344話:二年目新学期4
「む、ほとんどできなかったな」
授業終わりを知らせる鐘に、ネクロン先生が舌打ちしそうな感じで口元を歪める。
パイオン鋼ができる温度や圧の具合を細かく刻んでいく様子は、見るからに授業というよりも研究。
「これってもう授業じゃないですよね。いっそ、錬金炉稼働のための学生を雇って手伝ってもらうくらいにしたほうがいいのでは?」
「ち、気づいたか」
僕の指摘に、ネクロン先生も故意だったらしく、今度はしっかり舌打ちする。
途端に就活生たちからブーイングが上がったけど、ネクロン先生はそんなの歯牙にもかけない。
「ふん、錬金術で稼ぐためにはこういう地味なことが必要なんだ。その実践をやらせただけで授業から離れたわけじゃない。本気で考えるならこれくらいのことで音を上げるな」
ネクロン先生が屁理屈で学生を私的に使ったことを正当化する。
実際売り物考えるならありだし、何人かの就活生は言い返せなくなってた。
ただそこは、趣旨説明を最初からしないとだまし討ちだと思うな。
僕とエフィは言い合うネクロン先生たちの中から抜け出して、教室に戻ることにした。
「あれ、誰も今まで言わなかったの?」
「初めて触る素材に、慣れない道具だったから、そう言えばという感じだな」
エフィ曰く、なんとなくで全員流されてたらしい。
ちゃんと作り方も使用方法も聞けば答えてくれてたから、全くのマイナスでもないそうだ。
自分で判断して、情報引き出すことしないと教えるつもりもなかったようだけど。
就活生という、もう社会に出ること前提の生徒相手とはいえ、厳しいなぁ。
「アズ、ゲームを知りたいなら明日俺がボードを持って来て説明をしよう」
エフィが善意で言ってくれるんだけど、向かう先の教室からどうも大きな声が聞こえる。
僕は知らない人の声だったけど、エフィは呆れたように口を閉じた。
「誰? 声からして女子生徒みたいだけど」
「錬金術科の新入生の一人だ」
「誰かの知り合い? ずいぶん元気だね」
「知り合い、ではないと思う」
僕を見て、エフィは言葉の後半を付け加える。
「ロムルーシ出身で、オレンジに黒い模様の虎の獣人だ」
「ロムルーシの、虎」
「名前は、ウィルソニア・デニソフ・ザイツェファ」
「デニソフ…………。もしかしなくてもイマム大公の血筋だろうなぁ」
「あぁ、本人もそう言ってる」
「一応、王都でユーラシオン公爵から、イマム大公家から接触あるとは聞いてたけど」
どう聞いても教室で騒いでるんだけど。
手紙が届くはずとかそういう話だったのに。
「どんな子か聞いていい?」
「その、俺が言うのもなんだが、典型的な貴族令嬢だ」
言いながら、僕たちは足音を忍ばせ教室に向かう。
入り口から覗き込めば、僕たちに背中を向ける虎の獣人がいた。
太く長い尻尾が不機嫌に自分の足を叩いてる。
「名前呼んだだけでどうしてそう怒るかな? 実はウィルソニアって名前嫌い?」
「わたくしではなく、平民であるにも拘らず、このわたくしを馴れ馴れしく呼ぶその態度がなっていないと言っているのです」
ラトラスにそういう虎の獣人は、確かに令嬢らしい物言い。
ただラトラスも、座ったまま半笑いで言ってるから、無礼承知で言ってる。
そこにネヴロフが面白くなさそうに口を開く。
「だからって帝国風にウィリーって呼んでも怒るだろ? なのにロムルーシ風にウィーリャって呼んでも怒るんだから何がしたいんだよ」
「平民が、気安く呼ぶなと言っているのです! こんな無礼な方たちしかいないなんて、学園なんて誇大宣伝だけの底辺ですのね!」
おちょくってるのかと思ったら、相手がそもそも無礼だった。
僕は虎獣人を指差しながら、もう一度エフィに聞く。
「なに、あの子?」
「どうも家の命令でこっちに入学したんだが、錬金術科の風聞の悪さと、身分に対する隔てのない校風が気に食わなかったらしい」
聞けば最初から、端々に在学生や学園を貶す言葉があったとか。
だからそこに所属してる者からは冷たい対応を取られる。
それをさらになってないと怒るから、まともに相手せず入学二カ月くらいで、お互いに対応が過激化したらしい。
「イルメは最初に言葉を交わしてから、教室に彼女が来ると本から顔を上げなくなった」
言われてみれば確かに、イルメは本に視線を落としたまま何も言わない。
こうして見ると、入学から一応僕たちに受け答えしてたのは、交流する気があったからなんだろう。
