327話:ルカイオス公爵領2
ルカイオス公爵領に避難して、翌日になっても周囲は騒がしかった。
皇子が狙われたから当たり前なんだけど。
その上で僕たち錬金術科は、一人一人聞き取りと称してテリーに呼ばれることになる。
「兄上、お怪我は?」
「僕は全然。それよりテリーのほうが痛い思いしたでしょう」
僕たちは一室で顔を合わせて、お互いを心配した。
いるのは騎士のテオと学生の付き添いとして同行するウェアレルだけ。
エフィの身の上とか平民もいるってことを理由に、人員絞ったらしい。
だから僕たちは誰はばかることなくお互いに無事を確認し合った。
「もっとかっこよく助けられたら良かったんだけど。色々考えちゃって駄目だったよ」
ついぽろっと本音が漏れる。
ニヴェール・ウィーギントに腹は立つし、テリーは心配だし、けっこうテンパってた。
ヨトシペにテリーを逃がしてもらえていれば、後は全力で敵を抑えれば良かったけど。
僕も皇子だと知ってる相手にそんなこと言っても、聞いてもらえないのは当たり前だ。
「そんなことない。私のほうがもっと、何か、できていたら」
「そうだね、僕ももっとやり方あったと思うんだ。杖を破壊すればなんて短絡的に考えてしまって。その先に仕込みがあるなんて疑いもしなかったし」
「いえ、初見の、しかも世に知られていない危険な道具でしたし、予測は難しいかと」
ウェアレルがそう言ってくれるけど、そこも僕にとっては反省点なんだ。
テリーと会って浮かれるんじゃなく、ファーキン組がいる可能性を忠告しておくべきだったんだよ。
「兄上、私はあの時どうすべきだったと思う?」
「テリーは、守られる側だ。だから、敵の手が届かない所に逃げるべきだったと思う。いや、そうか。ヨトシペに僕と一緒にテリーを逃がしてもらえば良かったのか」
そうすればたぶん、杖を使われてもテリーが捕まるなんて状況にはならなかった。
セフィラだって、僕を優先してしか動いてくれないから、僕も安全圏に逃れられれば…………。
「思うところはありましょうが、まずは状況の説明をいただければ」
テオが困り顔で話を進めることを促す。
「そう、だね。捕まえたファーキン組はどうしてるかな?」
「まだ意識が戻らず。麻痺毒でしたので、目が覚めてもすぐには喋れない後遺症が出る可能性があるようです」
テオ曰く、ルカイオス公爵領の人員総動員で延命措置をしているらしい。
僕とウェアレルが介抱してなんとか命を繋いだ後は、早くに意識を回復させて、死なないよう看護されるという。
その後にようやく尋問なんだと。
「レクサンデル大公国に置いて来たニヴェール・ウィーギントは大した情報持ってないだろうし。何か知ってるとしたら、ハドリアーヌのヒルデ王女かも」
「ハドリアーヌ?」
思わぬ名前にテリーが聞き返してくるし、そこら辺も説明しないとだ。
僕はニヴェール・ウィーギントとヒルデ王女の血縁と、トライアンでの様子を話す。
結果、ファーキン組から引き抜きの現場に遭遇したことも。
「ソティリオスがファーキン組に誘拐されて、それを助けに行った時にたまたま聞いたんだ」
「兄上、そんなこと聞いてない。自分で助けに行ったの?」
「あ、あぁ、ははは…………。一緒にいたヘルコフもイクトも、第一皇子の側近なのはばれてたから。学生仲間としてね。そのほうが早く解決しそうだと思って」
「陛下も、私には何もおっしゃってくださってない」
しまった、テリーが拗ねぎみだ。
上に報告って言葉の意味をテリーは正しく理解してしまっているし、これは何かフォローしないと。
「もっとファーキン組の重要位置の人間を捕らえて帝都に送ったんだ。それに、帝国貴族が一人犠牲になってて、陛下も対応でお忙しくされてたんだと思う」
「…………わかってる。その時期、騒ぎになっていて、たぶん、私が自ら知ろうと動いていれば、お教えくださったと思う」
テリーは拗ねているのではなく、どうやら反省していたようだ。
これはあれだ、ソティリオスと同じ。
しっかり勉強して堂々としていても、結局は経験不足で判断がつかない。
今は経験と知識を擦り合わせなきゃいけないんだろう。
じっくりやれる環境じゃないのが、兄として申し訳なくなる。
「すみません。それで兄上は今回ニヴェール・ウィーギントをマークして?」
「いや、ヒルデ王女って言ったほうがいいかな。気づいてると思うけど、ナーシャとは文通で情報交換しててね。それでヒルデ王女が何かしでかしそうだってことで、レクサンデル大公国で落ち合う約束をしたんだ」
