318話:競技大会テロ事件3
観戦目的が大変な事件に発展した。
立見席の崩壊、選手の凶行、そして狙われたテリー。
立見席の崩壊からして人為的な、明らかなテロ事件だった。
「まだ危険はあるかもしれないので、私から離れないように」
ウェアレルはそう言って、さりげなく僕の隣をキープする。
けど僕は心配で魔法が放たれたボックス席を見つめていた。
まだ周りは狂乱が治まらない。
いや、皇子が狙われたことで余計に高まってさえいる。
対岸の火事だった人たちも、ボックス席が狙われたことで新たな混乱が生まれていた。
「あ…………」
見ていたボックス席からテリーが現われる。
片手を上げて注目を集め、何か言ってるみたいだ。
「無事をアピールしているんだな」
「混乱を治める一助になってくれればいいけれど」
ウー・ヤーとイルメがそう言ってる間に、テリーはボックス席の奥へ消える。
周囲で守りを固める人たちに隠れてすぐ見えなくなった。
「何処に行くんだろう?」
「避難経路があるでしょうから、そちらから競技場を脱するのではないでしょうか」
心配で聞く僕にウェアレルが教えてくれた。
ようやく喋れるようになったラトラスが、震える声で尻尾を自分で掴みながら呟く。
「さっきの奴なんなんだよ。教会がどうとか、公爵がどうとか。それでなんで皇子狙うんだよ…………」
「わけわかんねぇよな。自分が騙されて酷い目に遭ったって、あの第二皇子関係ないだろ」
ネヴロフが頷くのは、どうやら闘技場で叫んでいた犯人の声が聞こえていたかららしい。
すでに犯人は殺害され、その上でセフィラは嘘だと言った。
「二人とも聞こえてたの? だったら何を言ってたか、教えて」
「なんだっけ? なんとか派のせいで、騙されて、家族亡くして、辛かったとか。そのなんとか派の庇護者がいるから、罰されないとか」
「なんとか公爵が偉いのは皇帝のせいで、だから皇子にわからせてやるとか。全然関係ないこと喚いてたぜ」
聞いて思わず眉間に力が入る。
エフィもあやふやな部分が繋がったらしく、二人の言葉を要約した。
「つまり、常道派の何処かの詐欺グループにでも引っかかって辛い目に遭ったが、ルカイオス公爵が常道派と組んでいるから罪に問われない。そんなルカイオス公爵の権勢を支える皇帝に後悔させるために、抵抗もできない皇子を狙ったとでも?」
完全に逆恨みだ。
確かにルカイオス公爵は皇帝である父の後見役。
けどルカイオス公爵が教会派閥と組んでるのは父に関係ないし、テリーだってそうだ。
さらに言えば常道派は教会組織の最大派閥。
中でも質やグループの数はピンキリ。
少なくとも政治に参与するほどの常道派内部のグループが、ただの詐欺集団と懇意だとは思えない。
「つまりまだ、裏がある」
僕の言葉にウェアレルもクラスメイトも息を飲む。
まだまだ周囲は騒がしい。
僕はイルメに気づかれない範囲で答えるようセフィラに聞く。
(セフィラ、最後に選手の様子がおかしかった。理由は?)
(抑え込んだ警備兵が、すでに人質の死を告げたからです)
(…………待って。そのやり方って)
僕は嫌な予感に鳥肌が立つ。
「ウェア…………先生。先生は知り合いですし、第二皇子殿下を守りに向かってください」
「しかし」
「無名の僕らよりも危険です」
ウェアレルからすれば僕も皇子だ。
けどそれを知る者はほぼいない。
ましてや今、目立つ位置にいるのはテリーのほうだ。
テリーを狙う意義はあっても、身分を隠してる僕にはない。
ウェアレルも、僕がまだ危機が去っていないと警戒しているのをわかっていて迷う。
するとエフィからもお願いされる。
「色違い先生、手前勝手な都合ではありますが、レクサンデル大公国で、皇子殿下に間違いがあっては…………」
「そう言えば、第一皇子と仲良しなんだよな? だったらここで助けに行ったら恩返しになるかな?」
ネヴロフの言葉を聞いてウェアレルはきっぱり首を横に振った。
「いいえ、わかりました。私が参ります。あなた方はお互いに身を守ってください。錬金術科に第一皇子殿下は期待していますので、自らの安全を確保し、元気に新学期を迎えるほうが、あの方への恩返しにはなりますから」
ウェアレルはローブの中に隠してた小ぶりな杖を構えて、一度僕たちを振り返る。
「騒ぎが治まったら、安全な場所への退避を。私が戻るまで全員でいてください」
そう言って、ウェアレルは自分に魔法で追い風を吹かせる。
そうして移動速度を上げて観客席を走った。
見送っているとセフィラが小さく告げる。
(この直下にニヴェール・ウィーギントを発見)
(ここでか! 誰といる?)
