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336話:一時帰還1

 祭見物の遠出で、僕は思ほえず帝都へ一年ぶりの帰還を果たすことになった。

 ただ今回は帝都へ入る方法が馬車じゃない。


 さすがに下級貴族扱いの僕が、皇子と同乗したままではいられないからってことで。

 あと普通に宮殿向かう馬車に乗って帰ったら、アズを名乗ってる意味がないしね。

 僕もなんか普通に乗って帰っちゃいそうだし…………。


「それにしても、皇子の一行ってこう見えるんだね」

「まぁ、そうですね」


 僕はウェアレルが操る馬に同乗させてもらい、皇子一行を客観的に見る。

 横にはぴったり騎乗したイクトが護衛についてるけど、名目は知り合いのウェアレルがいるから。

 僕としても襲われないために、セフィラにはしっかり見張りをお願いしてた。

 もちろん馬車とか随行者込みで、危険があれば報せて対処してくれるよう言い聞かせてある。


 そんな中見る豪奢な馬車は、日の光に輝き、兵士たちが馬を並べる様子も壮観だ。

 そして何よりただ歩いてるだけでも、近隣の人が見物に出てくるレベルで目立つ。


「これに乗ってたのかぁ」

「馬よりも快適ではありませんでしたか?」


 イクトが不思議そうに聞いて来るけど、ここまで目立つってたとなる羞恥心を覚える。

 乗ってたからこそあんなにじろじろ見られてたなんてってね。


 それはそれとして、注意はしておこう。


「学生の僕に気を使う必要はありませんよ。ただこういう経験できるのも面白いと思います」


 今乗ってるテリーに失礼だから、濁して伝える。

 あと、一緒に行進してる人たちもいるし、イクト相手には他人行儀を装わせてもらおう。

 ウェアレルは教師だからいいんだけど、イクトは今も皇子の宮中警護だからね。

 なんか心持ちイクトがしょんぼりしてしまう。


 けど取り繕うことは必要だしで、僕は行く手に見える帝都へ目を向けた。

 帝都の前には、すでに先触れで待ち構えていた兵が見える。

 このテリーの行列も、数日前から帝都発の追加の兵が加わってるから余計に目立つようになってる。

 さらにテリーの到着に合わせて帝都の門を一つ通行禁止にもしてるから、他に通行人がいないんだよね。


「こちらのことが聞こえていたようで、ストラテーグ侯爵からの呼び出しがあった」


 帝都の門に入ってから、しょんぼりから立ち直ったイクトがウェアレルに話しかける態で報告してくる。

 帝都の門で人員の確認のため停まってると、イクトに近づく人がいたんだ。

 ストラテーグ侯爵からの呼び出しは想定内なので、イクトにはこのまま宮殿までテリーに同行してもらう。


 ファーキン組の十人は、口封じも懸念してバラバラにされ、牢屋を備えつけた施設へとそれぞれ収容される。


「ちなみにこういう門にも簡易の牢屋はあります。もっと小さな門であれば、壁に繋いでおく鎖がぶら下がっていたりしますね」

「へぇ、え、そうなの?」


 ウェアレルとそんな話で時間を潰すのは、僕たちが一行とは所属の違う存在だから。

 テリーのほうから身元保証なんかの口添えはあったようだけど、皇子よりも犯罪者よりも後回しなのはしょうがない。


「通行を許可する。しかし、報告した住居からみだりに出ないように。数日中に聞き取りのための者が派遣される。嘘偽りないよう答えよ」


 門の番兵にそんなことを言われて解放された。

 きちんと制服着てるし、それなりに上の人が対応してるだけ特別扱いらしい。

 なんて考えながら、僕は一年ぶりに帝都に足を踏み入れる。


 もちろん宮殿に行く訳にはいかないから、僕は帝都にあるウェアレルの家に案内された。

 卒業後戻るからって、借りたままにしてる借家だそうだ。

 管理人の寡婦が一階に住んでいて、上階を丸々借りてる形の家だとか。


「で、聞き取りは君なんだ?」


