いえ、殿下が庭園で草むしって戻ってくる日があるっていうんで確かめろと言われて」

「毒じゃないのはいつも調べられてるはずだけど」

「まぁ、うるさくせっつかれただけなんで、どうぞお好きに。あ、早めに戻ってきてくれると俺がここで立ちっぱなししなくて済むんでよろしく」


 勝手なこと言って見送るレーヴァンは、相変わらず皇子の僕に敬意がない。


 とは言え情報はくれるんだよね。

 せっつかれたなんてストラテーグ侯爵には言わないから、きっと他の誰かの差し金なんだろう。

 侯爵相手に強く言えるなんて人物は限られるし、時期からして弟が倒れたことと関連してるんだろうな。


 僕はまた漏れそうになる溜め息を飲み込んで、庭園へと歩きだした。


定期更新

次回:皇子暗殺未遂2

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