320話:競技大会テロ事件5
競技大会が行われる街の地下で、敵が姿を現してこれ見よがしに武器を構える。
けれど本命は、その後ろの暗がりから飛び出す者たちだった。
瞬間、イルメが魔法で強く風を吹かせて、飛び出す者たちの鼻先に魔法を叩きつける。
その中に、ウー・ヤーが水の魔法を散らすと、同時にエフィが氷を作るエッセンスの薬を投入した。
「方向はわかっていたわ!」
「小さいが氷のつぶてを食らえ」
「あとお前は邪魔だ!」
空になった瓶を、エフィはニヴェール・ウィーギントに振りかぶって投げた。
「ぎゃ!? 痛い! いたいいたいいたい!」
鈍い音ともに背中に瓶が命中すると、情けなく叫びが上がった。
ニヴェール・ウィーギントはおおげさなほど痛がるけど、僕たちとテリーたちの間でうろうろするばかり。
それで逃げてくれればこっちが合流できたのに。
妨害のために身を張ってる気もないんだろうけど、ニヴェール・ウィーギントは仲間のファーキン組だろう相手に怒りだした。
「子供相手に何をしているんだ!? この役立たずども!」
「騒ぐな、素人が」
「後ろだ!」
ニヴェール・ウィーギントに答えたのは、氷のつぶてをぶつけられて擦り傷を作ったほうのファーキン組。
けど僕たちの側からは、テリーの後方に光を反射する刃物が見えた。
テリーを守る者たちが反応できたけど、新手のファーキン組六人に対して半分守りを取られる。
さらに僕たちの攻撃で怯んだのは横合いの五人だけ。
横合いの残り五人は無傷でテリーを狙って動き出した。
「させるか! おりゃぁあああ!」
「ひぃ!? えいえいえいえい!」
ネヴロフが身体強化の魔法を使って、一人に横合いから掴みかかって放り投げる。
その後ろに隠れてたラトラスは、悲鳴を上げながらも素早く走り抜け、熱を発する粉末をかける。
「ぎぃやぁぁああ!」
「邪魔だ!」
運悪く目に受けた一人が悲鳴を上げてもがくけど相手は犯罪者。
仲間を気にすることなく残る三人がテリーを狙う。
それを、テリーを守る残り五人で対応し始めた。
けど武器の相性が悪くて即座に一人が剣を破壊される。
「状況は悪いぞ、アズ。俺たちはまともな武器がない」
「たぶんあのウィーギントという人を捕まえても止まらないわ」
エフィに続いてイルメも、ネヴロフとラトラスに援護の魔法を飛ばしながら推測する。
けど援護をすると、こっちも飛び道具を投げつけられて負傷者が出た。
ニヴェール・ウィーギントの命令に対して、雑な対応と奇襲で考えても命令系統が別だ。
そもそもファーキン組のほうは、ニヴェール・ウィーギントを守るために動きすらしなかった。
そして僕たちは観光目的でしかも観戦中だったから、危険物の持ち込み禁止で、杖はもちろん錬金術の道具も少ししかない。
今は武器で応戦できてるけど、どうやら場数が違う。
テリーの警護は隙を突かれて負傷し始めていた。
「おい、あれなんだ?」
そんな中で、投げナイフで負傷させられたウー・ヤーが呟く。
怪我を負った手を自分で回復魔法をかけていたはずだけど。
「…………何か、動いてる?」
ウー・ヤーが言うのはテリーの後ろのほうの壁際の明り取り。
そこに何やら動く影、というか、何かの鼻先が突っ込まれてるのが見えた。
緊迫した襲撃の現場に、鼻先を突っ込んでふんふんとしている、たぶん、獣人?
