338話:一時帰還3
レクサンデル大公国に不利な証言だして、さらに僕は帝都を歩いて回った。
行ったこともない場所にも行けてけっこう楽しいけど、これは攻めの一手。
「さて、それじゃイクト。この情報を陛下とストラテーグ侯爵によろしく」
「まだこんなに犯罪者ギルドの関係施設が残っていたとは」
僕が出したのは歩ける範囲でわかった、帝都にあるアジトとその人員。
やり方はセフィラの壁抜けと心を読む特性だから、情報量の割にサクッと調べられた。
政治側が思うように動けないなら、帝都の安全はこっちで確保ししまおうって思って。
皇子じゃないから昼間から動けたのが良かったと思う。
「できればファーキン組に限定したかったけど、犯罪者ギルド残党も足場にしてるみたいだったから。思ったよりも広範囲だし数もある。着実に潰してほしい」
「いえ、これで十分ですよ。ルカイオス公爵が押されている状況で、陛下が自ら対処されるなら表向き内偵を派遣して芋づる式にという言い訳ができます」
ウェアレルは僕という情報源を隠すこともできると請け合う。
帝都は流通が止まらないから、ルカイオス公爵領のように危険だからって出入りを止めるわけにはいかない。
それでも足場がない場所での暗躍は難しいはずだ。
それともう一つ、レクサンデル侯爵への圧のためにもやってもらう。
調べれば弱い皇帝でもこれだけできるのに、なんでなんの進捗も聞こえてこないのかな? なんて言われれば、責め立てて時間を取るよりもやることがあるだろと言える。
「入試の事件以来取り締まり厳しくしてたけど、成果ないって話しだったし」
「相手の顔も名前もわからない犯罪者では、隠れられては探り出すのも難しいですから」
ウェアレルが苦笑するのは、こうしてセフィラを使える優位が強すぎるからだ。
イクトはさらに別のところへ波及する結果を思い描いていた。
「犯罪者ギルド潰しの際に、上層が共に潰れた帝都の衛兵たちには、これで信頼を回復しろとでも発破をかけられるかもしれません」
衛兵の上が処分されて残った人たちは、関与を疑われて必死に犯罪者ギルドを追った。
けど事件後燃えつきてやる気は減退。
人員補充された若手も上のやる気のなさに引きずられていたとか。
「暴徒が暴れて被害でたの、そのせい?」
「ただただ、衛兵の不手際ですから気にかける必要はありませんよ」
ウェアレルが言うとおりだと思うから自責の念とかはないけど。
「なんか、穴を探って突かれたような感じだ」
僕が動いて父の功績になったことが、翻って今回の不利に結びついてる。
「考えられるためにも、やはり今日はやめておきますか?」
「いや、イクト。予定どおり僕はモリーのところへ行くよ。イクトにはその報告、ウェアレルには帝都の側の伝声装置についてお願い」
精度を上げるための案を、ウェアレルには持たせてる。
テリー暗殺未遂については、僕が手持ちの小型伝声装置でルキウサリア経由で帝都へ。
ウェアレルには左翼棟の伝声装置の調整と、テリーたちに使い方を教えてもらう予定だ。
二人がいない間の守りは、モリーたちにお願いする。
工場のほうは常に見張りを雇ってるし、混合棟は出入りが規制されてるからね。
「線路のことも、郵便馬車と絡めて纏めた資料渡しておくから概要の説明もお願い」
工場のある港近くの倉庫街まで送ってもらうと、すぐに見慣れた顔が出迎えてくれた。
「大変だって聞いてるわよ、ディンカー」
「おいおい、無事か? 大変だったな」
「皇子が襲われたって聞いてるぞ」
「叔父さんこういう時にいないんだから」
店主のモリーに、ヘルコフの甥である小熊の三つ子。
今日はウェアレルたちが戻るまで僕と一緒に籠ってくれるとか。
話すことは多いけど、大まかにテロ事件から話になった。
「あ、実行犯は結局ディンカーが捕まえたのね」
心配してくれてたモリーは、最終的に苦笑いを浮かべる。
「だって、弟が危ないし。来るとわかってるならもう捕まえようって思って」
「サイポール組のとこからちょっと思ってたけど」
「犯罪者ギルドも宮殿で皇子襲ったからだったし」
「絶対ディンカーが裏で糸引いてたよな?」
三つ子の言い方がひどい。
けどばれてるなら手伝ってもらうためにも話そう。
「ファーキン組の大本はすでに半壊してるし、今回はハリオラータをどうにかしたいな。倉庫街の人たちも出入り激しいから犯罪者ギルドの片棒担いでたら調べたいし」
「少しは隠しなさいよ、ディンカー。その名前、教会には敏感なのもいるんだから。あと、倉庫街のほうは魔法使い嫌いが頭張ってるから大丈夫よ」
違法な魔法使いは、昔病気か何かという話で教会が収容していたそうだ。
魔法の技術が確立してからは、暴走する魔法使いを教会が取り締まったこともあったとか。
その歴史で、ハリオラータのような違法な方法で力を得る魔法使い、淀みの魔法使いは異端として教会が目を光らせているらしい。
「つまり、教会の影響力を削ぎ過ぎても問題だったのか」
「削げる前提で言ってるー」
「いや、これってやったことあるんじゃ?」
「よし、こっちも報告あるから話変えるぞ」
レナートが橙色の手を打ち合わせて、教会権力に関する話を打ち切った。
出してくるのは複数回蒸留の機器についての報告と提案。
どうやら生産力アップでもう一個作ろうと言う話らしい。
その上で、ルキウサリアに出店したことから、店を出さないかと声かけが複数。
「次は工場セットでとは考えてるんだけど。竜人の身内がうるさいのよ」
うんざりした様子のモリーは、海人と竜人のハーフで、育ちは竜人の国。
黄色い被毛のテレンティが何か思い出したように部屋を出て、戻って来たと思ったら壷を渡してくる。
「これ、モリーさんにアポ取りたい竜人から押しつ、貰ったんだ。ディンカーにやるよ」
今押しつけられたって言いかけた?
