324話:悪あがき4
突然、ラトラスとネヴロフから警告が上がった。
「なんか、まずい臭いがする!」
「これ、病人みたいな臭いだぞ」
「毒だす! 動けない仲間に一人が毒飲ませて回ったんどす!」
動けないヨトシペは、口封じをする存在に気づいたけど止められなかったようだ。
つまり逃げた三人は、自分たちだけが逃げられるようにしていた。
「ふ、ふざけるなぁぁあああ!」
見捨てられたことが確定して、癇癪を起こしたようにニヴェール・ウィーギントが怒声を上げる。
続くのは、鞘走りの音だった。
ファーキン組は逃げることもできない仲間の口封じをして、逃走。
残されたのはニヴェール・ウィーギントで、明らかに捨て駒扱いだ。
(自棄になった!? セフィラ! この土ぼこりを押さえて!)
魔法で風を使っても上手く扱わないと舞い上げるだけ。
けどセフィラは上位の石の魔法を使える。
舞う土埃を下に固まるよう押さえこんでくれた。
砂埃がおさまると同時に、見えたのは立ち上がるテリーの姿。
魔法を使わずにいたから、反動が軽くもう動けるようになったらしい。
ただすぐ後ろには剣を抜いたニヴェール・ウィーギントがいた。
「この私を誰だと!? 卑しい下女の腹から生まれたカスの分際で! お前が皇子だと、ふざけるな! 私のほうが偉いんだ! それを蹴るだと!? 踏みつぶされる雑草のごとき存在が!」
視界が開けたのはニヴェール・ウィーギントも同じ。
しかも子供のように地団太を踏んで、八つ当たりするような勢いで唾を飛ばす。
偉そうな割りに臆病で、自分ができなくても他人の不手際には怒る自己中。
その上さらに、目の前の一番弱くて自分より下だと思える相手に暴力で訴えようと剣を抜いた。
「私のほうが尊く素晴らしい! それなのにこの顔に傷を! 貴様らクズのような命よりも価値があるというのに!」
ふざけた発言に取り合う気はないけど、手には剣。
確実に斬り殺そうと振りかぶるくらいには、扱いを知っていたようだ。
僕の手元には錬金術の薬が残り一つ。
けど効果を発揮するには時間がかかるから、使えず残してただけ。
今もまだ使える状況じゃないけど、テリーにはセフィラがついてる。
「ともかくにげて!」
僕の声にテリーも前へ走り出して一撃は免れた。
けど剣の分ニヴェール・ウィーギントのほうがリーチが長い。
次は避けられないと見てセフィラを呼ぼうとした瞬間、テリーが腕を引かれた。
元宮中警護の騎士だ。
魔法を使ってなかったから、あっちも反動が早く抜けたらしい。
「テリー殿下!」
「テオ!?」
騎士は身を挺してテリーを抱え込む。
八つ当たりできれば誰でもいいニヴェール・ウィーギントは、力任せに剣を突き込んだ。
騎士として着ていたマントを剣が貫く。
半ば衣服で防がれたけどそれでも刃が届いたらしく苦悶の声が地下に響いた。
「うぐ!?」
「邪魔だ! 私に逆らうな忌々しい!」
「やめろ!」
さらにニヴェール・ウィーギントは剣を振り下ろす。
テリーが叫ぶけど聞いてない。
騎士は切りつけられてマントを裂かれながらも、テリーを庇うことを止めない。
というかセフィラ!
テリー守れって言ったからって、庇う相手を無視するな!
