339話:一時帰還4
「帝都、広すぎる…………」
端から端に歩いて行こうとすると一日かかる距離っていうのを舐めてた。
いや、歩くと数日かかるよ、これ。
なんか前世の駅まで徒歩五分のうたい文句に引っかかった気分。
「それでもファーキン組と思われる者たちを生け捕りにできましたし、ハリオラータのアジトの情報も得られましたよ」
朝の今、ウェアレルが一緒に朝食を食べながら笑う。
イクトも朝食にパンを買って来て一緒に食べてる。
「お疲れのご様子ですが、夜間の動きが活発で、結局はセフィラを向かわせたのでしょう?」
「いかがわしい界隈はね。ギルドに残ってる人もいたから、そっちは昼間に回ったんだ。それにしても、まさか湖向こうの別荘地にハリオラータがアジト持ってるなんて思わなかったよ」
各ギルドの数も多いし、派出所みたいな小さい所も多かったけど、中には乗っ取り的に他人名義のまま犯罪者ギルド関係者が使ってる場所とかもあった。
それらが帝都に点在してて、確認のために歩き回るとけっこうな運動になる。
「やってよかったとは思ってるよ。サイポール組と連絡取ってる人も見つけられたし」
「そう言えば、ホーバート領主が代替わりするそうですよ」
「あの将軍が、サイポール組を囲む周辺の兵を従えたのはやはり大きかったようで」
三年ほどかけて、土地一つ使って籠城するサイポール組は包囲で弱らせている。
その間に、サイポール組と結んでいたホーバート領主を洗って権限を弱めていたはず。
今回領主交代で、ホーバート領は完全に皇帝側になるんだろう。
「手が空いたらでいいから、ファーキン組のほうにも圧かけてってワゲリス将軍に言ってあったけど、大丈夫そうかな?」
ロムルーシ留学中に、ヨトシペに頼んだ手紙で知らせて、一応応諾の返事はもらった。
英雄扱いだから、そっちにも噛むぞって姿勢見せてくれるだけで圧になると思う。
そうすれば、黒幕が帝都で事を起こそうとしても、新たなファーキン組の増援はないはずだ。
「トライアンのファーキン組と、テリーを襲ったファーキン組は別物と思ってる。けど区別つかないから、ともかくファーキン組を抑えるしかないのがなぁ」
「ファーキン組の関与はまだ公にはされていません。それでも帝都の治安に積極的ということで、陛下の声望の一部になるでしょう」
「テリー襲ったの、ファーキン組って言うより、ニヴェール・ウィーギント一派みたいな扱いになってるもんね」
父のように直接伝えられる相手はまだしも、騒いでるのは帝都にいるだけの貴族。
「いっそその錯誤を利用して、レクサンデル大公国に、大罪人引き渡しの圧にされたのは良かったのでは?」
イクトはフランスパン一本を涼しい顔で腹に収めて言う。
「そうでなくても競技大会中の不手際が報告され、他人のせいにしようとしてたところに皇帝側から責められいてますし」
「本気を見せるように帝都の取り締まりを強化され、セフィラの調べのお蔭で必ず成果も出る状況ですからね」
ウェアレルもそう言ってくれるけど、今もルカイオス公爵を責める声は強い。
何せこんな好機、政敵のユーラシオン公爵が逃すはずもないから。
ユーラシオン公爵はハドリアーヌ王家とも血縁だ。
ルカイオス公爵も、レクサンデル大公国も後れを取ったとなれば出てくる。
「ユーラシオン公爵かぁ」
僕の呟きにウェアレルもイクトも一通の手紙に目を向ける。
食卓から離れたチェストに乗せられた封書には、赤い封蝋にユーラシオン公爵本人を示す印章が押されていた。
「あれ、本気かな?」
「ルキウサリアへの帰還を聞いてのことですから」
「継嗣の命を救ったとなればありうるかと」
手紙はユーラシオン公爵から、アズロス宛て。
わざわざ馬車に乗った使者が持ってきた。
しかも後日改めて、返信を受け取りに訪れるとか言われてる。
ウェアレルのところに泊まってる僕が、返事の使者とか立てられないからっていう気遣いなんだろう。
しかも使者に立てられた人も、ロムルーシ留学の時にソティリオスに同行して僕とも顔見知りになった人だった。
「僕がルキウサリアへ帰ることになったの、目撃者の僕やウェアレルを出頭させて調べるべきだって騒ぐ人いたからだよね?」
「そこはさすがにユーラシオン公爵派閥ではないでしょう。可能性として、トライアン貴族かと」
ウェアレルが言うとおり、ふわっとさせておいたほうが責めやすい。