それを見たレナートとエラストも出て行って戻ってきたら壷を手にしてる。
「聞くけど中身は? ずいぶん密封してあるね」
「側面に竜人のほうの言葉で書いてあるわね。蜜に茶葉にココナッツ」
「ココナッツって、あの白い液体?」
「それはココナッツの胚乳ね。こっちは果肉を乾燥させたものよ」
なんてモリーの言葉に興味を持ったら、三つの壷を押しつけられた。
どうやらロムルーシという北国出身の三つ子には、どれも臭いがきつすぎたらしい。
「お菓子作りをしてる先輩が学園にいるから何か作ってもらおうかな」
「だったらたまには私のほうからレシピあげるわよ。と言っても、実家の農場で散々手伝わされた庶民料理だけど」
不穏な話は脇において脇道に逸れたところで思い出した。
「そうだ。モリーたちの名前で出して、宮殿に届けてほしいお菓子があるんだ」
「それならディンカーでもできるだろ?」
「僕ルキウサリアにいることになってるし」
「知ってる奴は知ってるならいいんじゃないか?」
「今たぶん宮殿が息苦しいだろうから、手間を増やしたくないんだ」
「つまり早い内がいいってことか?」
「夏だったらいつでもいいよ」
僕は三つ子に答えながら、お酒用のシェイカーを手に取る。
氷もここでは用意されてるから遠慮なく使わせてもらおう。
塩ももらって、シェイカーの中には甘いシロップとお酒、フルーツ果汁を入れる。
しっかり口を押える形で縄をかける。
さらに革袋の中に氷を入れて、まんべんなくかかるように塩を振る。
そして固定したシェイカーを氷の中に埋めた。
「じゃあ、これ袋の両端持って振って」
僕の要請で、レナートとテレンティがそれぞれに袋の端を握ってグルングルンと回す。
三分くらいしてもらって、シェイカーの中身を皿に出せば、アイスというかシャーベットができあがった。
「うわ、めちゃくちゃ冷たい。なんで塩入れただけで?」
「凍ってる? お酒って凍るの? あ、すごい。口の中で溶けたら匂いが広がるわ」
エラストとモリーが食べ始めると、疲れてたレナートとテレンティも急いで寄って来る。
「これ、同じやり方で牛乳、砂糖、卵も入ってたっけ。あればバニラとか入れてもお菓子が作れるんだ」
前世でのアレルギー食品でバニラアイスあったはずだ。
それが卵か牛乳入ってるからとかだった気がする。
「これは新鮮な材料じゃないと駄目だから、売り物にするならレシピを売ったほうがいいと思う。お酒の場合は氷の値段にもよるから、デモンストレーション込みで店頭販売かな」
「あぁ、お酒にしないのは皇子方に食べてもらいたいからね」
お酒とは違うレシピを言う理由にモリーが手を打つ。
さすがにこのブンブンは口頭だけだと怪我しそうだから、献上の際には実演もお願いする。
「で、お酒のほうはいっそ、それ専用のお店を出すのも手だと思うんだけどどうだろう?」
「飲むよりも量の少なさがネックかしら。でも、氷を使うなら値段も張る。後は高級感と特別性? いっそ少量で付加価値分の値段取れるなら、竜人専用とか銘打って」
モリーの中でプランが色々膨らんでるらしい。
小熊たちは別の酒も食べたいと訴え始める。
これは一度落ち着いてもらうためにも、塩で冷却される理屈のお勉強をしてもらおうか。
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