351話:音楽祭に向けて1
ルキウサリアに戻って、アーシャとしては父との連絡や封印図書館の次の展開についての話し合い。
同時にすでに進んでる伝声装置、転輪馬、天の道の報告、不具合解消などなど。
アズは課題と日々の授業、さらには来月にある学園の催しの準備も始まるとか。
「ずいぶん疲れた様子だな、アズロス」
「やぁ、ソー。久しぶり」
わざわざ学園にあるサロン室を借りたソティリオスからの呼び出しで、僕は久しぶりに顔を合わせた。
あんまり上位者いると肩身狭いと言ったら、お茶だけ用意してソティリオスの取り巻きは下がってしまってる。
これはこれでなんか僕の印象悪くなりそう。
「高位の貴族子弟を給仕扱いっていうのもどうかとは思うけど」
「ほう、そんなこと気にする感性があったのだな」
「留学の時とは状況が違うよ。半年つき合う相手に気を使い続けるの嫌だったし。ロムルーシはもうソーに丸投げだったから緊張とか気にしなくて済んだし」
「おい」
軽口の上で、ソティリオスは気遣う様子を見せた。
「アズロスが疲弊するくらい大変だったのか? ハマート子爵家の者も戻ってすぐは覇気がなかったが」
「あっちはおうちの事情も絡んでるから。僕は単にいない間の埋め合わせで、課題出されたのと、先生たちへの挨拶回り。課題出してもらって点数くれるよう交渉もしないといけないから」
授業出てないのは僕の判断で、それで課題くれ、点数くれなんて我儘は通らない。
その辺りは生徒と教師の兼ね合いで、錬金術科は言う前に用意してくれただけネクロン先生有情だ。
他の共通科目の先生たちはそれぞれの采配なので、まずは挨拶と交渉のためのアポ取り。
結果、僕は広い学園内を歩きまわることになってる。
「すでにクラスメイトが教えてくれてるから、交渉で大丈夫な先生とそうじゃない先生はわかってる。今だけちょっと忙しいんだ」
「そうか、こちらもイマム大公のことがあり早い内がいいと思ったが」
今回呼び出されたのは、イマム大公関連。
つまりは錬金術科の新入生ウィーリャについてだ。
「あのプライドの高さだ。学園の長幼も軽んじている様子もある。たぶんアズロスにも最初から下手に出ることはしなかったんだろう?」
「僕より、クラスメイトたちがご立腹だね。いない間に何度かぶつかったみたい」
「そうか、すまない。今度、詫びの品でも」
「気にしないでいいよ、後輩だし。あ、でも何かくれるなら菓子折りちょうだい。放課後にあれこれ話し合う時に摘まめる」
たぶんそれでクラスメイトも留飲下げると言えば、ソーは驚きつつも了承した。
食べ盛りの中学生なんてそんなものだと思ったけど、お貴族さまは違うようだ。
「それで、何やら新入生たちをやり込めたとか。去年の焼き直しか?」
魔法学科相手にしたことを言ってるのかな?
「まさか。ちゃんと錬金術科らしいやり方さ。ちょっと貴族らしさも交えたけど」
水遊びをした懇親会のことを話すと、ソティリオスは苦笑いだ。
「確かに主導権争いはそうした有利を作るためにもやるな。ウィーリャ嬢は、アズロスのやるならこれくらいやれという警告をわかっただろうか?」
「そこまでのことじゃないけど、反応からしてわかってないだろうね。わかったのはニノホトの令嬢と、帝都出身のリフェクティオンという家の子くらいかな」
「医師を輩出する家だな。宮殿勤めもしている伯爵家。一つ下と言うことは次男か」
さすが詳しい。
だったら新入生のトリキスが入学した目的、知ってるかな?