そこで不利な証言をした僕を呼び出すなんて、レクサンデル侯爵側も嫌がる。
じゃあ、あと騒ぎを大きくしようと声を出すのはトライアン貴族か。
「どう考えても上げ足を取って場を混乱させるだけのパフォーマンスです。出頭の必要はありません」
イクトが言うように、実際言ってるだけで、言ってる人もそんなことさせる権限があるわけじゃない。
けど声を大きくすれば、そういう流れができる可能性もある。
トライアン貴族からすれば、自国側が被害者に回れればそれでいい。
事件解明や再発防止なんて二の次、三の次なんだ。
出頭させた僕たちの側の害なんて気にしないし、労なんて考えない。
ルカイオス公爵が、なんて言った時点でその言葉だけを拾って、こっちは無視で政争するだけだろうし、つき合ってられないよ。
「ファーキン組関係洗い出せたし、陛下の実績にもできそうだからいいんだけどね」
ルキウサリアはもう新学期だ。
春に帰ってたソティリオスも、もうルキウサリアだろう。
僕とは入れ違うように帝都を出たことを、ユーラシオン公爵の手紙で知った。
そしてそんな状況でユーラシオン公爵が僕に手紙を出したのは、自分の屋敷にお礼として僕を招くため。
「ろくな予感がしないー。でも断るにしても文面考えないと」
「伝声装置も小型しかないので、長文での代筆は難しいですね」
「それでも我々よりも、ルキウサリアにいる者たちを頼るべきでは?」
ウェアレルとイクトが伝声装置を使って連絡を取るべきだと勧める。
貴族令嬢で侍女のノマリオラや、書類作成が業務でもある財務官のウォルドのほうが、貴族対応では参考になるのは確かだ。
「本気でお礼だとしても、絶対錬金術について言われるだろうし」
「この時期に誘ったのもあちらの配慮ではあるのかもしれません」
ウェアレルがそう言うと、イクトが気づいた様子で声をあげる。
「あぁ、今なら勉学を理由に断れるように? 礼儀的に誘いはしたが、本命は当主が遇しようと言うくらいに感謝していると伝えることか」
「一応家の派閥が違うことは調べていると思います。さすがに誘うくらいなのですから、ばれてはいないでしょうし」
ユーラシオン公爵は、まだ僕が第一皇子だとわかってるわけじゃないかな?
「これでわかってるとしたらすごい皮肉だね。けどソティリオス以上に会ってないし、インテレージ家にもアンダーカバーは用意してるし、僕もまだ露見してないとは思うよ」
僕が名乗ってる家名はめちゃくちゃ裾が広い一族。
その名前なら一族確定だけど、当人たちも広がり散らばった血族を把握していないというお家らしい。
さらには貴族にもいれば貴族以外の知識層にもいるという、一種おおらかな人たち。
そこにもう最初からインテレージ家を作った。
と言っても当主してる人はちゃんと父の部下でインテレージ家の血族。
けど僕のことは知らない人。
逆に関係ないインテレージ家には、僕のことをそれとなく広める人を潜り込ませている。
「三年使うだけの偽名にそこまでと思ったけど」
「絶対何処かに興味を持たれて調べられるとは思っていました。まさかユーラシオン公爵とは考え及びもしませんでしたが」
僕の甘い見通しに、イクトがわかっていたと言うように笑う。
ウェアレルも苦笑いだ。
「錬金術科は癖の強い子たちが集まっていますが、負けず劣らず…………」
負けず劣らず僕も癖が強いって?
うーん、否定できない。
「それだけ目立ってもいるのですから、学園内、ルキウサリア内であっても警戒はなさってください」
「けどルキウサリアにファーキン組、来るかな?」
「錬金術科の学生は無事に学園に復帰したと連絡はありましたし、可能性は低いですが。警戒をしていて悪いことはないでしょう」
イクトに返すと、ウェアレルも警戒を促す。
競技大会の時のことは、まさかという気持ちから先手を取られている。
用意周到な中に飛び込む形は今後避けたいところだ。
「うん、今度は正面から行くなんてことしないよ」
「できれば気づいた時点で逃げてください」
「クラスメイトたちなら一緒に逃げてくれそうだけど」
ウェアレルに答えると、イクトが独り言の様子で呟く。
「これはいっそセフィラに敵の制圧の仕方を教えたほうがいいかもしれないな」
「検討了解」
セフィラが勝手に了解すると、イクトも予想外だったらしく目を瞠ることになった。
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