「だいたいインテレージが登校しているのなら、ひと言あってしかるべきでしてよ!」
「それを誰に頼んだ? 少なくとも自分たちは君に何を言われたわけでもないし、請け負ったこともない。勝手な妄想で然るべきなどというのは呆れた傲慢さだ」
そしてウー・ヤーはいつにない棘のある言い方。
何より、教室内のクラスメイトたちは僕とエフィが見てること気づいてる。
なのにひと言もウィーリャとか言う女子生徒にそのことを教えない。
「つまり、僕に用事があったけど、登校してないから困ってたとか?」
「見てわかるとおり一方的過ぎるし、本人がそもそもアポイントメントを求めるような常識がない。だから俺たちもアズと会わせるべきかどうか迷ってるところだ」
エフィもこうして鉢合わせるまで言わなかったのは、会わせてもろくなことにならなさそうだから。
「ウィーリャみたいな生徒、たまにいるだす。生まれて今まで良きに計らえと言えば全部どうにでもなって来たんでげす。だから自分でやるっていう考えがないどす。低い身分の者たちは、意を汲んで従うのがあるべき姿だったんでごわす」
あまりに自然で聞き流した。
けど横を見れば、当たり前に僕と並んでヨトシペがいる。
「「うわ!?」」
「わは、アズ郎登校したって聞いてきたどす」
円尾の由来になってる尻尾を振るヨトシペ。
驚きの声にウィーリャも僕たちに気づく。
今度はこっちが何か言われるかと身構えたけど、虎の目はヨトシペへ一直線。
しかも秋田犬の姿を認めた途端、声が一段高くなった。
「ヨトシペさま! お会いできて光栄でございます!」
虎の尾もピンと立って上機嫌になってる。
今のさっきで何があったの?
疑問のままにヨトシペ見ると、気にせず僕に話す。
「そう言えば、鱗尾の貴人と呼ばれたあーしらの友達は、レクサンデル大公国の競技大会で、初めて賄賂を知っただす。今までは良きに計らえで他の人がしてたんでげすが、初めて自分たちでやるとなって失敗したでごわす。それでやり方をあーしらに聞いて来たんでげすが、黒尾と白尾が冗談で、金で頬を叩かれて喜ばない奴はいないって言ったどす」
「もしかして、本当にお金で顔叩いたの?」
「そうだすー。金貨の入った袋で殴って失格でげす」
ヨトシペは笑い話を披露してくれるんだけど、僕はあまりの暴挙に唖然とする。
だってそれ、紙幣のないこの世界だと、金属の塊で殴りかかってるじゃないか。
レクサンデル大公国出身のエフィも額を押さえて反応できなくなってるし。
いや、うん、その話もすごいけど、今は別のことを確認しよう。
「えーと、それで。なんでヨトシペは懐かれたの?」
「は!? 見ない顔ということはあなたがインテレージ!」
「うん、僕はヨトシペと喋ってるから、君は黙っているくらいの慎みを持とう」
怒るかと思ったけど、一瞬毛を逆立てて、けどヨトシペ見るとしゅんとして口を閉じる。
本当になんで?
「ウィーリャ、ロムルーシでやった四豪族との力比べ見たんだす。それで優勝したあーしに憧れたらしいんでごわす」
あぁ、あのイマム大公の悩みの種を纏めて解決したモフリンピック。
つまりは、平民でも実力示して結果を打ち立てたヨトシペは特別枠扱いらしい。
「で、あの調子どす。アズ郎困ると思って来たんでげす」
「そうだったんだ、ありがとう」
「いいだすー。そもそもあの大会企画したのアズ郎でごわす」
「え!?」
内幕を暴露するヨトシペに、ウィーリャが声を裏返す。
僕が知らないふりしてると、エフィが突いて来た。
「お前、俺たちに言わずにロムルーシで散々やらかしたの、ヨトシペさんに聞いたぞ」
そう言えば留学中のことは、だいたいソティリオスに押しつけてた。
どうやら帰り一緒だったヨトシペが、留学の時のこと教えてしまったようだ。
「そんな。インテレージは、ユーラシオン公爵令息にくっついてただけの太鼓持ちじゃ?」
「うん、もういいや。君はまず他人とのコミュニケーションを学んでから出直すべきだ。そしてイマム大公から連絡があることはユーラシオン公爵家から聞いてるから、手紙を出して。返事を君に託すか、こちらで用意するかは後で決める」
今のままならお使いも無理と遠回しに言ったんだけど、ウィーリャはそれどころじゃないみたい。
僕としても送り込んで来たイマム大公の真意が知りたいから、ウィーリャへの対応は保留にすることにした。
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