352話:音楽祭に向けて2
帝都からの急報は、ルカイオス公爵が政界引退の意向であるという内容だった。
皇帝である父から直接送られたメッセージだから、まだ内々の話。
それを父は僕にあてて送ってる。
伝声装置を使うからにはルキウサリア国王の耳にも入ることは織り込み済みだろう。
「急な呼び出しをまずは謝罪させてもらいましょう」
「いえ、馬車の用意までしていただき、遅ればせながら僕からも感謝を」
ルキウサリア国王と急遽面会となった。
場所は謁見の間でもない図書室っぽい場所。
たぶん人目を避けてのことで、僕が図書館利用の話あるから、会っても言い訳できる場所をってところだろう。
お互いに挨拶をしてみるけど、本題が気になりすぎて上滑りした。
「…………それで、殿下が帝都におられた時には?」
「全くそのようなことはありませんでした。ルカイオス公爵を責めることで、ことの真相と再発防止を働きかけるための動きが阻害されており、いっそ邪魔だったので、失礼」
僕も急なことで喋りすぎそうになる。
図書室にある椅子に座って向かい合うルキウサリア国王は、ちょっと半端に笑って先を促して来た。
「いや、何をなさったのかその影響も知りたいところ。聞かせてほしい」
「大したことではありません。名を偽るからこそ市井に降りられたので、帝都に残留した犯罪者ギルド狩りのための情報収集を」
「つまり、責められていない皇帝陛下が自らことの制裁に乗り出すという姿勢を見せることで、余計なことを言う者に圧をかけたと」
「少なくとも動きを見てレクサンデル侯爵は控えるかと思ったのですが」
僕の狙いに頷きつつ、ルキウサリア国王は続ける。
「実行犯を捕まえているならば、ファーキン組による口封じを警戒。そのためにも帝都で暗躍できないように計るのは悪くないでしょう。後は時間が問題だったと」
「えぇ、トライアン貴族が騒いだところで、陛下のお耳にもあちらにとって不都合な情報はお知らせ済みでしたから」
ルキウサリア国王は目顔で、知らせた内容を聞いて来る。
これは言ってもいいか。
公表してないのは、捕まえたファーキン組から聴取の裏付けがないからだ。
それもひと月の間に少しは進んでると思いたいけど。
「ルカイオス公爵領に侵入した賊は、ハドリアーヌ第一王女の手引きで入り込んだ可能性が高いのです」
「それは…………」
つまりは皇子暗殺の共謀を疑われる行いだ。
「ただ実際のところ、共謀を求められて断った節もありました。この情報を持ちだすと、さらに国同士のやり取りに終始してしまいます」
「トライアンでのファーキン組の件も絡めば、暗殺未遂から主軸もぶれましょう」
ルキウサリア国王は、僕があくまで弟たちの安全を第一にしてることをわかって応じる。
政治関連での相談は難しい。
相談できる相手である父は手いっぱいで、妃殿下もその補助。
それで言うと目の前のルキウサリア国王は、トライアンのファーキン組の問題も、今回の件も、さかのぼれば入試へ向かう途中の事件も、帝国と足並み揃えている。
ここで保身に回っても、敵対は選ばない。
だったらいっそ意見を求めてみよう。
「実は、実行犯の一人ニヴェール・ウィーギントを見捨てたファーキン組が、別に雇い主がいて動いているということを漏らしたのです。ブラフの可能性もありますが、実在した場合の対処を取りたいと思っています」
「つまり守りの姿勢を皇帝陛下はお取りになりたいと」
まずは守り、そこから時間を稼いで捜査。
捜査に関しては情報源を掴んでるから時間の問題だ。
後はいかに早く敵を特定するか。
「そのことをルカイオス公爵もご存じならば、いっそ自らが退くことで黒幕の狙いを挫くことを想定されたやも知れませんな」
ルキウサリア国王が意見をくれる。
「まず責められる理由は、ルカイオス公爵領でのハドリアーヌ王国王女の水難事件。この時点で、暗殺未遂からずれている。そして王女の関与が疑われるのであれば、論点をずらすことがそもそもの狙いかもしれない」
ルカイオス公爵が黒幕説とかも出てるらしいけど、それをする理由がないのはルキウサリア国王もわかってる。
皇子暗殺未遂の叱責を軽くしたいレクサンデル侯爵、被害者として有利を取りたいトライアン貴族とハドリアーヌ貴族。
乗っかるユーラシオン公爵と、そもそもテリーが襲われたことなんてどうでもいいんだ。
「それではルカイオス公爵も困ると言うもの」
「そうですね、現在の帝室の後見として成り立つ権勢なら、次代を担う皇子が命を狙われて目に見える制裁も何もできない状況なんて避けたいはず」
