閑話71:アーシャ
「まずは帝国の文化として、精霊をどう捉えているかを聞きたいわ」
「えー?」
第一皇子の助言を受けたイルメが僕に迫る。
一応、菓子折り持って来てくれたソティリオスの用事が済むまでは、待ってくれてたんだけどね。
「僕も精霊なんてそんなに…………。ねぇ、エフィ、ラトラス?」
同じ帝都で暮らしてたってことで、僕は巻き込みにかかる。
ちなみにウー・ヤーとネヴロフは、実験室確保のために不在なので、貰った菓子折りも手を付けてない。
「高名な魔法使いの中には、精霊と会って力を得た伝説もあるが、俺も詳しくはない」
「竜人の国で育った知り合いは、海の向こうに見える火を吹く島に火の精霊がいるって、地元の伝説教えてくれたことあるけど」
「あれ、そう言えば精霊って定住するもの? 船乗りのエルフが、航海中に精霊に声かけられたって言ってたよ」
知る限りのことをお互いに言い合ってると、イルメはいつになくキラキラした目を向けて来ていた。
「人間のほうにも精霊の助力の話はあるのね。そう、魔法使いの話だから錬金術の書物を当たってもなかったんだわ。竜人の国の火の島は、私も聞いたことがあるわ。巨大な火の鳥が住むそうね。海にも精霊がいるとは聞くけれど、精霊は基本的に好んだ環境に居つくと言われているわ」
精霊と一口にいっても、差異があることはわかってるらしい。
だからこそ、セフィラのことも精霊として受け入れたということなんだろう。
エフィがちらっと僕を見る。
何かと思ったらイルメに話しかけた。
「イルメは精霊の声が聞こえると言っていたな。だったら、声を出さない精霊がいたらどうするんだ?」
エフィは後から錬金術科に入ったから、セフィラを知らない。
知ってる精霊は青トカゲ。
あっちは喋らないけど姿はしっかりはっきり見える。
「私は力が弱いし聞こえるだけよ。見える方もいれば、匂いでわかる方もいる。自ら精霊に喋りかけて答えてもらえる方も歴史上にはいたわ」
イルメは自己申告で弱いと言っている。
ただ僕が知る精霊の声が聞こえるエルフは、イルメと海運ギルドの船乗りだけ。
どちらも聞こえると言っていたから、そういうものだと思ってた。
「ふーん。なぁ、見える人って、どう見えるの?」
ラトラスがそう聞くのは、たぶんセフィラを思い浮かべてるんだろう。
けど確かに見える人もいると言うなら疑問だ。
何せ普段僕には、セフィラは光の玉として現れる。
けどラトラスたちには光る木という威圧的な姿を見せてた。
見えるようにしているだけで、本来の姿というものがあるかどうかも僕は知らない。
「過去の記述では、動物の姿を取ったり植物の姿を取ったり。精霊ごとに自らの存在を仮託する象徴的な何かの姿を取ると言うわ」
「「「象徴…………」」」
僕たちはそれぞれ呟くけど、たぶん考えてるのは別物だろう。
僕は光の玉で、ラトラスは光の木、エフィに至っては青トカゲ。
いや、本当それらの姿は何を象徴してるんだろうね。
「一番稀有なのは、精霊のほうから自ら姿を見せることよ。精霊側からの交信は貴重なの。その上で姿を露わにして私たちに歩み寄る姿勢はさらに尊い行いでもあるわ」
イルメの声が一段高くなったと思ったら、胸の前で拳を握ってる。
どうやら思いつきで姿を見せたセフィラの行いは、イルメの宗教観からすればとても意義のある行いだったようだ。
たぶん本人そこまで考えてないんだけど。
ただ興味を持ってもらうのが、精霊相手に話すのに大事なのはなんとなくわかる。
だってセフィラ、僕に対しては適宜応答する。
けど同じだけ一緒にいるウェアレルたちには、僕が絡まないと返事もしないとか。
さらにクラスメイトとなると、もっと気にしてない。
「第一皇子の課題は疑えというものだ。魔法でも錬金術でも、精霊が助けたという話はある。あるが、それすなわちエルフの精霊と同じとは限らないだろう」
エフィが考えながら言うと、ラトラスは長い錆柄の尻尾を振った。
「けど、北の獣人は精霊を悪霊って言うんでしょ? それも同じかどうかって話にならない? えーと、だから第一皇子が言いたいのは…………」
「これって定義できないものを、どうにかしたいなんてハードルが高すぎるって話しなんだと思うよ」
言ってはいけないという縛りがあって、言葉に詰まるラトラスに代わり僕が言う。
同じくセフィラについて話せない縛りのあるイルメは、察した様子で頷いた。
つまり、精霊と思しきセフィラを作る実験をするにしても、まずこの条件なら精霊のはずって到達点が見えてないとやるだけ無駄が多い。
「イルメに声が聞こえたら精霊だと仮定しても、精霊っていうのは必ずしも声があるから精霊だってわけでもないみたいだし」
「確か、錬金術で精霊を作れるという話の正否を明らかにしたいんだったか?」
エフィにはそう説明してある。
その上でセフィラに関しては伏せて、フラスコで精霊を作る実験してることも伝えてあった。
「だったら、場合によってはその実験が成功に終わらないことも見据えろってことじゃないのか? 失敗した後、次はどうするかを考えるべきだと」
「…………場所が、ここである必要が、あるかもしれないわ。国に帰っても錬金術とは無縁だもの。けれど逆に、精霊が好む要件を揃えた聖域でなら、あるいは?」
どうやら錬金術での精霊が空振りでも、その先をイルメも考えてはいたようだ。
「精霊が好むって例えば?」
「静謐であったり、流水が涼やかであったり。大樹が倒れた後の切り株の舞台を聖域として奉っているところもあるわ」
「あー、聖域もそれぞれで、つまりは精霊の好みもそれぞれ? もしかして精霊って一口に言っても、複数いるの?」
複数はいるだろうけど、奉ってるのも一つの精霊でない可能性がある?
