341話:二年目新学期1
ユーラシオン公爵には結局会わず、帝都を夏前に発った。
速度重視でウェアレルとイクトが交代で操る馬車で、野宿もしつつルキウサリアへ戻る。
二人は毎夜宿を取ることを勧めたけど、世間的に僕は一生徒。
イクトも第一皇子がいるはずのルキウサリアへ急ぐ様子がないのは怪しいしね。
というか、聞けば怪我で交代要員だったレーヴァンの出発が遅れたそうだ。
そのせいで、今まで皇子の側を離れたことのなかったのに、宮中警護がいない状態。
「怪しまれてないといいけど」
「ルキウサリアへの連絡時には何もなかったのでしょう?」
馬に水を飲ませるための休憩中にウェアレルが応じる。
「テレサとウォルドが、テスタに協力を求めて、屋敷で授業してる風を装ってくれたって。ついでに確認してほしい実験あったから、屋敷に籠るついでにそれもお願いしておいたよ」
「湖への移動をしないことで、警護が同行しない理由にしたのですね」
イクトは休憩中に馬具の確認をしながら話に混じる。
「それと、僕たちが帝都にいる間は、皇子が狙われたからってことで屋敷から出るのを自粛してるって言い訳を屋敷内でも広めてるって」
僕の二重生活を知らない人たちもいるからね。
それに宮殿での生活がそもそも引きこもりだったから、けっこうすんなり受け入れられたとか。
「なんか、逆に僕が大人しすぎて暇な騎士とか、学園の敷地借りて改めて訓練したりしてるらしいよ」
「レクサンデル大公国の件では、テリー殿下の騎士が大変な活躍でしたからね」
ウェアレルはそう言って、テオの元同僚のイクトに目を向ける。
「以前帝都に戻った時には、どう守ればいいかわからないなどと泣き言を言っていたのに」
「いや、身を張ってくれただけ十分だよ、イクト」
僕が意気の高さに笑うと、イクトは遠い目をした。
「大聖堂で、どうやって危険を感知できたのかをしつこく聞かれました」
「あぁ、それはイクトどのもお困りだったでしょう」
ウェアレルが同情する。
あの時気づいたのはセフィラで、伝えたのは僕で。
傍から見れば、イクトが気づいたと思ったのか。
確かにそれはイクトも返答に困っただろうね。
「なんて言い訳したの?」
「アーシャ殿下が疑問を呈してくださったおかげで、偶然知っただけだったと」
「実行犯の多くは死亡、捕縛。帝都でも残党狩りと対応はされているので、ファーキン組ももう宮殿にまで踏み込むということはないでしょうが」
ウェアレルが言うとおり、またすぐさま襲うなんて馬鹿な真似はできないはずだ。
失敗するたびに損害の上、情報を抜かれる一方。
諦めていないにしても、今の状況で即座に動くほど馬鹿でもないと思う。
「どうやったら捕まえられるかなぁ」
呟いたらウェアレルとイクトが迫って来た。
「今度という今度は、勝手に動かないでくださいね」
「まずやることがあるならば、相談していただきたい」
「う、はい」
勝手にニヴェール・ウィーギント追って、ファーキン組遭遇はさすがに駄目すぎた。
しかも誰にも認識されない最強カードのセフィラを、テリーにつけてたと言ってしまってからは余計怒られたんだよね。
セフィラとしては距離的に僕もカバーできたらしいけど。
だったら僕の側で守りについて、テリーをカバーっていう形が良かったと責められてた。
僕と違って、セフィラは叱られてもノーダメージっぽかったけど。
検討するとか言ってたから、たぶん次テリー庇ってって言っても駄目そうだ。
「ルキウサリア戻ってからもやることあるけど、考えないといけないことも多いな」
「でしたら目の前のことから。明日にはルキウサリアの方々と落ち合う予定でしょう」
「名目上、学生はついでという形ですが、警護はするので離れずにいてください」
偽装してるから体面で扱いは変えるけど、守るから変に距離を取るなとのお達し。
僕は大人しく従い、翌日ルキウサリアが設置した駅に着いた。
「お待ちしておりました」
駅の前では御者服の男性が出迎える。
その後ろには、足腰のしっかりした人たちが四人揃っていた。
実は今日、転輪馬と名付けられた自転車で牽く馬車に乗る。
ほぼ任せきりだし、お披露目の時にルキウサリアにいなかったから僕も見るのは初めて。
「こちらが試乗していただく転輪馬車となります。まだ数と走者の育成が追いついておらず利用者も伸びておりませんが、やはり馬に比べて年間の支出は軽くなる見込みで…………」
説明する御者服の男性は、たぶん馬や馬車を管理する駅の偉い人だ。
