閑話64:ヨトシペ
ロムルーシから山脈を越え、冬を過ごして。
秘境と言える土地では、温泉で予想以上に快適な生活ができた。
「お世話になっただすー」
「こちらこそ、ヨトシペさん。測量ありがとう」
世間では春だけれど、まだ山には雪が残る時分。
それでも私なら問題なく下山できるため、カルウの村人たちに見送られて旅立った。
谷や山を測量して、ずいぶんと感謝されたお蔭で、村から町へ行くと、小領主からも丁寧な対応を受ける。
「この者に案内をさせましょう。ワゲリス将軍さまとも顔を繋いでいる者ですから、すぐにお会いしていただけるでしょう」
「助かるだすー」
案内まで用意してもらって、私はホーバートへ向かう。
大勢の人間と、少しすさんだ雰囲気の賑わいがある街だった。
それでも身の危険を感じない程度には統制が取れているらしい。
そのてっぺんの将軍さまに、そう簡単に会えるようには思えなかったけれど。
「あ、ヘリーからの手紙だと? わざわざロムルーシから? あいつ故郷に帰ったのか」
「違うだす。里帰りして、今はルキウサリアで第一皇子さまのところ戻ってるでげす」
なんだこいつと言う顔をされた。
英雄視される将軍は、どうやらとても素直なたちらしい。
これはあのアズ郎と一緒に行動したとなれば、いいように使われたのかもしれない。
「…………っておい!? これヘリーじゃなくて第一」
「将軍、お静かに!」
隠しごとができないようで、部下のエルフさんが大変そうだった。
何やらいくつか、アズ郎からワゲリス将軍へ頼みごとが書かれているらしい。
「あん? こういう政治的なのは苦手だって言ってんのに。で、カルウ村の温泉作りね。ま、交通の整備ってのも軍事行動じゃ仕事の内だな」
そんなことが聞こえつつ、私は返事をもらって今度はルキウサリアへ向かうことに。
「例のあの方の周りは何かとあるだろうが、お優しい方だ。力になってさしあげてほしい」
エルフさんからはそんなお願いをされたけど、ワゲリス将軍は実用的な言葉で別れる。
「大公国で祭やってて賑わってる。通る道は選べよ」
ルキウサリアを目指して南を目指すと確かに人も馬車も多くなった。
「大公国、競技大会…………」
口に出してみれば懐かしい響きを感じる。
学生の時に一度参加したからだ。
ルキウサリア以外では触れることのなかった賑わいで、とても面白く感じて参加した。
その上でやりすぎてしまったのもいい思い出だろう。
「…………ちょっとだけ」
考えてたら色々思い出す。
毎年買収や裏金で問題になるらしいと聞いて、同窓がやってみたのだ。
「でも金貨の詰まった袋で審判殴り倒して、買収失敗したのはあの双子だけどすー」
なぜ失敗したのかわかっていなかった友人を思い出すと笑みが浮かぶ。
九尾と呼ばれて卒業した竜人の双子だった。
双子が三組いたけれど全員が癖があった。
中でも竜人の双子は突き抜けていたほうだ。
なんて並べるようなことを言ったら、ルキウサリアにいる他二組の双子に怒られそうでもある。
貴人とは名ばかりの変人と一緒にするなと言う姿が目に浮かんだ。
「走ればいいだす?」
ルキウサリアで思い出話をしたいし、きっとアズ郎も聞きたいと言ってくれる。
だったら一度今の競技大会を見学して、話の種を拾っていってもいいかもしれない。
「山、早めに降りたんでげす。寄り道しても走れば新学期には間に合うでごわす」
自分に言い聞かせて頷く。
私は馬車よりも早く走ってレクサンデル大公国を目指すことにした。
「なんででげすかー!?」
「逆になんでお前は競技大会やってる時に来るんだ!」
レクサンデル大公国の競技大会を開く街に入った途端、衛兵に捕まった。
解せない…………。
「お祭り見に来たんだす」
「ブラックリスト入りしておいて…………」
「見せられるわけないだろうが!」
兵士二人に挟まれて、後ろにも二人、左右にもさらに二人いる。
正面には三人もいた。
完全に囲まれて、狭い部屋で尋問をされることになるなんて、本当に解せない。
