319話:競技大会テロ事件4
テロが起きたから、僕はテリーを守らせるためウェアレルを行かせた。
その後、ニヴェール・ウィーギントを発見して追跡。
ただ逃げ惑う人が多すぎる。
「俺に掴まれ! ともかくあの青緑の髪の男追えばいいんだろ?」
一番体格のいいネヴロフがそう言って先頭を走り出す。
僕たちはネヴロフの尻尾に掴まり人に流されないようにしながら、必死で後を追った。
それでも右往左往する人々が容赦なくぶつかって来て、思うように進めない。
「あ、くそ! 見失った。この辺にいたはずなのに…………」
ネヴロフが見失ったのは、入り組んだ路地裏に入り込んだところ。
そこでも逃げる人がうろついてるけど、地元住民しかいない。
「僕が知る限り、少なくとも相手は地元民じゃないんだけど」
「ここは、もしかして墓所の裏当たりか」
ここに来るのが初めてじゃないエフィが、屋根の形を見あげて推測した。
「昔の戦で手柄を立てた者たちを安置した墓所で、たぶん周辺の建物も墓所の付属屋だ」
「つまり、宗教施設の裏側か。そうなると逆に、初めての場所でも造りを知っている可能性もあるんじゃないか?」
あり得そうなウー・ヤーの予想の続いて、イルメが一カ所を指差した。
「あの扉、立て付けが悪いのか開いてるわ。誰かが通った直後なんてことはないかしら?」
確かに裏口らしい小さな出入り口が一カ所、手を差し込めるくらいの幅が開いてる。
ラトラスは近づくと、一つ頷いた。
「うん、俺たちと同じ方向からここに入った人間がいる。これ、お高い香水つけてるな」
姿は地味にしてても日用品はお貴族さまとして譲れなかったとか?
あまりにもらしい手抜かりに、僕はそのままラトラスに匂いを追ってもらう。
辿り着いたのは薪を積んだ物置。
けど、一カ所薪がどけられて、床にある跳ね上げ戸が見えていた。
「地下への入り口…………」
呟いて開けると、うっすら足音が下から響いて来る。
僕たちはお互いに口の前に指を立てて、極力足音を殺して後を追った。
そうして辿り着いたのは、地下通路。
建物の基礎らしい太い木の柱が貫いていたり、空間を支えるアーチ形の石積みがあったりと、入り組んでいて見通しが悪い。
時代と共に埋もれた空間という感じの雑多さだ。
ただ明り取りに、上の建物の基礎に開けられた横長の穴があって視界は確保できる。
逆にこの明るさを頼らないと歩けないほどだから、行く先の予想もついた。
「これはこれは、いかがされましたか? ここを知っているということは高貴なお方と心得ますが」
光に沿って歩くと、行く先からニヴェール・ウィーギントの気取った声がする。
それに応じるのは聞き覚えのある騎士の声だった。
「止まれ、何者だ?」
あの元宮中警護の騎士の側にはテリーがいるはず。
どうやらここは、皇子の避難経路。
闘技場からこの地下に逃げ込める道があったようだ。
他に人もいなさそうだから一般には知られてないんだろう。
レクサンデル大公国側が把握してる、貴人の避難経路ってところか。
ニヴェール・ウィーギントの血筋は帝室だから、避難経路として伝わっててもおかしくはない。
「わたくしは観光に来ただけの者で。騒ぎがあったので怪我を恐れて逃げてまいりました」
警戒しながら進むと、行く手に微かな人影が見える。
ニヴェール・ウィーギントの向こうに金属光沢が光ってるのは、騎士とか警護とかの武器か。
宮中じゃないからか、しっかり武装した人たちが周りにいるんだけど、人数が目に見えて減ってるようだ。
「第二皇子殿下を狙う不届き者が現われた。貴様も仲間か?」
「まさかそのような!?」
ニヴェール・ウィーギントはとぼける。
その様子に、他の者が反応を見るため闘技場騒ぎのことを話して聞かせた。
ニヴェール・ウィーギントは初めて聞いたかのようにおおげさに驚いて見せる。
「それはなんと言う災難。しかしこの先から出ても混乱は収まっておりません。いっそ広がるばかりでしょう」
「どうしますか? ここに一時身を隠しても?」
「いや、入る前に襲われた。ここは把握されていると思うべきだ」
テリーを守る者たちで話し合いがされる。
