323話:悪あがき3
体中に重石をつけられたような、脱力にも似た状態で、体が動かない。
立ってるのがやっとで、動こうとすればバランスを崩して倒れかねなかった。
「術の反動か…………!」
ファーキン組も呻く声が聞こえる。
僕も初めての体験だ。
けど魔法による強制は、無理に解くと反動があることはウェアレルに教わってた。
複雑な術ほど反動は大きいと言うし、ハリオラータの杖は完全にその反動を逆手にとっての罠だ。
たとえバフ効果だとしても無理に解くと使用者にデバフとして返ることもある。
デバフの場合は術者に反動が跳ね返る場合もあるとか。
「イル、メ…………」
「う、く…………」
なんとか口を動かして呼びかけると、呻きが答えた。
視界の悪さ解消のために風を起こしてほしかったけど、イルメも反動で魔法を使うどころじゃないようだ。
そんな中で動く気配があった。
「くそ、なんだ? 埃を立てるなんて。いったい何が? う、痛い!?」
昏倒してたニヴェール・ウィーギントの声だ。
普通に喋ってるし、動く音に不調は感じないので、全く反動なしらしい。
それどころか痛みに騒ぐ元気さえある。
術者だけど反動なしって、ずいぶん杖任せだなとは思ったけどこのための仕様だったんだろう。
使う犯罪者側のための嫌な工夫だ。
そう考えると爆発も証拠隠滅も図った可能性が高い。
「まずい、ぞ…………」
エフィの呻くような忠告はわかってる。
独り無事なニヴェール・ウィーギントの近くにはテリーがいるんだ。
けど視界が悪くてまだ気づいてない様子。
このテロの狙いは明らかにテリーという第二皇子。
一人動ける主犯格の側にいて安全なわけがない。
「…………近くに、動けるならみんな集まって!」
僕の声で反応するのはもちろん味方。
時間経過で少しましになってるけど、どうやら反動のかかり方には個人差がある。
僕やエフィよりもイルメのほうが確実に反動が大きく身動きが取れないでいた。
そしてニヴェール・ウィーギントの側でも動く気配が立つ。
「ひぃ!? 誰だ! 私に近寄るな!」
姿は見えないけど、自分以外がいることにニヴェール・ウィーギントが騒ぐ。
そのまま気づかず、いっそ怯えて距離取ってくれればいいけど。
セフィラが守っているはずだから、めったなことはないだろうし。
そんな僕の楽観を邪魔する声があがった。
ファーキン組だ。
「馬鹿野郎! お前が捕まえていた皇子だ!」
「ば、馬鹿だと!? この私に馬鹿だと!」
「そこじゃない! 捕まえろ間抜け!」
「な、な、な!? この下賤が! よくも私にそのような言葉を!」
ニヴェール・ウィーギントは侮辱に反応して怒り散らす。
誇大なプライドを抱えたニヴェール・ウィーギントでよかった。
ただそんな相手に、ファーキン組は舌打ちしてその後は取り合わないようだ。
「ともかく殺すことだけはしておくか」
「あぁ」
不穏な言葉が聞こえた。
僕は回復を待つよりも、状況を変えるために自分のみに集中する。
反動がどう作用してるかが問題だ。
魔法を集中させた左腕はただの肉の塊のように動かないし、感覚さえない。
つまり魔法を強く通していただけ反動も強いってことか。
逆に言うと魔法を使ってなければ反動は比較的軽いはず。
それは極端な使い方をした僕だからこそ、感じられる違いだ。
たぶん足は上半身より早く回復する。
「魔法を使った分だけ反動が強い! 魔法を使っていない者が一番動けるはずだ! 視界の悪い今だ、守れ!」
僕の声に歩きだすような音がした。
それはニヴェール・ウィーギントの近くでも立つ。
魔法を使っておらず足も無事なのは、テリーと元宮中警護の騎士。
僕やクラスメイトが体勢を保つだけで精いっぱいの中、やっぱり反動が軽いようだ。
「どけ、邪魔だ」
「本当に使えねぇな」
「痛い!?」
僕の助言に、ファーキン組が動いた。
そしてニヴェール・ウィーギントが悲鳴のような声を上げる。
そう言えば奴らも魔法は使ってない。
魔法が元から使えないのかもしれないけど。
(セフィラ、ゴム玉は!?)
