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321話:悪あがき1

「しゃがめ! しゃがめ!」


 比較的遠く、横合いから襲ったファーキン組が、三人残りしゃがむ。

 立ってる相手がいなくなったことで、暴走車両ことヨトシペはようやく止まった。


 薄暗い中、テリーの守りも含めて大半が倒れて動けない。

 介抱も必要だとは思うけど、まずやらなきゃいけないのは安全確保。


「ヨトシペ! こちらの第二皇子殿下を連れて逃げて! 通路の向こうにウェアレ…………先生がいるから!」

「…………わかっただす。先生やってるウィーの生徒を置いていけないどす」


 僕が正体隠したままの状況を理解してくれたようだけど、だからこそ僕だけ置いていけないと言う。


 ありがたいけどそうじゃない。

 でも敵を大幅に減らしてくれたのは本当に助かった、これで逃げられる。

 敵を倒すなんて危険を選ぶことはしない。

 テリーの安全が第一だ。


「くそ! 秘蔵の道具なのに!」


 何か言ったと思ったら、ニヴェール・ウィーギントがしゃがんだままごそごそしてた。

 なんの悪あがきか、乱暴な手つきで物を取り出す。

 掲げるように持つのは、先端がとがった杖のようなもの。


 見た途端、ヨトシペ、ラトラス、ネヴロフの獣人三人の尻尾が目に見えて膨らんで立ち上がる。

 僕もその過剰反応に、しゃがんでた姿勢から立ち上がって、ニヴェール・ウィーギントを止めようと動いた。


「ハリオラータから大枚叩いて買ったんだぞ! お前たち、動くな!」


 不穏な名前に僕はヨトシペにテリーを庇うよう言おうとする。


 けどそれより早く、ニヴェール・ウィーギントは取り出した杖を地面に突き立てた。

 瞬間、魔力が光となって杖を中心に展開する。

 避ける間もなく僕たちの足元にまで魔法陣を描く光が及んだ。


「あ…………ぐぅ、なんだ、これ?」


 突然襲った脱力感。

 けど気づけば体が思うように動かない。

 そして無理に動こうと力を籠めると、途端にひどい頭痛に襲われた。


「は、はははは! すごいじゃないか魔法狂いの犯罪者ども! 本当に奴隷契約の魔法を強制できるなんて!」


 一人元気なニヴェール・ウィーギントが馬鹿笑いしながら立ち上がる。


 なんとか目だけを動かして状況を確認すれば、誰もが動けなくなっていた。

 倒れている者たちはもちろん、立っている者も。

 ニヴェール・ウィーギント側のはずの三人のファーキン組まで動けずにいる。


「おい、これは、俺たちにまで…………すぐに、解け」


 ファーキン組から文句が飛ぶ。

 けどニヴェール・ウィーギントはちらっと見ただけで相手にしない。


「この道具は一回使いきりなんだ。高かったのに、この私がこうして使ってやったんだ。大した役にも立っていないのだから別にいいだろう」

「くっそ、ハリオラータのイカレポンチめ…………」


 ファーキン組が罵るハリオラータは聞いたことがある。

 帝都に巣くっていた犯罪者ギルドを作った一家の一つ。

 違法な魔法使いの集まりで、倫理に反したり危険性が高かったりする禁止された魔法を悪用する犯罪者たち。


 犯罪者ギルドを潰した時に、帝都から逃げて以来大人しくしていたと思ってた。

 けど元からファーキン組やサイポール組ほど、派手なことはしてないだけだったようだ。

 どうやら追い出された程度じゃ行いを改めないのは他の一家と同じだったらしい。


「くそ、魔法も、使えない…………」

「あ、頭が…………」


 歯を食いしばるエフィに、イルメも無理したのか呻く。

 その様子にニヴェール・ウィーギントは悦に入った様子で喋り始めた。


「当たり前だ。これは奴隷を縛るための魔法契約だ。主人である私が許可していないことができるものか!」


 奴隷は犯罪者、もしくは借金のために自分を売った者。

 犯罪防止、逃亡防止、自殺防止などいろいろな事情で魔法による拘束を受けるという。

 本来そうした魔法は禁術だ。

 奴隷を縛るくらい特殊な場所じゃないと許可されない。


 それをハリオラータは勝手に道具に付与して販売。

 さらに強制するという、悪辣な改変まで加えてる。

 奴隷でも自ら了承を必要とすると、口束の呪文を調べた時に魔法契約については学んだ。

 場合によっては、奴隷は口束の呪文で部外秘な労働もさせられるんだとか。


「身体強化でも、変わらねぇし、頭いてぇ…………」

「これ、体、動かないと、どうしようも、ない、よ」


