350話:錬金術科新入生5
片づけの合間に、僕のクラスメイトに囲まれて困るウェアレルができあがる。
しょうがないから僕も参戦する様子を見せると、ウェアレルは話を切り上げにかかった。
「あなたたちの熱意を伝えることはしましょう。ですが、私も戻ったばかりですので、持ち帰って検討します」
「たまには俺にもそれくらい譲歩しろ」
近くにいたヴラディル先生がウェアレルに絡む。
「ヴィーがうるさいとお伝えしよう」
「俺の株を下げるな!」
ちょうどいいから、動いたついでにヴラディル先生に確認しておこう。
「ヴラディル先生、ウルフ先輩から相談があると言われています。学内で何かするようですが、その場合、金銭が動くようなことをするのはありですか?」
「金額による。あと、品位とか格とか、目立ったらそれだけ横やりが入るな。まずそうなら断れ。アズなら大丈夫だろうが、ウルフは仲介が主だ。誰かに紹介もあるぞ」
商人系でも、自分で事業を考える竜人のロクン先輩とは違うタイプか。
受けたのは早計だったかな?
ウェアレルを見ると気づかれないよう浅く頷く。
駄目そうだったら横入りしてくれそうだし、お試しってことで考えよう。
「誰かと引き合わされるくらいは想像してたんですけど…………」
放課後、エルフのウルフ先輩に連れられて個室があるお高めの喫茶店へ。
そこで待っていたのは知った顔だった。
「ははは、知った顔でがっかりしたか? それでも、テルーセラーナ先輩とは久しぶりだろう?」
「急に呼び出してごめんなさいね、アズ。それと、クーラ」
「ご無沙汰しております。麗しき方、知恵深き方、慈愛の御方、我が姫君」
ウルフ先輩と一緒にやって来たのは、僕だけじゃない。
同行してるのは竜人の新入生クーラ。
両腕を胸の前で交差させる竜人の国での礼と、持って回った言い方。
これは竜人同士、地元の知り合いってところかな?
「遠慮はいらないわ、座りなさいな。今日は懇親会として水遊びをしたとか。何をしたのかしら?」
テルーセラーナ先輩は就活生から卒業して、故郷のネロクストという竜人の国に帰るのもやめて、結婚の予定も先延ばしている。
そこまでする理由を、薬学の権威であるテスタが気にしていたけど。
こうして新入生と会うならその辺りかな?
推測しながら、僕たちは今日やったことを説明して聞かせた。
「あら、まぁ。ずいぶんと意地の悪い発破のかけ方だこと」
「先輩方のような主導できる方や、社交性のある者ばかりではないように見えたので」
テルーセラーナ先輩に答えると、ウルフ先輩が学園の中でのことを話題に上げる。
「そう言えばアズは、戻ってすぐロムルーシのお嬢さまに絡まれたんだって? 結局イマム大公からの用向きは?」
「ウィーリャ相手の窓口になってクレーム対応してくださるなら答えますよ」
面倒ごと押しつける姿勢に、ウルフ先輩は両手を上げて身を引く。
直接関わってないウルフ先輩からしても、ウィーリャは面倒そうなご令嬢らしい。
そんな話をしながら表面上は優雅にお茶。
「クーラは錬金術科に入ってどうかしら? 講師が増えて、私が学んだ時よりも変わってしまっているでしょうね」
「魔法の理論に似ていますが、それとも違った発展を感じます。水槍を作るにも、知らないことが多く、理解する時間もなく。しかし先輩方は改良までをこなしております。奸智がなくとも負けは必定であったかと」
クーラ、僕のこと悪知恵働くって言ってる?