ルカイオス公爵共々、皇帝である父の権威が落ちるだけだ。
「それと同時に、議会が紛糾する場合、火中のルカイオス公爵が議会に出席しないということもできない。つまりは、釘づけにされている状況では?」
「あぁ、そうか。黒幕が誰かも調べられないのですね。攻撃の的にされたルカイオス公爵も身動きが取れない。その上で現状何を狙った状況かが見えたからこそ…………」
漠然とルカイオス公爵の狙いはわかった。
けど火のない所に煙を立たせて、その後何処に燃え広がらせようと言うのか。
僕はそれが見えてなかった。
ルキウサリア国王は、飛び火先を今の帝室の皇帝権威の失墜のあるのではないかと。
皇子が狙われて大した処罰も行えないとなれば、元から軽んじられている父だ。
その皇帝の権威を権勢に取り込んでいたルカイオス公爵も同時に落ちる。
「騒げば騒ぐほど、後手に回らされ、取り返しは効かなくなる」
僕の呟きにルキウサリア国王は否定しない。
つまりは、黒幕の狙いはそこだろう。
黒幕に雇われてるらしいファーキン組が逃げたのは、皇子誘拐もしくは暗殺が成功してもしなくても良かったから。
狙われて、その後騒いでルカイオス公爵の権勢を削ごうという、長期的な目的があった。
「手を打つ必要に迫られ、引退意向やも。今ならばなんの罪状も押しつけられてはいない。引きずり出されて釘づけにされるならば、自ら退いてしまえばよいでしょう。何より理由のつけ方によっては、政界復帰もまだ可能な範囲です」
「そう…………いえ、それもおかしい気がします」
あり得そうで納得しかけたけど、引っかかることが浮かんだ。
「ハドリアーヌを退かせるネタはすでに陛下が持っている。トライアンにはワゲリス将軍にファーキン組関係で圧をかけてもらえるよう要請もしました。そのこともお伝えしてあります。政治的な力であるルカイオス公爵に伝えていないわけもない」
返事がないから見ると、ルキウサリア国王は口が開いてる。
目が合って一度閉じるけど、次にあけても言葉はない。
ついには眉間に皺を寄せて俯いてしまった。
「つまり、ユーラシオン公爵以外を引かせる手は打った後と」
そこまでやってたのかと言わんばかりだ。
その上で新たな情報を考えているらしい。
「であれば、余計に一時だけ退くという手はありでしょう。今攻めている相手が弱るとわかっているなら、一時時勢力が弱まったとしても、巻き返しが見込める」
そう言われると、あえて退くは確かに駆け引きとして有効そうだ。
意向と言うことは、ワゲリス将軍の動きやハドリアーヌにネタをちらつかせる時期を相談している可能性もある。
父が知らせてよこしたのは事前に知っておくように?
「しかし、巻き返し込みとは言え、勇退はなかなかできない判断。一度返り咲いたことのあるルカイオス公爵でなければあまり考慮にも入れられない」
それはちょっと聞いたことがある。
今の皇太后と争っていた時、ルカイオス公爵は一度宮殿の政治の場から追い出されたそうだ。
その後に政治的な問題が起きると、即座に帝都に戻って政治の場に返り咲いたとか。
その後は皇太后にやり返して幽閉。
皇太后も返り咲きを狙うけど、今のところルカイオス公爵に阻まれてる。
自分の二番煎じされるとわかっていて、やらせる道理もないだろうしね。
「敵を前にして、足並みを乱さずあえて退く。確かになかなかできることではないですね」
軍事行動をしたり、ファーキン組と相対した時、どちらも僕は退くという選択ができなかった。
というか、あえて退くってことを考慮にも入れてなかったんだよね。
正直敵を前にして退くのは勇気がいる。
普通に怖い。
けれど誘い込みや相手の慢心を誘うには有効だ。
それを本当にできるかどうかは別の話だけど。
「早くに報せていただいたからには、浮足立つことなく推移を見守りましょう。帝国との連携も転輪馬で表向きも強くする時ですから」
ルキウサリア国王が言うとおり、すでに伝声装置という切れない紐帯がある。
遅れる形だけど、転輪馬を帝都まで延伸計画を発表したことで、帝国と共同でという姿勢を公表した後。
まだまだこれからの技術も多い。
それを思えば、父が伝声装置でいち早く知らせたのは、ルキウサリアにも軽挙をするなという事前告知だったんだろう。
僕も驚いたけど、ルキウサリア国王がいうとおり、浮足立たないよう気をつけよう。
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