354話:音楽祭に向けて4
ちょっと手伝ってもらおうと思ったら、まさかの無茶ぶりが来た。
ステファノ先輩から絵の具の材料として、アイアンゴーレム素材を要求されたんだ。
「それで、キリルに捕まってるスティフに代わって、私が説明に来たんだけど…………」
僕の前にいるのは、卒業したイア先輩。
本来なら就活生にならず卒業するつもりだったステファノ先輩と一緒に、故郷に帰る予定だった。
それがステファノ先輩の心変わりで一年延期。
結果、卒業生に斡旋された錬金術関連の図書や研究書解読作業をしているという。
言ってしまえばもう学園とは部外者だ。
なので話を聞くために外部の人間も招ける会議室を借りてもいる。
「なんで当のスティフがいるのよ」
来る必要がなかったイア先輩に、ステファノ先輩は笑顔で手を振る。
止めきれなかったらしいキリル先輩は溜め息を零していた。
イア先輩はさらに僕たちのほうへ向き直る。
「それと、いいところの出の学生は、だいたいどこかから頭数合わせるためにお呼びがかかるものじゃないの? あなたたちは去年のところからは?」
聞くのはイルメ、ウー・ヤー、エフィに対して。
僕は去年留学で不参加だから声さえかからないけど、三人は去年音楽祭の演目に参加したそうだ。
ラトラスとネヴロフは裏方を手伝うことで、音楽祭参加の単位を貰ったとか。
「私は去年の演劇で評価があり、今年はもっと台詞のある役をもらったわ」
「自分は去年と同じく、東の民族楽器を扱える者が少ないからと頭数合わせだな」
「俺は舞台効果のために魔法学科として参加したが、さすがに今年は声もかからなかった。それでも、去年の舞台を見ていたアクラー校生から、手伝いを依頼されてる」
つまり、三人とも練習が必要な役割があるわけだ。
「それならゴーレム探しなんてしてられないだろう。なんで来たんだ?」
当たり前のことを聞くキリル先輩に、ネヴロフは親指を立てて見せる。
「そりゃ、気になるからだろ、です!」
「おい、一年でまだそれかお前は…………」
「はは、キリルの世話焼きが発動しそうだねー」
ネヴロフの雑な敬語に、キリル先輩が目を据わらせる。
ステファノ先輩が不穏なことを言うと、ネヴロフも何か察したらしく、口を押えて激しく首を横に振った。
これは礼儀作法の授業で追加補習とかになったら、個人指導されそうだな、ネヴロフ。
留学している間の面倒をお願いした手前、僕もキリル先輩を止める言葉はない。
「はいはい、ともかく時間ない人もいるみたいだからざっくり説明するわよ」
脱線しようとするのを、イア先輩が手を打ち鳴らして注目を集める。
入学すぐはイルメに苦手意識を持ってたけど、一年経った今はもうないらしい。
「まずゴーレムについて。獣人くんたちもいるから言っておくけれど、大陸中央部にいるゴーレムは基本的には自然発生した魔物じゃないわ」
「あ、俺もネヴロフも一応は帝国出身なんで、野生のゴーレムは見たことありません」
ラトラスが言えば、イルメが基本情報を上げる。
「基本的にゴーレムの生息域は大陸北。獣人たちの住む範囲。けれど少数ドワーフの支配域にも出現する。かつての歴史では、ドワーフが私たちエルフにゴーレムを嗾けたことがあるわね」
「え、ドワーフって魔物操れたの?」
僕が思わず聞くと、それにはステファノ先輩とキリル先輩が推測する。
「ゴーレムは住処を荒らすとしつこく追ってくるって言うし、怒らせて見境なくなったのを誘導したくらいじゃないのー?」
「人間がかつて生み出した魔法生物のゴーレムは、人間のみが操作可能だったと言うが、それも今は失伝技術だな」
この世界でのゴーレムは二種類いる。
自然発生した魔物のゴーレムと、魔物を模して造られた人工ゴーレム。
「そう、それで今回スティフが欲しがってるのは、人工ゴーレムのほう。もうずいぶんガタが来ているけれど、未だに硬くて力も強い青いアイアンゴーレムよ」
「前にそのアイアンゴーレムから落ちた欠片を拾って、綺麗な青い色が作れたんだぁ。あれがあればいい絵が描けると思うんだよなー」
イア先輩の説明に、ステファノ先輩が思い出してるのかうきうき声で言う。
聞いたウー・ヤーとイルメ揃って首を捻った。
「この国の何処にそんなゴーレムがいるのかしら? 襲われないの?」
