317話:競技大会テロ事件2
闘技場では魔法がぶつかり合って弾け飛ぶ。
音と光、さらには水しぶきや風、熱波に土塊と降り注ぐ中で刻々と歓声が高まった。
試合が派手になるほど、選手が真剣になるほど熱狂も広がり強まる。
それと同時に、振るわない選手への激励と苛立ちのヤジも大きくなっていた。
座ってる観客はまだいい。
立っている人がいても、周りが見えないと文句を言えば座るし。
けど立見席は駄目だ。
最初から立ってるし、押し合いも激しい。
そこに来て興奮したら飛び跳ねてさらに騒ぐせいで、もう誰も止められない。
「こっちの柵を乗り越えろ! 石の観客席に行ける!」
状況がわからないのに、エフィは僕の言葉をちゃんと聞いて立見席の足場から逃れる道を見つけてくれた。
僕たちは出口に進めずにいた中、方向を変える。
エフィが先に柵を越え、近くの客から嫌な顔をされる。
それでも気にせずイルメに手を貸して柵を越えさせた。
「うわ!?」
ひときわ大きな爆発に、僕のみならず全員が思わず足を止める。
競技の行われる方向を見れば、高く撃ち上げるように火花が吹きあがっていた。
どうやら大魔法を放つ前に牽制が行われたらしい、これはまずい。
テリーもボックス席の縁に手をかけて見てるし、会場も盛り上がる一方だ。
焦る僕を、前にいたネヴロフが腕を引く。
「先行け、アズ。俺でかいから」
「ありがとう、ネヴロフ」
イルメに続いて柵を越え、振り返って後ろのウェアレルに手を貸す。
瞬間、歓声がうねるように上がり、次いで轟く爆発音の中鈍い音と振動が立った。
「逃げろ!」
僕の声は周囲に呑まれて聞こえない。
それでもウェアレルは、近くにいたウー・ヤーを引き掴む。
瞬く間に木材の立見席は闘技場内部へと傾き、人々が悲鳴を上げて滑った。
その中に、ウェアレル、ウー・ヤー、ネヴロフ、ラトラスの姿が消える。
そうして重みが加わることで、傾斜していた立見席は耐えられず、音を立てて崩落したのは何をする暇もない間。
滑っていた人たちが次々に落下を始め、僕の視界から消えていく。
慌てて下を見れば、見慣れた緑の被毛に覆われて耳が動いてた。
「でも、ネヴロフ!? ラトラス!?」
僕はギリギリ石の部分に上半身を乗せて、片腕にウー・ヤーを引き掴んだウェアレルを押さえながら呼ぶ。
姿の見えないクラスメイトから、返事はない。
エフィと協力してウェアレルとウー・ヤーを引き摺り上げる間も、心臓が早くなる。
もう一度呼ぼうとしたら、イルメが声を上げた。
「いたわ!」
見れば、全身の毛を膨らませて瞳孔を開いたラトラスが、階段状になった観客席の三つ上にいる。
どうやら崩落直前に飛び移ったらしい。
恐怖と混乱で声も上げられないようだ。
けどそうなるとネヴロフは…………。
「…………っぶねぇ! 足場が危ないって言われてなかったら間に合わなかった」
叫びと共にひょっこり一段下の観客席に乗り上がるネヴロフ。
ギリギリ縁を掴んでなんとか体を引き上げたらしい。
その姿に、ようやく危機を脱したという虚脱感が襲う。
「はぁ…………間に、あった。けど…………」
僕の呼び声を届かなくしてたのは、周囲の悲鳴。
さらに危険から逃れようと、周辺の観客は我勝ちに崩落した立見席から離れて走ったり立ち騒いだりしている。
「全員、いますね?」
ウェアレルは教員として僕たちを確認する。
もう周りに観客はおらず、動けないラトラスのところへ行って合流を果たした。
毛を膨らませて瞳孔も開いた興奮状態のラトラスを、イルメは側に座って宥め始める。
すぐには移動は無理。
そう確認したウェアレルは、僕らに動かないよう言って、崩落した立見席を上から覗き込む。
警戒して立った耳に反して、尻尾は垂れたまま微動だにしない。
振り返ったウェアレルは首を横に振ってみせた。
「私たち以外に柵を越えてしがみついた者はいないようです」
つまり、全員下に…………。
そして見る限り助けられる状況でもないようだ。
前世の高さで考えると、三階建てくらいは軽くあったはず。
そこから大勢の人が落ちたとなれば、どうなってるかは考えたくもない。
沈痛な思いはあるけれど、ここで考え込んではいられない。
周りにはまだ恐怖と混乱で騒ぎは広がるばかりで、狂騒は治まっていないんだ。
「すぐに避難を」
「いえ、今行くと通路に詰めかけた人たちに潰される可能性があります」
僕はウェアレルにこのまま待機を告げた。
けどそこにセフィラのいつもどおり淡々とした声が聞こえる。
イルメがラトラスにかかり切りになったからだろう。
(警告、第二皇子が狙われています)
僕はすぐにテリーのいる席へ顔を向けた。
身を乗り出すようにしてこっちを見てるのは、僕を心配してのことだろう。
けど僕はセフィラの警告のほうが重要だ。
こっちを見てるテリーは今のところ周囲に危険があるようには見えない。
狙われているってことは、テリーの側じゃないなら何処に?