そう思ったら首を横に振られた。
「いいえ、一にして全の精霊よ。個体? 形態は色々だけれど、その大本は同じと言ってわかるかしら? 性質は違っても、それは一である精霊の側面でしかないの」
イルメも詳しくない僕たちに、わかるように言葉を選ぶ。
精霊というのは共通の大意思があって、そこから離れて小単位にもなれるそうだ。
小単位になると固有の性質を持つけど、大意思の一部に変わりはない。
そんな説明に、エフィもラトラスも疑問が顔に浮かぶ。
イルメも他に説明のしようがないみたいで、僕は思ったことを口にした。
「違う、気がするなぁ…………」
セフィラであっても、青トカゲであっても、イルメの言うエルフの精霊とは別存在じゃないかな。
これはやっぱりイルメのそもそもの認識と、違いを擦り合わせる必要があるだろう。
「イルメ、もしかしたらエルフの奉る精霊と、錬金術で精霊と呼ぶものは別かもしれない。それでも錬金術、やる?」
イルメへの助言の根本はそれを確かめたかったから。
そんな僕の質問に、イルメは口を引き結んで悩み、そして覚悟を決めた様子で言った。
「やるわ。可能性があるし、何より言われてみて違うと断定する要素もあやふや。いっそそこを突き詰めれば、鏡写しのように私たちが奉る精霊の姿もはっきりしそうな気がするの」
どうやらイルメとしても、先行きの怪しさは感じていたようだ。
その上で僕たちと話すことで、やるという気持ちが固まったらしい。
「ソーが言うように意地が悪い。けれど、そこには確かに私のスタンスの曖昧なところを捉えた助言よ。とても頭がいい上で、遠回しな警告だったのね」
「それはそうだよ。だって、イルメがエルフで宗教家ってことは知ってるはずだし。そんなの皇子さまじゃなくても下手なこと言えないって」
ラトラスが肩を竦めて見せると、エフィは苦笑いだ。
「というか、立場的にも他国の有力者に通じる者に助言なんて本来はできない。それだけイルメのやってることに期待もあるんじゃないか?」
一番第一皇子の面倒さをわかっているからこそ、エフィはフォローを入れた。
なんとなくイルメが僕を見る。
これは帝国勢として僕も何か言っておいたほうがいいかな?
「錬金術で精霊って、語られることはあっても実際にいるかどうかはわからない。いると断言するイルメは第一皇子にとっても珍しい人材なんじゃないかな。突き詰めて行って、真実を明らかにしてほしいっていう気持ちもあるんじゃない?」
僕としてはそれと同時に、イルメが奉る精霊とは、やっぱりセフィラは違うと思うから、独自の道の模索もしてほしい。
それでもイルメの語る精霊の、心地よいという場を用意すればいいという現金なところは、セフィラにも共通してると思う。
少なくともエルフの文化圏にも錬金術は伝わってる。
だったら北のロムルーシから東のニノホトまで至ったように、枝葉の錬金術があった可能性もある。
そこに精霊について残ってたりするなら、僕に教えてほしい。
(うん、実はけっこうイルメがどんな錬金術するか楽しみなんだよね)
少なくとも現存しない、新たな錬金術を作るしかないんだ。
そんな考えに賛同するように、手にはセフィラの発する熱を感じたのだった。
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