 どうやら体の中で魔法を巡らせたネヴロフだけど、頭痛の症状がひどくなるだけらしい。

 けどそもそも動けなければ、どれだけ強化しても無駄だとラトラスが言う。

 身体的に拘束されているわけでもないから、動くなという命令を押し返すことをしなくちゃいけないんだ。


 ただ不思議なことに、同じ状態のラトラスのほうが魔法を使った反動らしい痛みを堪える顔をしてる。

 ネヴロフは首を動かしてきょろきょろする余裕があった。

 気づけば同じように元宮中警護の騎士も首を動かしてヨトシペに声をかける。


「学生ではない獣人の。どうにかできないか?」

「うぅぅううう…………」


 ヨトシペが唸ると、足元の魔力を発する魔法陣が一瞬薄れる。

 同時にヨトシペは一歩を踏み出した。

 けど次の瞬間にはまた動けなくなる。


 ただその一歩はニヴェール・ウィーギントを怯えさせるには十分だったようだ。

 すぐさま地面に突き立てた杖に取りついて叫ぶ。


「動くなと言っているだろう! 獣臭い獣人なぞが私に逆らうな! 犬なら犬らしく地面に這いつくばっていろ!」


 その言葉に応じるように、杖が光を放つ。

 その光が魔法陣を伝ってヨトシペに当たった。

 次の瞬間、ヨトシペは地面に引っ張られるようにして倒れ込む。


「ぬぅぐぐぐ…………」


 顎を地面につけた状態で、ヨトシペは起き上がろうとするけど全く動かない。

 さらには喋ることもできなくなったようだ。

 魔法を使おうと抵抗しているのか、どんどん顔が険しくなっていく。

 立っていた時よりも頭痛も激しいみたいで、耳もぺしゃんこになっていた。


「…………はははは! お似合いだな!」


 ヨトシペが本当に動けないかをじっと見た末に、臆病なニヴェール・ウィーギントは高らかに笑う。

 情けないことこの上ないけど、相手のほうが圧倒的に優位だ。


 それでも相手は道具を使って魔法と言う原理のあるものを利用してる。

 だったら何処かに穴があるはずだ。

 口束の呪文だってそうだった。

 強い制約には相応の手順が必要になる。

 それを杖一本で使用者に負担なく使ってるんだ。

 さらに他人を強制の上、そこにこの場の三十人以上を巻き込んで作用してるなら、綻びもある。


「よし、これなら私が動くまでもない」


 僕が考えている間に、ニヴェール・ウィーギントは勝ち誇った顔でテリーを見る。


「こっちにこい、皇子などというにもおこがましい下賤」

「…………く! 足が」


 ニヴェール・ウィーギントを睨み返したテリーだけど、足は意思に反して動きだす。

 それでも強制にあらがってるのか、一歩が遅い。


 元宮中警護の騎士は、抱き込むように庇っていた腕で押さえる。

 けどニヴェール・ウィーギントが命じるとその腕も外れてしまった。


「早くしろ! のろま! まったく結局はあの不愉快な庶子同然の愚か者と同じか!」

「兄上を侮辱するな…………!」


 ニヴェール・ウィーギントは帝都で会った、ハドリアーヌ王国一行の周りにいた。

 だから第一皇子の僕の鈍いふりも見ていたんだろう。


 テリーはそんな不遜な言葉に、僕を思って怒ってくれた。

 ただその口答えにニヴェール・ウィーギントは不快そうに眉を顰める。

 そして乱暴に手を伸ばすと、テリーの髪を引き掴んで引き寄せた。


「痛…………!」

「テリー殿下に無礼な!」

「ふん!」


 騎士の非難も鼻で笑う。

 その様子に何処か頭の芯のような所が熱くなる。

 ニヴェール・ウィーギントがいっそ乱暴にテリーの髪を掴んだまま振って痛めつける様子に、何かが切れるような錯覚さえ覚えた。


(…………セフィラ、僕の推測が正しければ動けるね?)

(問題ありません)


 魔法陣の影響を受ける足のないセフィラは、即座に僕が期待する返事をしたのだった。


定期更新

次回:悪あがき2

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― 新着の感想 ―
検知されない瓶を持てる位に物理的に作用できる透明な存在と明らかに敵な奴の背後を取って不意打ちし放題の状況をピンチっぽい状況を演出したいが為に態々名前を大声で呼んだ上に何もせずに状況を説明する機械になる…
[気になる点] いくらなんでも効果無法過ぎませんかね?
[一言] 悪あがきというタイトルどおり悪あがきで終わってほしい! 嫌な魔法陣が存在するんですね。 ヨトシペ無双の次はセフィラ無双が見たい(笑)
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