そしてヒルデ王女の様子を聞けば、やっぱりニヴェール・ウィーギントと連絡してるという情報を貰ったんだ。
「ちょうどニヴェール・ウィーギントが引き抜いたファーキン組を連れ込んでるかどうか、確認すべきかもって話になったところだったんだよ」
「申し訳ありません。私が軽視したために」
ウェアレルは祭だしって言ったのを後悔しているようだ。
「こんな大それたことをなんて思えなかったのは僕も同じだ。ウェアレルの責任じゃない」
「そう言えば、魔法で火を放たれた時に、テオが兄上の声がしたと。あれは?」
「あぁ、あれは魔法?」
声と言うか音の性質を説明して濁す。
ちょうど遮蔽物のない位置取りだったから、無理とは言えないしね。
テオも混乱時に、頭に響いたのか耳で聞いたのかわかってないため納得してくれた。
疑問を持たれない内に、地下道までニヴェール・ウィーギントを追った話に移る。
「ファーキン組は入試の時の夫妻も利用した。今度は口封じなんてされないように。可能なら、実行犯にファーキン組が接触した痕跡を探ったほうがいい。人質に取られた人はもう、無理だろうけど」
「そこはレクサンデル大公国のほうでも、実行犯が語った犯行理由の調査をしてるから。でも、人質の存在についても捜査するよう要請してみる」
テリーはやっぱりしっかり皇子さましてるから、他国に問い合わせることができる伝手を持ってるようだ。
とは言え、こんな血なまぐさい感じで弟の成長を実感したくなかったな。
それでもお互いの安全のためには、話さないといけない。
「このルカイオス公爵領の警備はどうなってる? 屋敷は見る感じに兵なんていないけど」
ルカイオス公爵領は初見の印象そのままの、牧歌的な雰囲気だ。
滞在する屋敷は塀があって門や玄関に見張りはいるけど、出入りしてる人たちは物静かで上品そうな者ばかり。
あと、揃いの服を着た修道士が目につく。
どうやら高貴な人たちの世話の手伝いって名目でこの屋敷に出入りしているようだ。
「実は、ルカイオス公爵領の兵数自体は少なくて。でも、修道院は自衛を理由に武装してるらしいんだ。領地を守る際には僧兵を出して守備にあたると聞いたよ」
「あ、なるほど。屋敷で見かける修道士って…………へぇ、僧兵なんているんだぁ」
テリーだからこそ知れる内情に、ウェアレルが補足してくれる。
「辺境に据えられた修道院などは、山賊被害もあるので自衛のために武装することは珍しくはないですね」
「帝都やその他の王都近辺では珍しいでしょうが、地方では修道院が砦替わりであることも良くある話で」
僕たちの行動範囲の狭さを知ってるテオも補足してくれた。
「ルカイオス公爵領は、外部から侵入できる場所も限られているので、守りには適しています」
テオ曰く、館がある街の背面は山で、山自体が道をあえて綺麗に整備してあるため、進んで来たら丸見えになるそうだ。
さらに畑が一面に広がる周辺も、外部の者が現われるとすぐさま発見される。
畑と道以外はあえて雑木林にもしてあるという。
それで人数を引き連れての進行は無理にしてるとか。
雑木林抜けても見晴らしのいい畑から近づけば即バレだし、けっこう自衛意識高めらしい。
「兄上、ハドリアーヌ王女たちからも話を聞くべきかな?」
「会ってわかったと思うけど、ヒルデ王女は頑なで話しにくい。ナーシャは物腰柔らかに見えて強かだ。上手く話を持って行かないと足元をすくわれると思う」
自分で考えて対処をしようとするテリーに、僕も知る限りの助言を与える。
するとウェアレルとテオも意見を挙げた。
「表面上のことはやっておかなければ、それはそれで警戒の元かと思われますね」
「ヒルデ王女はニヴェール・ウィーギントの捕縛に心労を覚えられているとか。部屋からも出ないと聞きます。あまり刺激するのはよろしくないのでは?」
ルカイオス公爵領で会ったナーシャが話したがってたのはそのことかな。
「だったらまず僕がナーシャに話を聞こう。テリーは表向き窺い立てるくらいで留めておいてほしい。ニヴェール・ウィーギントの名前はまだ出さない方向で」
捕まえたファーキン組がまだ話せないなら、情報を持ってるのはヒルデ王女だろう。
ルカイオス公爵領というテリーに優位な場所にいるんだから、慎重に当たって問題はないと、この時僕は考えていた。
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