そう思ったら目が合った。
竜人の美醜はよくわからない。
クーラは茶色っぽい鱗に緑の目。
テルーセラーナ先輩は濃い青の鱗に紫の目。
どちらがと言えば、テルーセラーナ先輩のほうが態度からも高貴な雰囲気はある。
「どことなく似てますね、お二人」
「お、アズは竜人の顔の区別がつくタイプか。つかない奴よくいるけど、正解だ。このお二人は母方で血縁がある」
ウルフ先輩はどうやら関係を知ってたらしい。
テルーセラーナ先輩は竜人用の取っ手のないティーカップを置いた。
人間と同じ五本指だけど、爪の形や指の腹の形が違うからね。
「実は協力者を欲しているわ。このクーラの主人であるアシュルの学園生活を助けてほしいの」
新入生のもう一人の竜人。
アシュルが女性のクーラに比べて細身くらいはわかる。
あと人間の新入生ポーを気にかけてる感じだった。
「そのためにも私とアシュルの関係を話しましょう。どうか、ここだけのことと願います」
そう言ってテルーセラーナ先輩が話し出したのは、ネロクストという竜人の国の継承争いというには一方的な事件だった。
竜人は一夫多妻制が王族にのみ許される文化で、正室の他に側室を持つ。
ネロクストの今の王ももちろんそうだ。
「けれどご正室に男児は生まれず、私の母やその他若い側室には男児があったの。その中でも寵姫であった者の元に生まれた男児が、アシュルよ」
「じゃあ、アシュルはネロクスト王族ですか?」
「いいえ。大病を患い後宮を出されて臣籍に。…………ただ、その大病を患ったのは、寵姫の子に後継者指名をさせまいとした側室が、毒を盛ったことによる後遺症。そして、毒を盛ったのは、私の母よ」
幼い頃、テルーセラーナ先輩はそれを目撃した。
ネロクストの法律では、王の男児を害したなら即座に連座で奴隷落ち。
それが側室だろうと王女だろうと関係なく。
テルーセラーナ先輩は母方の叔父に相談し、病を理由に側室の母親を実家に軟禁。
その上で、後宮を出されたアシュルの行方を捜し、後遺症のための治療を行える場を用意して迎えをやったそうだ。
「けれどその時にはもう、アシュルはこの国の研究機関に売られてしまっていた」
「それって、テスタ老の?」
「アズも知っていて? あそこで治療を受けたお蔭で、学園に通えるほどにまで回復したわ。感謝しているの。その上で心配で、私は母方の親族であるクーラを侍女として、護衛として送り込んだわ」
親戚関係としては、叔父の妻の姪らしいけど、血縁的には母方祖父の祖父辺りが同じ人物だとか。
血縁関係がややこしいのは竜人でも変わらないようだ。
「母はしらを切って今も、アシュルに飲ませた毒を漏らさずにいる。だから私は自ら調べるため錬金術科へ入ったわ」
なるほど、テルーセラーナ先輩の目的わかった。
テスタに献金しながら、薬ではなく毒を課題にしてたのは、そのせいか。
そして決して風評のよろしくない錬金術科に自ら入る行動力もあるなら、アシュルが入ると知ってルキウサリア滞在を延長するのも不自然じゃない。
「国に帰る予定を突然変えられたのは、アシュルが入学するとわかったからですか」
「えぇ、そう」
そう言って、テルーセラーナ先輩が目を向けると、クーラが代わって話す。
「私は二年前にアシュルさまのお側に。学園入学を目指すための金策をという話はありました。しかし進学先は薬学科。それは、同じく研究施設で育ったポーさまもでした」
聞けば新入生のポーも奇病にかかって売られた口。
身分や種族が違っても、同じ歳で竜人を怖がらなかったポーとは懇意にしてたそうだ。
二人揃って病を治した薬術に憧れもあったという。
「ところが、一昨年の暮れごろ、突然テスタ老が錬金術に傾倒なさいました」
突然の話に、僕はカップを取り落としそうになり、ソーサーとガチャッと不躾な音が立つ。
うん、これは…………話の落ちがわかってしまった。
一昨年の暮れって言ったら僕の入試だ。
出会いは一昨年の春だったけど、その時はまだ封印図書館関連として動き始めたばかり。
クーラからすれば、本格的に封印図書館に取り組み始めた頃が、テスタの錬金術への傾倒が始まったように見えたんだろう。
「たぶんあの子が錬金術科に入ったのはテスタ老の意向。ポーというお友達はなんでも好奇心を持つけれど、アシュルはそこまでではないらしいの」
クーラから報告を受けてただろうテルーセラーナ先輩が続ける。
「恩もあり、尊敬もあり、その方の力になりたいと志すことが悪いとは言わないわ。けれどできればアシュルには実りある学園生活を送ってもらいたい」
「そのために、俺と君だアズ」
「えっと、どうして僕? それにウルフ先輩も」
聞くと、ウルフ先輩は親指と人差し指で丸を作ってコインマークを作る。
つまりは補助要員としてテルーセラーナ先輩に雇われらしい。
「冬にルキウサリアを去るレーゼンに相談したの。そうしたら、アズに協力してもらえば上手くいくと。あの子は妙に勘がいいわ。それに懇親会のことを聞いて正しいとわかった」
「いや、本当。だいたい言いだすのはアズだな。やるのは他の子でも、動かす方向なら間違ってない。去年入学してからまともに授業できる状況を留学前に整えてたし」
テルーセラーナ先輩にウルフ先輩まで期待する様子で言う。
クーラは僕を知らないし、知ったのは今日のやり口だけだから不審そうだけど。
なんにしても、今生初めての後輩は、どうやら訳アリがけっこういそうだった。
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