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閑話65:ウェアレル

 レクサンデル大公国の競技大会で事件が起きた。

 狙われたテリー殿下は無事だったものの、競技大会は中止となっている。


 私はレクサンデル大公国が用意した屋敷で、学生たちが寝たのを確認し、教師用にと用意された部屋で旧友と向かい合っていた。


「久しぶりですね、ヨトシペ。あなたが居合わせてくれて良かった」

「…………ぶふ! 本当に喋り方変わってるだす」


 一年前ならそういう反応もしつこくされて慣れたが、改めて言われると眉間に力が入る。

 その上学生の時から口調のおかしなヨトシペに言われるなんて。


「あなたはその口調、あの方だから許されること忘れないように」


 注意しても、ヨトシペは上機嫌に尻尾を振ってる。

 再会を喜んでるのもあるだろうが、面白がられてるんだろう。


 私には学生の頃のイメージが強く、アーシャさまからは聡いことを聞いてるがいまいち実感はない。

 別に鈍いとも思っていないが、なんと言うか、学生特有の考えなしと未熟さで破壊魔をしていた頃のヨトシペがどうしても抜けない。


「ともかく、今の内に情報の摺り合わせをしましょう」

「でもあーしもたまたま居合わせただけだす。詳しく知らないでげす。ウィーがそばを離れるような状況だったどす?」


 聞けば競技大会の見物に来て、即時拘束されたという。


「帰るっていうまで一歩も出られなかったんだす。ウィーがいるならアズ郎もいると思ってたんでげすが、諦めてたところに」


 地下からの音と匂いに気づいたとか。

 壁の破壊や見張りの言いつけを破ったりと、もう一度拘束されてもおかしくないことをしているが、その辺りはもうレクサンデル大公国側も咎められないだろう。

 ヨトシペがいなければアーシャさまかテリー殿下のどちらかが傷を負っていた。

 今回どちらも無傷で済んだことは、責任を追及されるレクサンデル大公国からすれば不幸中の幸い。


「私は会場でテリー殿下を守るため離れました。その後に、あの方…………アズくんがニヴェール・ウィーギントを見つけたために追い駆けたと聞いてはいます」

「そうどすか? あーしが合流した時には、第二皇子の側にいなかったでごわす」


 痛いところを突いて来る。


「会場を後にするテリー殿下と合流はスムーズにできました。ですが、そこを伏せていた賊に襲われ、秘密の避難経路というところに逃がしたつもりだったんです」

「あの地下だす?」

「そうです。今思えば、あれは分断。そして逃がしたと思った先での待ち伏せ。あなたとアズくんの果断がなければ敵の思うつぼだったでしょうね」


 ヨトシペもさすがに尻尾の振りが緩くなった。


「皇子さま狙うのに、ここまでするでげす?」

「皇子を狙うからこそ、これほどのことをしたのでしょう。相応に下準備と期間を設けての罠であったのだと思います」

「こっそり寄って行って、ぱっと攫えばいいでごわす」

「周囲を常に三十人以上の人員で囲っているのにですか?」


 できるとしてもそれはヨトシペのような特異なごく一部だけ。

 だからこそ大きくわかりやすい事件と危機感を演出したのだろう。

 無関係の人間を無為に殺してまで。


「こちらはとる行動を誘導された。騒ぎを大きくしたのも民衆の混乱と情報のかく乱。客席の崩落に、選手の暴挙、皇子暗殺未遂に死傷者多数。手が割かれ過ぎて即応などできません」