ブラックリスト入りを忘れていたわけではないけれど、まさか祭見物さえさせてもらえず拘束されるなんて。
「あーし、参加じゃないだす」
「だったら即座に追い出すわ!」
「いや、それよりも何か企みがあるんじゃないのか?」
「ないでごわす」
「じゃあどうして九尾が他にもいるんだ!」
「誰だす?」
「緑尾だよ」
「ウィーいるでげす? あ、生徒誰か一緒どす?」
聞いてはみるけど答えはわかってる。
アズ郎だ。
そうでなければウィーが今のルキウサリアを離れるわけがない。
アズ郎本人からも聞いたけれど、教職はアズ郎の在学中だけのことだとか。
その後はアズ郎の下に戻る予定でいる。
ヴィーから入れ込んでると聞いた時には、真面目なウィーは第一皇子を見捨てられないのだと思っていたけれど。
あのアズ郎なら納得と言うか、家庭教師しながら教えられることもあったのだろう。
「せっかく来たのに見物できないでごわすー」
「当たり前だ。円尾が街にいたらパニックが起こる!」
「どれだけやんごとない方々を恐怖に陥れたか」
「若気の至りどすー」
言っても聞き入れてくれない。
これは祭り見物は無理そうだ。
それにせっかくウィーやアズ郎がいそうなのに、これでは合流も怪しまれるだけ。
数日粘ったものの、厳戒態勢変わらず。
どうも第二皇子が来てるとかで、アズ郎がいる理由も、私が即座に拘束された理由も想像がついた。
ここは素直にルキウサリアで待っていたほうが良さそうだ。
「わかっただす。あーしはルキウサリア帰るでげす」
諦めてそう言ったらようやく釈放してもらえた。
本当に祭中一歩も出さないつもりでいたらしい。
その上、街の外に出るまで衛兵が見送り、もとい、見張りまで同行とくる。
楽しげな祭を横目に、寄り道も許されないなら、雰囲気だけでも楽しみたい。
「にぎやかだす。大闘技場では今日何してるんどす?」
「魔法の団体戦だ。俺たちの目を盗んで逃げようなんて思うなよ」
「本当にやめろよ? 皇子さまが観戦なさってるんだからな」
「以前にやらかしたようなことして見ろ。ブラックリストどころじゃないからな」
女一人に三人もつけて、さらに脅すのも男として肝が小さすぎる。
実際やり合えば、武器を持っていても三人程度敵ではないけれど。
なんて思っていたら異変が起きた。
最初に気づいたのは私だ。
「足元が揺れたでげす。それに悲鳴が聞こえるだす。大闘技場のほうから」
半信半疑の反応も、ほどなく言ってられないほどの騒ぎで周囲が満ちた。
大闘技場のほうから逃げて来る人々がやって来たからだ。
私たちは建物を背に端に避けて、通り過ぎる人に状況を聞くけれど要領を得ない。
「くそ、何か起きたのは確実だ! 行くぞ!」
「でもこの円尾はどうするんだ!?」
「こんな騒ぎの中、街の外にも出られないでごわす。ここにいるだす。怪我人って言ってる人もいるでげす。助けに行ってほしいどす」
「…………ともかく、動くなよ!」
手伝いを申し出ても良かったけれど、あの警戒具合だと逆効果だろう。
私はともかくその場で騒ぎが治まるのを待つことにした。
ただ騒ぎの中、足元から聞こえる音に気づいて、建物の基礎に空いた穴を見つける。
さらにはそこから記憶を刺激する匂いがしていた。
たぶん誰か知り合い?
けどけっこう人が地下にいる。
どの匂いかよくわからず穴に鼻先を入れてみた。
「って、臭…………!?」
謎の臭いに一度は鼻を引いたけれど、しゃがみ込んでいた私の耳には皇子という言葉が届いた。
「うん? 皇子だす? 皇子いるんでげすか?」
「ヨトシペ! 襲われてるんだ!」
会えないと諦めてたアズ郎の声に、私はすぐさま体中に魔力を漲らせる。
エルフさんの予言と言うわけではないけれど、本当に何かと周囲で起こっているらしい。
私は三人の衛兵に心の中で謝りつつ、握った拳を目の前の壁に叩きつけた。
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