興奮ぎみなのは、それだけ実用性があると認められたかな。
「お急ぎと聞き走者も力強い者をご用意させていただきました」
ついて来てた四人は、走者と呼ばれる自転車の乗り手。
御者と区別するための呼び方で、走ったように息切れも起こすから走者というそうだ。
ひと通り転輪馬や専用の馬車の説明を聞いて、馬車に乗り込む。
「それでは、どうか第一皇子殿下によろしくお伝えください」
そう言って見送られた。
転輪馬はまず走者が乗り、横に人がついて支え、さらに車輪を回すために押す人員が必要になる。
勢いがついたら転輪馬の走者たちで車輪を回して馬車を牽引した。
「うーん、初動が問題か。これ、途中で止まったら大変だ」
「走者四人で馬車を動かすことも可能だとは言っていましたね。ただ、全員が息を揃える必要があるのだとか」
「速度はありますし、駅もあります。止まる事例は現状まだないようですね」
そんなことを話しつつ、まだ珍しい転輪馬は注目も集めつつ進む。
僕は転輪馬でルキウサリアの途中までたどり着く。
やっぱり自転車じゃ、山道を馬車牽いては登れないからね。
途中、天の道と名付けられたロープウェイのためだろう支柱建設も見ることになる。
そしてルキウサリアの外壁が見えるところで、騎士団に囲まれた。
「レクサンデル大公国の件で聞き取りをさせていただくため、出頭をお願い申し上げる」
「はい、連絡は受けています。出迎えまでしていただけるとは」
「撃退の上、目撃者としても狙われる可能性もありますので。ささ、こちらへ」
そう言う名目での迎えは聞いてた。
騎士たちもまさか第一皇子がいるとは思ってないので、僕は一学生としておまけ扱い。
それでも十分丁寧に連れていかれ、行きつく先はルキウサリアの王城。
さらに言えば、聞き取りとか出頭と言う割に、辿り着いたのは謁見の間だった。
室内にいるのは、見る限り第一皇子として会ったことある顔ばかりなので、ウェアレルとイクトは後ろに下がる。
そして僕はルキウサリア国王とお話し合いだ。
「…………なる、ほど。なんとも危ないことを」
今まで散々してきた話を、セフィラのところ以外誤魔化すことなく話した。
けっこう危ない橋を渡ったのは自覚してる。
だからうわーって言いそうな周囲の視線も甘んじて受けておこう。
「こちらではどのように伝わっているでしょう」
「概ね、そのままと言ったところか?」
ルキウサリア国王は周辺に確認。
王城に勤めるような人たちの間では、第二皇子が狙われたけど、帝国の守りでなんとかしのいだという話になってるそうだ。
それに錬金術科がウェアレルと共に加勢したこと、そのまま信頼されて、ルカイオス公爵領でも襲って来た賊を捕まえたことなんかも。
他にもどうやら賊はファーキン組で、ハドリアーヌの第一王女も巻き込まれたらしいって表向きの話はだいたい揃ってる。
市井のほうではこの情報が、さらにぼんやりした感じで伝わってるとか。
結果的に無反応で引きこもりに拍車をかけた第一皇子は、あまり第二皇子と親しくないなんて邪推もあると教えてくれる。
「その上で、レクサンデル大公国とトライアン王国より、今回の事件の被害を受けたことで声を上げないかとの誘いが…………」
こっちを窺うように言って、ルキウサリア国王は視線を寄越す。
なのでこっちも、帝都でレクサンデル大公国に不利になる証言をしたことを教えた。
すると溜め息を吐かれる。
「もちろん、我が国として安全配慮は求めるものの、ルカイオス公爵並びに皇帝陛下に今次の責任があるとは思っておらぬ旨を発しています」
つまり、すでにお断りの返事をしていたらしい。
まぁ、僕が関わってるってわかってるし、伝声装置使って屋敷のノマリオラたち経由でルキウサリアに情報入れてたからね。
「レクサンデル侯爵からの糾弾は下火になるでしょう。そうなればトライアン王国側もいつまでも騒ぎ続けられはしませんし」
「ユーラシオン公爵は帝都にて、どうであっただろうか?」
「何か物言いがありましたか?」
「いや、そちらは何も」
面倒なのは、これに乗っかってルカイオス公爵を攻撃してるユーラシオン公爵。
けどそういう政争は今さらだし、そこは僕も大物すぎて手が出せないし。
話は何かあればお互いに情報共有というところで落ち着くことになる。
ルキウサリア国王は何か言いたげだったけど、僕が独自に伝声装置持ってるだろうことは、結局いいだす様子もなかった。
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