目を奪われている間に手に熱が生じる。
見れば危険の二文字。
「下がれ!」
僕の警告に元宮中警護の騎士がテリーを掴むようにして下げる。
瞬間、何か液体がテリーのいた場所に飛散した。
テリーは浴びることはなかったけど、独特の生臭いような臭いが広がる。
生物毒から作った危ないものだとわかるけど、臭い自体が有害らしく、あからさまにテリーを守る手勢の動きが鈍った。
逆にファーキン組は慣らしてあるのか全く変わらない。
「ぐえ、気持ち悪い」
「ネヴロフ、ラトラス! 退いて! エフィはあれ埋めて!」
よほど駄目なのか、獣人二人も動きが止まった。
それを狙うファーキン組をイルメとウー・ヤーが牽制し、その間にエフィには地の魔法で臭いを発する元自体を埋めてもらう。
ただ、状況は悪くなっている。
僕もイルメが巻き上げた臭いをかいで、車酔いでもしたような不快感が襲っていた。
「なんて不快な。だが、ふふん。邪魔するだけ無駄なことだ」
ニヴェール・ウィーギントはハンカチで鼻を覆ってふがふがいってる。
恰好悪いけど言うとおりだ。
テリーを守る中で無傷はいない。
ずっとテリーを側で守ってる元宮中警護の騎士は、闘技場で火から守ってるせいで、すでに利き腕に応急処置らしい包帯をしていた。
「テリー殿下には指一本触れさせん…………!」
それでも剣を抜いて構えるけど、他の味方は動きが鈍ったところを次々に抵抗できないよう、傷を負わされてしまっている。
僕たちもこれ以上武器もない。
仕かけたら魔法で牽制して、ともかくテリーを守るために合流しないと。
隙を突こうと考えてたら、ニヴェール・ウィーギントが勝ち誇った声を上げた。
「さて、第二皇子。まだ生かしておいている理由はわかるでしょう?」
悪役のような、いや、絶対に悪役しか言わないこと言ってる。
つまり、負傷させた警護たちの命を人質にする気だ。
陳腐な台詞でもただ脅しじゃないのは、ファーキン組が守る一人を捕まえて押さえつけた上で、上から棍棒をいつでも振り下ろせるように構えていることからわかった。
だから僕たちも余計なことは言えず唇を噛み締めるしかない。
「この者たちの命惜しくば…………」
「うん? 皇子だす? 皇子いるんでげすか?」
調子に乗ったニヴェール・ウィーギントの脅しを遮る独特の口調。
思い出さなくても浮かぶ秋田犬の顔に、僕はいつの間にか引っ込んでた鼻先のあった場所に向かって叫んだ。
「ヨトシペ! 襲われてるんだ!」
「やっぱりアズ郎でごわす? やるだす! 動いたら危ないどす!」
元気な返事の直後、鈍く重い音と共に明り取りの周辺がばらばらと崩れる。
明り取りは猫が滑り込めるかどうか程度の幅だったからだろうけど、まさか一撃で粉砕して穴をあけるなんて。
「な、なななな…………?」
さっきまでの悪役ムーブを忘れて、ニヴェール・ウィーギントが声を震わせる。
空気を揺らす重い音と、結果として空いた穴を構成する壁の厚さ。
それらを見ればヨトシペの尋常ではない力が一目瞭然だった。
「あーしに攻撃されたくない人はしゃがむでごわす」
「みんなしゃがんで!」
僕の声に従ったのはクラスメイトと、テリーと元宮中警護の騎士。
他は敵から受けた怪我で、最初からまともに立ってなかった。
敵はヨトシペの剛力を見て武器を構えるんだけど、その中でニヴェール・ウィーギントだけが破壊力に怯えてしゃがんだ。
「あーしは戦いは苦手だす。でも争いなら負けないどす!」
瞬間、ヨトシペの姿が消えた。
暗い中で光を反射する目だけが微かに見える。
次の瞬間ファーキン組の一人が、悲鳴を上げる暇もなく吹っ飛ぶ。
その横のファーキン組は、衝撃を受けて空中で横回転すると地面に落ちた。
「な、なんだ!? 何処だ! ともかく止めろ!」
ファーキン組は抵抗を試みるけど、姿を捕らえられないと武器を振っても当たらない。
まぐれで当たっても、振り下ろしたハンマーはヨトシペの腕に逆に弾かれ、剣は毛皮を刃で断ち切れずに滑るだけ。
その間にファーキン組たちは、武器を振る暇も与えられず走り回るヨトシペに轢かれて行く。
「攻撃が通じないだと!? ぐべ…………!」
また一人跳ね飛ばされた。
うん、まるで交通事故だ。
走り抜けるヨトシペを捕らえられず、次に方向転換して接近してきたら、止められもせず跳ね飛ばされていたのだった。
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