(一人です)
思わず聞いたのは、犯人がファーキン組に脅されたかつての夫婦をほうふつとさせたからだ。
今僕が知るファーキン組の関係者はニヴェール・ウィーギントだけ。
全く無関係にこの近くにいるとは思えない。
(案内して)
(危険が伴います)
(一人の内にもう捕まえる。そしてファーキン組の場所を吐かせる)
僕の譲らない気持ちがわかったのか、セフィラがナビゲートを始めた。
まず通路は逃げ惑う観客で封鎖されてる。
競技場の中も、崩落の中生きている人を見つけては引きずり出して並べている途中。
「まずここを出よう。そのために、壁を越えるのが早いと思う」
「壁というのは、この闘技場の壁? 確かにここは比較的低い位置だけど」
イルメが言いたいことはわかる。
それでも普通に落ちたら骨折しそうな高さだ。
けどセフィラ曰く、崩れた砦のアーチ部分が残ってるらしい。
そこを足場に一段低い位置へ向かう。
一本橋状態のアーチを辿った先にはもう一段低いアーチがある。
そこまで行けば三メートルくらいの高さになるから、慎重に柱の突起を足場に降りれば無事に地面へと辿り着いた。
「よし、行こう」
「どうしたんだよ、アズ? なんか急いでる?」
疑問を向けるネヴロフに、ウー・ヤーも頷く。
「裏があると言っていたな。何に気づいた?」
「大したことじゃ…………」
「何かあるなら教えろ」
エフィが言い逃れを許さない強さで答えを迫る。
今さら怖気づくクラスメイトじゃないし、行動を一緒にするなら言ったほうがいいか。
それにアズロスとしての経験で語れる範疇だ。
「留学の時、ファーキン組っていう犯罪者組織にソーが捕まったのは知ってる? あれを助けに行ったんだけど、その時に、帝国貴族が一部のファーキン組を連れて逃げるのを見たんだ。そして、その貴族がここにいるのを見てる」
「ファーキン組って、確か第二皇子がルキウサリア訪問した時にも事件起こしてたよね」
ラトラスは入試に向かう時のことを、帝都で聞いたことがあるらしい。
「でも、犯人は宗教関係の怨恨? いえ、それも思えば遠回りね」
「そう、ファーキン組は実行犯を脅して仕立てる。だからあの選手ももしかしたら」
そう話している時、行く先に見覚えのある背格好が見えた。
イルメが近いから掌に熱で報せが来る。
確かめなくても遠ざかる背中がニヴェール・ウィーギントだと確信できた。
「あれだ!」
僕が指差す人物は、派手な羽根飾りの帽子もないし、一見するだけじゃ富裕層の青年にしか見えない。
それでも生まれ育ちの良さは、地味に装っても滲んでた。
自信満々に胸を張る堂々とした動きも、慌てて乱れた周囲からは浮いてる。
けど周辺は混乱とやじ馬で人が多く、見失いそうだ。
人に遮られて姿が見えなくなった瞬間、思いの外近くから声がする。
「くそ、今さらこんなつもりはなかったなんて。これだから田舎者は。王女だというなら大局を見ろ。まだ利用価値があるからいいものの、気分で方針を変えるなんて」
姿は見えないけど、そんなニヴェール・ウィーギントの悪態が聞こえた。
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