340話:一時帰還5
明日にはルキウサリアへ立つと言う日、僕はウェアレルと部屋の掃除をしてた。
イクトも、今日まで使ってた部屋の掃除をしないといけないからいない。
「まさかヘルコフの部屋借りてたなんてね」
「えぇ、屋敷…………乗っ取られているんですね」
掃除もひと段落してお茶飲んでる中、今朝聞いた事実にウェアレルは切なそうに呟く。
どうやら卒業した就活生だったヒノヒメ先輩は、帝都に移ってすでにイクトの屋敷に押しかけているらしい。
従者のチトセ先輩も一緒だけど、未婚女性のいる家に帰れないと、イクトはヘルコフの部屋を借りてたそうだ。
そんな話をしてると階下から音がする。
「イクトが来たのかな?」
ウェアレルも耳立ててるし聞くと、セフィラから警告が聞こえた。
(二人います)
僕が腰を浮かすと、ウェアレルが苦笑した。
その様子に警戒はない。
つまりイクトが誰か連れて来るの知ってた?
そう思ったら扉の開く音がして、すぐに僕たちがいる居間にイクトが現われる。
その後ろには、久しぶりだけど見慣れた顔がいた。
「おぉ、アーシャ。無事だな」
「陛下!?」
そこにいたのは皇帝の父。
皇帝らしい恰好ではなく、シャツにベストという貴族にしてもラフすぎる恰好で。
あからさまに正規の手段でここに来てないよね。
「まさか宮殿を抜け出してきたのですか?」
「ふふん、子供たちが手伝ってくれてな」
「え、手伝って? いったい何を?」
「ともかくお座りいただきましょう」
混乱する僕に、知ってただろうウェアレルが促す。
父は上機嫌に僕を撫でくり、そのまま並んで座ることになった。
イクトは一応宮中警護として、玄関を窺えて、部屋も視界におさめられる位置にいる。
手際よくウェアレルはお茶を一つ追加して、父に水を向けた。
「アーシャさまが心配だから手を講じるとのことでしたが、いったいどのように?」
ウェアレルも抜け出すことは知ってたけど方法は知らずにいたらしい。
そして抜け出した理由はどうも僕の安否確認。
ちゃんと無傷だってことは言っておいたのに、上機嫌に父はまだ僕を撫でてる。
さすがに中学二年生くらいの年齢の今、恥ずかしいんだけど。
「心配していたのは私だけではなくてな。テリーでさえアーシャは対処が上手くいかなかったと気にしていたと漏らしていたし」
「う…………」
「怪我がなくとも落ち込んでいるなら心配だと、ワーネルもフェルも言う。ライアも異変があったとわかったのか、アーシャに会いたいと言い出してなぁ」
「く…………」
弟妹の様子に心がざわつく。
正直すごく、会いたい。
「ラミニアもそんなことがあって、正体を偽っていると言っても危険ではないかと気を揉んでいたのだ」
結果、何故か父がこうして僕に会いに来た。
そのために、家族みんなが協力したのだとか。
「ワーネルとフェルが学園に行っただろう。そこで見た絵が動くというのを真似てな。アーシャが言ったらしいが、影を動かすというものだ」
「あぁ、影絵ですね。そう言えば左翼棟に一つ小雷ランプ置いたままですし、あれ使ったんですか」
ちょっとカクカクだけどアニメーションを見た双子は、ルキウサリアの屋敷に帰っても、僕に詳細を聞いて自分たちもやりたいと騒いだ。
直接かかわってるとも言えなかったから、僕としても気を逸らすため似たようなものを教えた。
それが指を使った影絵。
その時には、ロムルーシにあった小雷ランプを再現したものを使って見せたんだよね。
「幕を張って、台を作って遮ってな。そこに内側から光を当てた。そして台の下から手で作った幾つもの動物を動かし劇をしたんだ」
「そこまで本格的にですか?」
「アーシャが犬だったか何かをやって見せたのだろう? それを元に幾つも動物の形になる手の形を考えたそうだ」
僕がやったのは両手と片手で作れる犬だけ。
ところが双子は独自にウサギ、狐、アヒル、猫、馬と作ったらしい。
「それでどうやって抜け出したのです?」
話が双子の頑張りに偏りそうになるのを、ウェアレルが軌道修正してくれた。