「というか、学生が行ける範囲に生息しているのか? 危険だと思うんだが」
そんな疑問にエフィが論点を戻す。
「一部を拾うなら問題ないだろう。問題は、人工ゴーレムは移動し続けることだ。魔法に惹かれるとは言うが、大きく他所へ行く可能性もある」
「いや、たぶん近くにいるよ。俺、店のほうで青いゴーレムが出たって話してるの聞いたし。冬でも魔法で動いてるから関係ないけど、雪には足取られて進み遅くなるんだって」
ラトラスの有力情報を聞いてたら、被毛に覆われた白い手が、僕の肩を叩いた。
ネヴロフだ。
「アズ、考え込んでどうしたんだ? なんかゴーレムの説明始めてから黙ってるけど」
特に潜めもしない声に、みんなの視線が集まって来た。
もう少し考え纏めるために意見聞いてたかったけど。
たぶん知らない以外は共通認識、魔法生物の人工ゴーレムなんだろう。
「僕は、ゴーレムは錬金術でできてると思ってた」
言った途端、否定しようとした面々が口を閉じる。
魔法が使われてるから錬金術じゃないなんて、小雷ランプという前例を知っているから言えないんだろう。
僕は一つ一つ指を折って説明する。
「まず、今の魔法体系が整えられる前に作られていた。次に、今の魔法使いたちでは再現不可能。そして魔法に惹かれる、魔石がある、魔力の流れが存在するというこの三点以外にゴーレムが魔法で生み出されたという推論を裏付ける理論はない」
魔法に惹かれるは置いておいて、魔石を仕込める、魔力の流れがあるは小雷ランプにも言えること。
再現不可能なんだから、そもそも魔法では作れないと考えてもいい。
というか、帝室図書館にはゴーレムの作り方、実は隠されて残ってるんだよね。
隠された理由は、ゴーレムの一斉廃棄が行われたから。
「僕が見つけた文献には、人工ゴーレムを操れるのは、作った人だけ。そしてその人が死ぬと野良ゴーレムが発生する。岩や鉱物でできてるから破壊が難しい。その上で制御不能で操縦者以外の人間も普通に襲うということで、危険視されたというものだった」
正直時期が悪かったとしか言えない。
黒犬病から百年後くらいに一斉廃棄が行われてるんだ。
つまりは錬金術師が多く死んで、その分野良ゴーレムも大量発生しただろう時期。
疫病から回復はしたけど、錬金術が廃れた頃に問題となって廃棄されたんだろう。
以後、新たに作られることはなく、造り方自体が失伝した。
「おい、それは何処の文献だ?」
帝都に住んでたエフィが訝しげに聞いて来るから、僕はとぼけてみせた。
「帝都に隠されてたのを見つけてね。もう元の場所に戻したし、持ち主僕じゃないから」
「それは盗み読みというんじゃないのか?」
キリル先輩が叱るように言うけど、僕は盗み読みはしてない。
してないけど、セフィラはやってるんだよね。
「…………いい」
「スティフ?」
震えるステファノ先輩に、イア先輩が声をかけた。
するとステファノ先輩は立ち上がって興奮したように声を大きくする。
「いい! あのアイアンゴーレムを作れるなら、あの青も作れる!」
テンション爆上がりだ。
それを見てイア先輩は、何かに気づいた後に項垂れる。
「レーゼンが、ここに残ったほうがいい色のきっかけ掴める気がするって言ってたの、これかぁ」
もしかしてイア先輩もテルーセラーナ先輩のように助言もらってたの?
「おい、待て。スティフ! まずお前は絵を描くことが先だろう! 引き受けた仕事は仕上げろ! 減点にされるぞ!」
キリル先輩が落ち着かせようとしてるけど、ステファノ先輩は右から左だ。
それを横目に、ウー・ヤーとイルメが僕へと声をかけて来た。
「人工ゴーレムは確実に作れて、しかも操作可能なのか?」
「小雷ランプの例を考えると、実物から再現できる可能性もあるのかしら?」
「おい。俺たちはゴーレム探しに行けないんだから、あまり欲を出すな」
冷静に止めるエフィに、ネヴロフがまた親指を立てる。
「だったら俺たちが捕まえて来てやるよ!」
「簡単に言わないで!」
俺たちに含まれるだろうラトラスが、危険を察知して尻尾を膨らませる。
けど、それもなしではないと僕は思ってしまったのだった。
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