もうニヴェール・ウィーギントは保身とか何も考えてないただのうっぷん晴らしだ。
ここに留まってるだけの考えなしで、何を言っても無駄。
ともかく止めないとテリー以外の被害が増える。
「合わせろ!」
「わかってる!」
「行くぞ!」
僕が動こうとした瞬間、声が上がる。
見ればエフィ、イルメ、ウー・ヤーがそれぞれ火、風、水の魔法を撃ち放っていた。
まだ反動で威力は出ない。
それでも狙いは確かにニヴェール・ウィーギントの顔に集中した。
「イライラさせてくれる! 皇子の次はお前たちだ!」
「魔法が効いてない!?」
「魔法に対する守りがあるんだ!」
「属性の違う魔法に対して?」
ニヴェール・ウィーギントは平気そうに怒鳴る。
驚くイルメにエフィが種を察して告げた。
けどウー・ヤーが驚いてるのは、個人を守るための道具が高価だから。
それこそ貴族でも富がないと手に入れられないし、それを複数身に着けてるからこそ無傷のニヴェール・ウィーギントに驚いたんだ。
けどそれだけの隙と時間があれば、僕にとってはありがたい。
ようやく準備ができた。
「くそ、濡れたじゃないか!」
なんでももう怒りに直結するらしく、ヒステリックに叫ぶニヴェール・ウィーギント。
ちょっと水滴が飛んだ顔を拭った所に、倒れたりゴム玉があたって怪我でもしてたのか、染みた様子でまた怒りを叫んだ。
「顔に傷が残ったら、お前たちただで済むと思うな!」
「そんなに顔が大事なら…………」
言って、僕は地属性の魔法を放った。
まだ反動で威力はないし、重い分スピードも遅い。
脱力から全身正座でしびれたような違和感と感覚のなさでこれ以上は無理だ。
「しっかり守って見せろ!」
それでも魔法で飛ばすのは足元の砂利。
ただし、土が固まり集まる薬をまいた。
効果に時間がかかるけど魔力なんていらないから、後は操るだけ。
僕の足元の土の塊は、どんなに魔法に対して守りを敷いてても意味はない。
魔法で作った水も、一部完全に防げはしなかったんだ。
だったら、土なら確実に当たる。
「魔法など効くか馬鹿も、ぼ!?」
馬鹿者とでも罵ろうとしたニヴェール・ウィーギントの鼻に命中。
痛みに弱いニヴェール・ウィーギントは剣を手放して鼻を庇う。
「ひぃ、いたいいたいいたい!」
実際はかすり傷程度で不満は残るけど、テリーを狙ってそれで済んでるんだから感謝してほしいくらいだ。
もちろん、元気に騒げるならこれから追撃もするし。
痛みに怯んでたニヴェール・ウィーギントは、弾むゴム玉の音に肩を跳ね上げる。
一度意識を狩り取られるほどの痛みを受けたからね。
ただ周りを見回しても薄暗く、黒いゴム玉なんて見えもしない。
「や、やめ…………!」
「さっきそう言われてやめなかったくせに何言ってるの」
テリーを庇ったテオという騎士に対しての所業を忘れる簡単なおつむらしい。
だったら僕も手加減なんてしない。
(確実に鼻と顎を狙って、セフィラ。後は絶対起きないように急所重点で)
僕が意識的に考えると、次の瞬間ゴム玉が一瞬見えた。
けど気づいた時にはもう、ゴム玉は勢いをつけてニヴェール・ウィーギントの顎を下から捉えてる。
アッパーを食らったような勢いでのけぞったニヴェール・ウィーギントは、倒れる間に側頭部、鼻、喉、みぞおち、股間と容赦ないゴム玉の乱打を受けた。
そのままくの字になると、体の力が抜けるようにニヴェール・ウィーギントは真後ろに向かって二度目の昏倒。
(また歯が飛んだ気がしたけどいいか。セフィラ、すぐに周囲に敵がいないか確かめて)
セフィラからは、手に光でいないことを教えられる。
あとニヴェール・ウィーギントは顎を骨折したらしいけど、見捨てられる程度の情報しか持ってないなら問題ない。
僕は息を吐いてまだ痺れの残る足を動かし、テリーのほうへ向かった。
「傷をともかくみよう。止血だけでも」
「だ、大丈夫、です。致命傷、では、ありません」
テオは、心配してしがみついてるテリーの肩を宥めるように撫でつつ、僕に答えた。
「それよりも、安全の、確保を」
「無事な賊は三人逃げてしまってる。他は、ニヴェール・ウィーギント以外息がない」
言ったら、手に熱を感じた。
見れば、まだ一人ギリギリ息があるそうだ。
どうやらヨトシペの近くの賊。
「ヨトシペ、その人まだ?」
「生きてると思うだす。あーしが吠えかかって毒薬半分零したんどす。それでも二滴飲ませようとしたのが一滴だっただけだすが。毒で震えだして、今は呼吸が弱まってるでげす」
口封じされなかったニヴェール・ウィーギントよりも、きっとこっちのほうが情報を持ってる。
どうやら身体強化の魔法を使うと反動は大きいらしく、獣人は軒並みまだ動けない。
「まずは怪我人の手当て。それと、ニヴェール・ウィーギントの拘束。動ける人は手伝って。僕はこの犯人を生かして情報の足しにしてみる」
僕の言葉にすぐさま応じたのはエフィ。
反動を受けた中で魔法を使って、相当疲れてるはずだ。
それでも目的意識を持って取り組む姿は、何処か必死さが見えた。
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