 一日置いて、聞き取りに来た相手に僕はそう声をかけた。

 無言でウェアレルに目を向けるのは、皇帝である父の側近のおかっぱ。

 十年以上仕えてるし、けっこう仕事上では偉くなってるはずなのに、イクトと一緒にただの聞き取り役として現れたんだ。


「下階の管理人には出かけてもらえるようお願いしました。この部屋には私が魔術で風が決まった向きに流れるようになっているので、廊下からでは盗み聞くことはできません」

「でしたら、まずは無事のご帰還をお喜び申し上げます。陛下もご心痛が強く、しかと無事を確かめるよう言いつけられて参りました」


 ウェアレルの備えを聞いて、おかっぱは僕を皇子扱いで口を開いた。

 どうやら僕の無事を確かめるために、わざわざおかっぱが派遣されたらしい。


「宮殿のほうも大変でしょう? 大丈夫?」

「怪我一つなくお戻りの上、実行犯を確かに捕まえて戻られた第二皇子殿下に沸いておりますね」

「あ、そっち?」

「ご懸念のとおり、ハドリアーヌ第一王女近辺の者から報せを受けたトライアン貴族が、宮殿でも騒いではおりますが」

「ルカイオス公爵を糾弾する形で?」

「そうなります」


 となると、やっぱり今回のことを狙った相手の目的はルカイオス公爵か。

 業腹だけど、政治的な重要度で行けば、テリーよりもルカイオス公爵のほうが大きい。

 それにテリーを排除することで、外戚のルカイオス公爵にとっても痛手にはなる。

 馬鹿げた理由で怖い思いさせられたテリーにとっては迷惑でしかないけど。


「要点は第二皇子殿下伝いにご報告いただいております。その上で、こちらが調べた帝都を出てからのニヴェール・ウィーギントの動きについてご説明いたしましょう」


 去年の夏から、トライアン王国での騒ぎの後調べていたことの報告をしてくれるようだ。


「もしかして、ニヴェール・ウィーギントを置いてきたの、まずかった?」

「そうかもしれませんが、聞く限り間違った対処ではなかったでしょう」


 おかっぱの含みにウェアレルが緑の被毛に覆われた耳をぴんと立てる。


「あの時すでにニヴェール・ウィーギントは情報を持たないことは確定的でした。その上でいち早く守りに穴のあるレクサンデル大公国から脱するには気を逸らす餌が必要です」


 確かにニヴェール・ウィーギントを置いて行かないと、レクサンデル大公国はあの手この手でテリーを引き止めただろう。

 ただ問題は、そうしてルカイオス公爵領に脱することも敵側に読まれていたこと。

 そしてハドリアーヌ第一王女という他国の勢力が利用されたこと。


「あの計画を、一年二年で用意したとは思えない」

「えぇ、ですので無傷でお戻りになったことが何よりも重要です」


 おかっぱは一応、今回の件で最悪の事態も考えていたってところか。

 それを回避できたなら高望みすべきではないって感じかな。


「ハドリアーヌ王国一行が帰国した後、ニヴェール・ウィーギントは帝都を離れ領地へ。そこから、自分探しの旅だと言って南下しました」


 また自分に酔ったような台詞が聞こえたけど、今はスルーしよう。


「そして、殿下方が入試で通る一年ほど前に、とある町に」

「まさか、あの入試の道中で誘拐未遂が起きたところ? その時からファーキン組と通じてた?」


 犯人夫婦は子供を人質に取られての凶行だった事件。

 セフィラが気づいたおかげで未遂に終わってる。

 ただ結果犯人の夫人は自死、夫はファーキン組と思われる賊に口封じをされてしまった。

 未だに背後のわからない事件だ。


「狙われた令嬢の側の問題じゃなかったわけか。その時から動いていたと」

「はい。調べ直そうと、散ってしまった犯人夫妻の元使用人たちを当たった結果、ニヴェール・ウィーギントらしき若い貴族の目撃証言が出ました」

「つまり、その頃からファーキン組と組んで悪事に手を染めていた可能性か。そうとわかって、ニヴェール・ウィーギントの監視は?」