「そうそう、つまりは手があれば誤魔化せるからな。ヴァオラスに代わりをしてもらった。私は台の裏に身を隠してその後は室外へ出たというわけだ」
影絵をするから部屋は暗く、父のふりして影絵の劇に参加しているおかっぱがいるから、知らない人には父がそこにいると錯覚させられる。
そして見つからずに部屋を出て、イクトと合流した。
後は他にも協力者として声をかけた皇帝派閥に手伝ってもらったとか。
「久しぶりに帝都を歩いたが、変わっていないものだな。アーシャの無事も確認できたし」
皇帝としては、皇子が狙われた後で無茶すぎる。
けど父としては、僕を心配して会いたいと思ってくれた上での無茶だ。
嬉しく感じる僕としては、父を責めるような言葉は言えない。
ただ皇帝のお忍びが、無茶だけで済ますのもおさまりが悪い。
「陛下、この辺りで近衛を動かすのはどうでしょう?」
「近衛…………犯罪者ギルドの残党狩りか」
僕がアジトを見つけたのは知らせてるけど、現状手が足りてない。
「一つ暴くと、他の目星をつけていたところから移動なんて例もありました。だからやるなら衛兵にちまちまさせるんじゃなく、いっそ大きく注目を集めながらも一気に叩くべきかと。そのためにもここで、僕への反乱で押さえつけた近衛へご命令されるべきです」
「近衛を動かすことで、皇帝としての武威を見せる、か。それに、皇子を狙えばどうなるかという威嚇にもなると」
父も僕の案を考え、家族の安全につながるならと応じてくれる。
そのままいくらか打ち合わせてから、ひと段落すると父は苦笑いした。
「なるほど。私たちが心配するように、アーシャも私たちを心配してくれていたのか」
「それはもちろん」
逆に帝室を狙う者がいるなら、僕が一番襲う価値がないんだ。
表向き留学してるところ襲っても僕はいないし、名目上弱小貴族のアズロスをわざわざ襲っても旨みもない。
逆に第一皇子という正体を知ってて襲ってくるなら、それはそれで何処から漏れたとか、現状の隙を知らせてくれる手にできる。
僕自身にはセフィラという初見では絶対的に強い守りがいるしね。
(セフィラが僕以外も自主的に守ってくれればいいいんだけど)
(現状、主人以上に保全すべき対象は見られません)
可能なら宮殿に置いて行くのに、なんて思う前にとんでもない回答が来た。
これは余計に置いて行けないな。
「あとは…………避難訓練でもしてみませんか?」
「避難、訓練?」
守れないなら、次は逃がす方法を考えて提案してみる。
父の反応を見るに、こっちではないらしい。
なので、災害に遭って一時的に身を守り、その後に危険のない屋外へ退避することを、敵に襲われたと言い換えて説明する。
「ふむ、外からの攻撃を考えても、机などを盾にするのはありだな」
「その後何処へ避難するかですか。確かにテリー殿下は避難も初めてで動けなかったようですね」
「それを訓練としてやってみると言うなら、確かに幼い殿下方には有用でしょう」
ウェアレルとイクトも賛成してくれる。
ただ僕の知る避難訓練とは別方向に話は進んだ。
「襲われた時に避難すべき場所は、やはり立てこもって応戦できるようなところか?」
「宮殿内部であれば魔法の乱射はできませんし、警戒すべきは剣でしょうか?」
「もう左翼棟を活用しては? 逃げ込み、鍵と家具で封鎖してしまえば時間は稼げます」
なんだか僕がいない間に部屋が訓練に使われそうだ。
初めてのところより、弟妹が行き慣れてるほうがいい気もするからいいけど。
「陛下も逃げることをしてくださいね」
「うん? そうか? これでもまだ日々の鍛錬は欠かしていないぞ」
僕が言うと、予想外な様子で力こぶを作ってみせる。
それを見てウェアレルとイクトも首を横に振って呆れた。
「そうです、陛下が最初に動かなければ他が動けないのですよ」
「守る者たちがいるのですから、まずは一番に退避してください」
軍人気質で自分から賊を相手にしそうな父は、それはそれで心配だ。
けど予想外に会えたことは素直に嬉しいので、僕は始終笑っていたのだった。
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