聞くと足元に軽く衝撃がある。
テリーを守りつつこっちに転がしてくれたらしい。
そしてセフィラはそもそも魔法に捕まってないから反動もない。
(ファーキン組がテリーを狙ってるならまずは妨害。武器の奪取)
応じるようにゴム玉が、僕の足元を離れて跳ねだす。
跳ねる毎に勢いは増して、視界の悪い土埃の中へ飛び込んで行った。
ゴム玉の跳ねる音をかき消すように、ヨトシペの吠え声が聞こえる。
足元の砂利を強く踏みしめる音から、ファーキン組が警戒して足を止めたのはわかった。
よほどヨトシペによる交通事故の勢いに危機感を覚えたようだ。
「うわ!? なんだ!」
「くそ、邪魔しやがって!」
僕からはうっすらした影しか見えない。
けどテリーを捕まえようとしてたファーキン組は、ゴム玉の襲撃を受けて足を止める。
そこに三人目が声を上げた。
「おい、もう失敗だ。ずらかるぞ」
「何を言ってるんだ! 目の前にいるならさっさと殺せ! 使えないなら殺す手はずだっただろう! 卑しいなりに仕事はしろ!」
声からして、三人目は首領格。
と言うか、微妙に聞き覚えのある声だからトライアンで引き抜かれてたうちの誰かだろう。
そしてニヴェール・ウィーギントがとんでもないことを言っている。
腹は立つけど、勢い任せな攻撃は周りを巻き込む。
テリーが完全に離れたとわからないと。
そう思ってたら異変が起きた。
「やるならてめぇでやってろ、馬鹿坊が!」
「ぐぇ!?」
鈍い音ともに、ニヴェール・ウィーギントだろう影が動く。
どうやら蹴り飛ばされたらしく、砂埃の中を転がって行った。
「うわ!?」
「テリー殿下!」
しかも運悪くテリーの足元に行ったらしい。
それを元宮中警護の騎士が探すけど、地下は風通しも悪く視界は悪いまま。
「なんてことをするんだ! 私に逆らってどうなるかわかっているのか!?」
「だから馬鹿なんだお前は。俺らの雇い主にいいように使われて切り捨てられる」
「…………は?」
「精々その高貴な血筋とやらで、処刑台の上でもふんぞり返ってろ」
捨て台詞と共に、ファーキン組三人はこの場から離れるようだ。
元から光がないほうに逃走経路を設定していたらしい。
それなら視界の悪い中でも関係ない。
ファーキン組三人の影はすぐに見えなくなった。
けど訳がわからない。
誘ったのは確かにニヴェール・ウィーギントだ。
なのに別の雇い主?
しかもニヴェール・ウィーギントは切り捨てていいような扱いをしてた。
考えてみれば、この襲撃自体がニヴェール・ウィーギントにどれだけの旨みがあるのか。
もしかしたら、ニヴェール・ウィーギントはいいように乗せられていた可能性がある。
(今はそれよりも。セフィラ、逃げた三人に攻撃を)
僕の考えを読み取ったセフィラが魔法を使う。
セフィラ自身、目がないから暗闇なんて意味がない。
だったら、テリーに影響しない方向へ離れてくれただけ攻撃のチャンスだ。
(砂利を巻き上げて竜巻で包んで)
地下に風が吹く。
限られた空間を揺らすように、唸りにも似た不穏な音が闇から響いた。
ほどなく、痛みに叫ぶ声が立つ。
台風や竜巻で何が怖いって、巻き込まれた物品が風速数メートルで襲い掛かってくることだ。
台風の中ならただの靴一つが、車のフロントを叩き割るほどに。
風だけじゃ目くらましにしかならないけど、そこに砂利を入れれば確実に怪我を負わせられる。
ましてや風を掴めない人間じゃ、どうやっても防ぐ手がない。
(これで逃げた三人は目立つ人相になるはず。セフィラ、無理に魔法使わずテリーの守りを優先で)
まだ気を失ってるだけのファーキン組もいる。
考えなきゃいけないこともあるけど、今は自由に動けるニヴェール・ウィーギントをもう一度寝かしつける必要があった。
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