明かりと共に音も聞こえるから、ニヴェール・ウィーギントの言葉も信憑性があった。
あとこの地下に入る前に襲われたって、それ追い込まれた可能性もあるな。
つまりニヴェール・ウィーギント以外にも敵がいることになる。
「どうでしょう、私も帝国にて領主を賜る身。一旦身をひそめる場所をご提供いたしましょう。ここから地下に通じる他の屋敷がありまして。そこが持ち家なのです」
ニヴェール・ウィーギントは、逃げるテリーたちの保護を申し出る。
帝室に連なる家柄だから、貴人用の地下通路に通じる家を所有しててもおかしくはない。
実際こうして誘導してるってことは、そういう場所があるんだろう。
(つまり、あの闘技場での騒ぎは運が良ければその場で始末。そうでないならここへ逃げるように誘導。逃げた先でテリーを誘拐? なんにしても碌なことじゃない)
僕の推測にセフィラも同意を掌に描く。
同時に、警告の文字が光った。
僕たちは会話を聞きながら、急がず足音を殺すために一度止まる。
息を整えるふりでいると耳のいいネヴロフ、ラトラス、イルメまで反応した。
三人で指を立てるのは、どうやら潜む相手の数。
最低七人、さらに二、三人がいそうな気配らしい。
(これはもうこっそりとか言ってられない。テリーの側にも警戒してもらわないと襲われるだけだ。でもその前に、セフィラ)
僕はセフィラに敵の位置を把握してもらう。
最大人数の十人がいた。
さらにテリーたちの背後に回り込もうと六人が別に動いてるらしい。
回り込まれる前に、僕はあえて足音を立てて近づいた。
「騙されてはいけない。ここで襲う気だ。警戒を」
僕の姿には全員が反応する。
近づいて見えたのは、テリーの周囲には守る者が十二人いた。
その中で、僕の言葉に従ったのは、テリーと元宮中警護の騎士だ。
「彼は大丈夫だ」
「皆、警戒しろ」
「な、なんと、私をお疑いに? このような何処の誰とも知れない子供の虚言で?」
敵が多い以上、ニヴェール・ウィーギントにつき合ってはいられない。
僕はさっさと相手の正体をばらすことにした。
「だったら名乗ればいい。帝都でしていたように、ニヴェール・ウィーギントだと」
「ウィーギント家…………」
帝位を狙うところだし、テリーも聞いたことがあったようだ。
その周囲も敵対的な家名に緊張を高める。
「それと、僕はトライアンの港町で、あなたが瓦解するファーキン組から人員を引き抜き、怪しげな仕事を依頼する現場を目撃している。このことはすでに上に報告してあるから、ここで何かをするならすぐに捜査が入るだろう」
「は、あの時…………い、いやいやいや、で、でたらめを!?」
「あの場に、ユーラシオン公爵令息がいたことを知らなかった? まさかね。なんにしてもあちらも聞いて、お家に報せてある。調べればわかることだ」
ただの事実にニヴェール・ウィーギントは否定もできない。
でまかせで出すには大きすぎる名前に、半信半疑だったテリーの周囲も警戒を始める。
けど警戒すべきはニヴェール・ウィーギントじゃないんだ。
「周囲にすでに十人以上いる。逃げることを優先してください」
「さっきも襲われて、ウェアレル、君たちの教師が助けてくれたんだ。向こうには戻れない」
テリーがそう言うことで、周りも僕たちが誰か確信したようだ。
テリーについて回っているなら最高二回会ってる。
と言っても祭だから異種族も多い。
即座に判別してもらうには、学生のマントでも着て来れば良かったかもしれない。
流れは完全に僕を信用する雰囲気。
察したニヴェール・ウィーギントは下手に出るのをやめた。
「ち、あまり血を見るのは好きじゃないんだが」
お育ちの良さを鼻にかけていたはずのニヴェール・ウィーギントが、舌打ちをして手を上げる。
途端に、暗闇に隠れてた者たちがゆらりと現れた。
その手には剣ではなくハンマーや金属棒と言った打撃武器。
剣が主な武器のテリーの守りを突破するために用意したかのようだ。
正直分が悪すぎる。
テリーが無傷は絶対だけど、他まで守れるかはわからなかった。
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