「もちろんつけていましたが、尻尾を出さないと言うよりも、ファーキン組と直接的にやり取りはしていなかったようです」


 おかっぱが言うには、連絡役は食糧関係で出入りがあった身分の低い商人だと今は目星をつけたという。


「あのニヴェール・ウィーギントにそんな伝手があるなんてね」

「はい、貴族主義を隠しもしないために身分の低い者に大事を任せないと思い、調べる優先度を低くしてしまっていたことで後手に回りました」


 連絡役としてマークしたけど、その途端に今回の事件。

 ニヴェール・ウィーギント自身にも見張りはいたけど、表面上は競技大会を見物し、トライアン王女によしみを通じるというだけの動きしかなかった。

 テロ事件が起きた後は混乱の中、追跡は罷れてしまったとか。


「たぶん、裏でファーキン組が動いてたんだ。命令系統が確実に違うから、ニヴェール・ウィーギントはいい囮だったんだろう」

「はい、そしてニヴェール・ウィーギントの犯罪はすでに帝都に広まっています。そのことで、ウィーギント伯爵家は即座に籍を抜き、一領主の独断として切りました」

「切るの早いね? 実は仲悪かった?」


 あれだけの騒ぎと事件だから、僕たちより早く情報が走るのはわかる。

 ただそれにしてもウィーギント伯爵家の反応は早い。


「助命の嘆願とかも? 元近衛とかの家はそれでずいぶん粘ったのに」

「それを今しているのは皇太后ですね。孫可愛さに古い伝手などにも手紙をばらまき声を上げているとか。それでトライアンも一緒になって騒ぐので少々わずらしくはありますが」


 元トライアン王女である皇太后は、皇妃であった時代にルカイオス公爵と敵対して、幽閉された。

 ハドリアーヌ一行が宮殿に滞在した時には、繋ぎを取ろうと暗躍してルカイオス公爵に潰されてる。

 その暗躍の担い手はハドリアーヌ第一王女で、繋いだのはニヴェール・ウィーギント。


「実は今回の黒幕、皇太后かなって思ってたんだけど?」

「えぇ、こちらも。しかし、聞けばファーキン組は雇い主が別にいて切り捨てたと。しかし皇太后は今、ニヴェール・ウィーギントの助命以外にはしておりません。自らの血筋の者を重んじる言動もありますので、特別おかしな動きでもなく」

「となると、完全にニヴェール・ウィーギントは目くらまし要員?」


 おかっぱはそう考えていると頷く。

 だから入試の時の関与を調べるならニヴェール・ウィーギントの身柄が欲しかった。

 けど今回に関して言えば、囮に引っかかることにもなる。


「口の利けるファーキン組を捕まえてくださったことは大きな結果です」

「あれで逃げられるのは僕もね。それにテリーを狙って逃げ果せるような人がいると、次もって考えられるのは困る」


 少なくとも実行犯の大半が死んで、生き残った者も捕らえられたとなれば、同じことをしようという人もいなくなるはずだ。


定期更新

次回:一時帰還2

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― 新着の感想 ―
イクト可愛い。しょんぼり。最初にイメージしたイクトは他の作者の作品に出てくる侍要素が強いキャラかと思ってたら…お茶目要素有りの主人公大好き。 主人公と自身の上司その他とのギャップが良い味出してる! 主…
[良い点] イクトのアーシャ様スキーな描写、私もすごく好きです。 こういう言動が割と顕著なのはイクトだけど、ウェアレルも大概だし、ヘルコフはマジお父さんだし(皇帝涙目)。 もっとそういうの閑話とかで出…
[良い点] イクトさんが主人公を好きすぎるw しょんぼりする四十路手前w [一言] 皇太后は血筋絶対主義なだけで、根っからの悪徳ではなさそうだなあ。 メタ読みすれば、うめーさんの作品でのこういうキャラ…
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