「んだずー、真面目に対応しようとする守備側の意図をわかってて、選択肢狭めただす」


 まともな回答に思わず見れば、目が合った途端緩んだ笑い顔で尻尾を大きく振る。

 真面目な雰囲気は絶対作れないが、真面目に考えてない訳でもないらしい。


「あーしもアズ郎いなかったら何もできなかったでごわす」

「ハリオラータの杖という奴か」

「たぶん魔法使って抵抗できるだす。けど、抵抗したらその後の反動で絶対動けなくなるでげす。抵抗できそうな具合残すのが罠でごわす。性格悪いどす」

「その反動を強制する爆発というのも、証拠隠滅を含んだ仕掛けというのがさらに悪質だ」


 結局実物は調べられるほど残っていなかった。

 後はニヴェール・ウィーギントから購入ルートを探るしかないが。

 これだけの騒ぎが起きていては、そのルートもすでに潰されているだろう。


「そう言えば、アズ郎戦わずに逃げること優先だったでげす。そういうこと教えるような状況あったでごわす?」

「いや、こちらとしては安全な場所にいてほしいんだが、ご自身で対処なさることも多くてな」

「じゃあ、どうしてアズ郎は戦わないんだす?」


 ヨトシペは心底不思議そうに聞く。

 この後も護衛として協力してもらうのだったら、アーシャさまの特異性を話しておくべきか。


「あの方に、私たちは戦い方というものを教えたことがない」

「武芸しないどす?」

「それはしているが、受けて返すが基本だ。魔法も人に対して放つような教え方はしていない」


 ヨトシペは明後日の方向を向いて無言。

 何か気づいた様子で耳を立てると、こっちに向き直る。


「嫡子じゃないから、殺し方教えなかったんでげすか」

「そう、だな。ご本人が聡く自らやるべきことを幼い頃から選んでいらした。その中で、身を守るすべを求められはしても、敵を討ち果たすすべを求められたことはない」


 ヨトシペは納得したように頷く。

 言うとおり、帝位を継ぐ気もない、ましてや家族と争う気のないアーシャさまに、攻撃性を持たせるのは悪手でしかなかった。


「アズ郎、第二皇子が髪引っ張られて怒ったどす。けど、殺意はなかったでげす」

「剣を抜いていたのは聞いたが。直接的な暴行もしていたのか」


 ニヴェール・ウィーギントに対して、あまり気にかけていなかったのはそのせいか。

 捨て駒らしいとアーシャさまからは聞いたので取り上げるまでもない相手とみなしたのかと思ったが。


「相手は殺す気だったどす。だから守る側も、自分の命を懸けて相手を殺してでも抗う気あったでげす。たぶん、アズ郎と一緒にいた子たちもそうでごわす。魔法放った三人は、確実に命を奪うことも織り込み済みで目を狙って攻撃してたどす」


 反動で獣人は動けなかったと言うから、イルメくん、ウー・ヤーくん、エフィくんか。

 狩猟の仕方や軍事的な教育を受けていたなら、それだけのことはできるだろう。


「あの方は、狩猟もされたことがないからな」

「あぁ、自分のために殺すこと知らないだすかー。当たり前のこと知らないとあんななるどすなぁ」


 他の命を食らって生きるのは当たり前だ。

 けれど皇子であるアーシャさまの前に出されるのは、生きた姿も想像できないほどの素材ですらない料理。


 それでも獲物の解体は見て覚えはしていた。

 ただ、自らの手で命を奪うという初歩的なことをしてこなかったのだ。


「…………困ることに、なるだろうか?」

「知らずに生きていけるならそれでいいと思うだす。そもそも生まれが違うでげす。知る努力をする必要もないこともあるでごわす」


 言いながら、こちらを見るヨトシペの目は冷静だ。

 いっそ静かすぎるほどに。


「それでも、一瞬を迷うなら命落とすこともあるどす」


 殺す覚悟、その気構えさえ学ばなかったことが、自らの命の危機に際して足を引っ張る可能性もあるというんだろう。


「地下での時に、殺意を持っていればもっと早くどうにかなったか?」

「雷」


 ヨトシペはこちらを見てひと言。


「驚かないなら、知ってただすか。それともウィーが教えたでごわす?」

「あの方の魔法の使い方は錬金術に即しているので、私が教えたとも言えないな」

「じゃあ、制御に難があるどす?」

「いや、そうだな。アーシャさまは雷が近くに飛ぶという性質を知っておられる。魔法として使うにもその性質を懸念して、制御に強く意識を割くかもしれない」

「あぁ、だから人に対しては使えないんだすな」


 目で促すと、杖を破壊する時以外使わなかったとか。

 しかも周囲に人がいない状況を選んで雷を落としていたらしい。


「雷貫通するだす。一列の時あったから、貫いてれば一網打尽のチャンスあったでごわす。雷以外も使えるなら、火でもいいでげす。ともかくあの出力を出せるなら、どんな魔法でも相手を殺して安全を確保できたんどす」

「それは、しないでしょうね。情報も取れませんし、調整に気を使っても個体差によっては死にますし」

「賊にまで有情どすー」

「幼い頃から静かに研鑽し、家族との時間を喜ぶ方なんです」

「性格的に向いてないんだすなぁ」

「…………それが、他より秀でた理性の元でもある」


 ヨトシペは真面目な顔で私を見つめ返す。

 封印図書館を知っていたとアーシャさまから聞いた。

 その危険性もロムルーシでアーシャさまと一緒に遭遇している。


「そうでげす。いっそ争うことなんて最初から選択肢にないくらいがいいだすー。やれるあーしたちがやればいいんどす」


 ヨトシペが笑って言うのに、私もつられて口元が緩んだ。


 せめて教えなかったからには、代わりに敵を打ち払うことをしよう。

 そしてアーシャさまの理性的な優しさが裏切られることがないように努めるのだ。


ブクマ6500記念

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― 新着の感想 ―
ああ、なるほど。しかし現状のアーシャの戦争能力の大半をセフィラが担っている以上、一番手放せないのはセフィラだからなぁ。次いで護衛3名。彼らが今の人格について来ている可能性がある以上、封印図書館やら直接…
だからこそ司書に認められた だからこそ弟を殺されるかわからん事態になった まぁ言い訳だわな自分の手で以外のでも人は死ぬアーシャの判断で死んでいる(敵対組織は自分で潰そうと動いたからね) これからも多く…
封印図書館の知識に触れた稀代の天才、それもまだ子供(端から見れば)の人格と倫理観が、殺しを覚えたことで歪んでしまわないかという懸念が強いんだろうな 主人公も、自分の理性が不変のものだと妄信するほど蒙昧…
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