「あまり錬金術に興味ありそうでもないんだけど、なんで入学したんだろ? 薬学と並んで医学の学科あったよね?」
「あるな、というか元は薬学科が医学科の一部門だった。それがテスタ老の研究室の拡大と共に独立した学科となった形だ」
本当一代でよくもそれだけ薬学を大きくしたね、テスタ。
「ってことは、医学科って不人気だったり?」
「薬学科ほどの注目度はないが、長く各宮廷を任されるような医師を輩出しているから、わざわざ錬金術科に入るような意義はないな」
僕も遠慮しないけど、ソティリオスもけっこう言うようになった気がする。
「考えられるのは、テスタ老が錬金術に傾倒している現状の一次情報が欲しいと言ったところか」
「あぁ、なるほど。けど、テスタ…………老? さん? まぁ、ともかくその人、錬金術科って言うよりエフィに会うほうが多い気がするよ」
「それであっても、他国から窺うよりも、実子が送り込める年齢であったなら探るだろう」
「そうなると、あのトリキスもウィーリャみたいに望まず錬金術科に通わされてるって不満があるかも知れないのか」
人員増えるのはいいけど、あまりやる気がなくてもなぁ。
「足を引っ張りそうなのか?」
「そんなはっきり言わなくても」
「いや、ウィーリャ嬢やリフェクティオン伯爵家であれば、私から働きかけることもできる」
ソティリオスがそうして言うのは、友達だってこともある。
けど貸し作ってからの、メイルキアン公爵家の秘宝関連も睨んでいそうだ。
本心からだったら申し訳ないけど、打算の一つも混ぜられないんじゃ将来大派閥率いるなんてできないし、そんな半端な教育はしてないだろう。
「ウィーリャはいっそわかりやすいから平気。トリキスはやる気ないなりに、足並みはそろえる気があるみたいだからいいかな」
「そうか。音楽祭を前に遅れた分の課題もあるのに、大丈夫か?」
「去年の今頃は留学中だったよね。ソーも初参加だけど、どんな感じ?」
「学園で行われる夏至の音楽祭は有名だから、色々聞いてはいたな。そこで注目を集めれば、学生ながらにパトロンもつく。芸術方面を志す生徒たちの熱気はすごいぞ」
始まりは夏至の祭に関連付けられた、野外音楽会だったとか。
それが学園の規模が大きくなるにつれて、今では音楽会もやるけど、演劇、絵画、彫刻、舞踏、文学作品発表と芸術関係の学科の発表会になってる。
ソティリオスは思い出したように聞いてきた。
「確か錬金術科にも一人高名な画家志望がいたんじゃないか? いや、去年のマーケットの出し物を考えるに、けっこう芸術に明るい者が多いのか?」
「あぁ、ステファノ先輩。卒業した先輩にも一人絵画できる人いたよ。他に絵心ある人たちが手伝ってたんだ。ステファノ先輩は描くのも好きだけど、錬金術科には絵の具作りだね」
「なるほど、そういう方面もあるのか。錬金術は呆れるくらいすそ野が広いな。枝葉も広がりすぎて枯れ落ちるわけだ」
メイルキアン公爵家の秘宝に使われた技術が衰退している様子のことか。
「春の初めにやったって言うパレードは見た?」
「あぁ、見たは見たが、帝国軍の軍馬を見た後だと見劣りがしたな。魔法学科や騎士科学生による模擬試合は楽しめた」
「そう考えると、錬金術科が主役になれる催しってないんだよね」
「学園の催しはどれも適応する学科の発表会の側面があるが、そう言われればそうだな」
ソティリオスのいる教養学科なんかは、どの催しでも企画や接待で財力とコミュ力を見せつける系だ。
マーケットも目を引くことはできたけど、なじみ深かったり名高かったりする他の学科の催しが取りざたされた。
「これは何か錬金術科でできること探すべきかな?」
「それで課題がおろそかにならないのならいいんじゃないか。楽しみにしておこう」
ちなみにソティリオスは、音楽祭の展示企画を一つ任されてるんだとか。
学校の話から、帝都の様子、皇帝が犯罪者ギルドの残党狩りをすることなんかを話して解散する。
「馬車で送るぞ?」
「いやぁ、留守が多くてあまり寮に知り合いもできてないし、目立ちたくないかな」
何故かソティリオスに鼻で笑われ帰宅した。
あれはもしかして、散々やっておいて何をってこと?
そんなこと考えながら寮のほうの部屋で着替えようとすると、隠し扉の向こうからノックがする。
初めてのことに驚いたものの、セフィラがイクトだと教えてくれた。
「どうしたの?」
「王城より急報があり、すぐにお確かめを」
そう言われてメモを渡される。
紙の大きさや質は伝声装置で使われるもの。
つまり伝声装置で帝都から送られて来た急報だ。
僕はまず最初の文字に目を瞠り、続く言葉に絶句してしまった。
「…………これ、ルキウサリア国王は?」
「すでに屋敷のほうに呼び出しがあり、馬車も待機しております」
「わかった、すぐ行こう」
僕は着替えをやめて皇子としての屋敷に急ぐ。
受け取ったメモにはルカイオス公爵の文字。
そして続く、政界引退の意向という言葉に、一瞬思考が飛んだ。
僕がルキウサリアに戻るまでの一カ月で何があったんだか。
きっと今日決まったばかりの話なんだろうけど、意図が掴めない。
「妃殿下の兄にあたる後継者もいて、派閥も今回のことで動揺はあるけどまだ健在。いったい何を狙って引退なんて言い出したんだか」
老境とは言え、大きな持病もない状態で、皇帝の後見人が政界を退く。
それは僕の家族にとってもあまりいいニュースではなかった。
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