「あぁ、競技場の中にも落ちてしまった者がいるな」
「もう試合も続けられないから、選手が救助に動くみたいだ」
ウー・ヤーとエフィは、競技場の中の動きに目を向けていた。
僕も目をやると、確かに崩落したほうへほとんどの選手や関係者が向かってる。
けど一人だけ、テリーのいるボックス席を見あげる選手がいた。
不調でヤジを飛ばされていた魔法使いだ。
腕が持ち上げられ、その手には杖。
そして杖の先にはテリーがいた。
(セフィラ! テリーを助けに行って!)
(主人の安全の確保ができたとは言えません)
こんな時に!?
(だったら! 元宮中警護に僕の声を届けて!)
テリーを守れ。
僕はそう念じてテリーの横の騎士を見つめた。
瞬間、騎士が僕のほうを見て、すぐにテリーに手をかける。
皇子相手に非礼な行動だ。
けど僕の指摘でかつて大聖堂での襲撃を凌いだ相手。
その経験からか動きに迷いはない。
「あぁ!? あいつ何してるんだ!」
気づいたネヴロフの叫びと同時に、競技場の魔法使いからボックス席に向かって魔法が打ち放たれた。
迫る魔法による巨大な火球。
騎士は見ると同時に、テリーを抱き込んでボックス席の中に倒れ込んだ。
音と熱波で状況を知った者たちはさらに悲鳴と怒号を上げる。
(テリーは!?)
(無事です)
騎士の反応が早かったお蔭で直撃せずに済んだそうだ。
体で庇ってたから騎士のお蔭だろう。
その騎士はきっと負傷してるんだろうけど。
申し訳ないと思うと同時に、感謝の念も湧く。
けど問題は選手だ。
何か叫んでるけど、より高まった恐怖と怒りを含んだ周りの声で聞こえない。
でも放っておけず前に出ようとすると、ウェアレルに肩を押さえられた。
「大丈夫です。大会側の警備がいます」
言われて視野が狭くなっていたことに気づく。
確かに魔法を放った選手に向けて棒を持った警備が三人走り寄っていた。
次には選手を棒で打ち据えて倒し、すぐに一人が上にのしかかって押さえつける。
その間も選手は叫んでるようだ。
「ど、どうして皇子を…………? いったい何が起きているの?」
イルメは唖然として呟くのを振り返っていると、僕の耳に、今まで聞こえていた声と何かが変わった。
闘技場に目を戻せば、押さえつけられていた選手がめちゃくちゃに暴れ出している。
しかも今度は殺すという言葉を叫ぶばかりなのが聞き取れた。
「いったい何が…………あ」
押さえつけていた警備が、押さえつけるのをやめて腰の剣を抜く。
そして次の瞬間、テリーを攻撃した魔法使いは喉を貫かれて倒れ伏した。
(ルカイオス公爵を批判していましたが、嘘です)
叫ぶ内容を聞き取っていたセフィラが、嘘だと断じる。
けどその言葉はあまりにも不穏で謎が大きかった。
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