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311話:大公国での密会1

 魔法の五種競技で、エフィは準優勝を果たした。

 だけど入学前のやらかしのせいで、誰にも祝われず。

 それでも形式上試合後の宴には参加させられている状態。


 MVP選ぶみたいな盛り上がりも他所事にしてたら、近づく淑女がいた。

 相手は僕の見知った、ハドリアーヌ王国の王女さまだ。


「これは、ご無沙汰しております。第二王女殿下」


 僕はアズロスとして、ナーシャへ下手に出る。

 けどつい見てしまうのは、つまらなさそうにこっちを一瞥したヒルデ王女の存在。


 たぶん王位継承のライバルであるナーシャが動いたから、様子見をしようとついて来たんだろう。

 そして何ごとかと思えば僕に声をかけたから、早くも興味を失くしたらしい。

 トライアンで会った時みたいに、ソティリオスでも一緒にいればまだ取り繕ったんだろうけど。

 ヒルデ王女は一度廃嫡されたためか、血筋に拘り強いんだよね。

 拘りの上で、目下にはほぼ無関心とくる。


「復学をしたのは秋頃かしら? また学外で会えるなんて思いませんでしたわ」

「覚えおきくださり光栄です。僕のクラスメイトを紹介しても?」

「えぇ、錬金術科の若き才能ですね。試合も準優勝だとか。素晴らしい奮闘でした」


 ナーシャは基本人当たりはいい。

 だからこそ冷たい視線の多いエフィにも、表面上賛辞を送る。

 そしてエフィも、やっぱりそう言われて悪い気はしないようで、頬が赤い気がするぞ。

 騙されるなと言いたいなぁ。


 そんな裏はありつつも、僕はナーシャにクラスメイトを紹介。

 ここで声をかけて来たのは、たぶん密会のお誘いをまた何処かに紛れ込ませるため。

 ナーシャも機会を窺うのか、ソティリオスの様子はどうかと話を振って来た。


(告)

(もしかして、警告か忠告かの略?)


 セフィラがごく短く告げるのは、イルメがいるからだろう。

 そして周囲の祝勝会という騒がしさに、紛れさせるため。


 けど、わざわざ言うってことは必要だと判断したからだ。

 僕はナーシャとの会話の切れ目を見繕って周囲に視線を振った。

 すると、右手に見慣れた制服や軍服が見える。


「あ」


 思わず声を漏らすと、ナーシャもそちらを見る。

 そしてすぐさま膝をかがめて近づく相手にいち早く礼を執った。


 ただ、その間を割るようにヒルデ王女が動き礼を執る。

 その動きの滑らかさと、邪魔をする意図を隠した優雅さはさすがというところか。


「これは帝国第二皇子殿下。お会いできて光栄です。わたくし、ハドリアーヌ王国第一王女ヒルドレアークレと申します」


 すぐに礼を解いて声を上げるヒルデ王女。

 暴君と呼ばれる父に劣らない強気の行動だ。

 そしてそれはすぐに礼を執って声かけを待つ形のナーシャとは対照的。


 血筋の低い皇帝の嫡子に媚びるナーシャ、自国の誇りを示すヒルデ王女。

 たぶんヒルデ王女側からするとそういう風に喧伝するんだろう。

 というかこれ、もし宮殿に来てた時にテリーが対応してたら同じことしてたのかな?

 嫡子じゃない第一皇子はほぼ無視だったし。


「どなたかは存じ上げないが、道を譲っていただけるとありがたい」


 テリーは喧嘩を売られた時の返しもどうやら学んでいるらしい。

 名乗られたのに知らないっていうってことは、非公式に挨拶して知り合いになったつもりになるなという釘差し。

 次に公式の場で会っても、初めましてからだ。


 あと道を譲れというのも、話すほどの相手じゃないとばっさり拒否してる。

 けどナーシャは僕をちらっと見る。

 うん、たぶん後半は普通にテリーのお願いだろうね。

 わざわざ来たってことは、本当にこっちに用があるだけだと思う。


「では、わたくしはこれで」


 不快を表すどころか笑みさえ浮かべるヒルデ王女は、喧伝するための場は持ったから、もう用はないってところか。

 テリーは皇太子でもないし、国外から見ればいつまで皇子を名乗れるかわからない相手。

 父は今もなお、血筋が低い、ルカイオス公爵が主導する、いつユーラシオン公爵にとってかわられてもいい皇帝と見られている。


 生まれからして優勢なユーラシオン公爵に、未だ排除されず帝位に座ってるのは父の努力なんだけど、他から見れば評価に値しないと見られる。

 そういうものだ。

 ヒルデ王女がハドリアーヌ王国でどんな立場だろうと、帝国で誰も取り上げることがないように。


「皆、楽にしてくれていい。今日は祝いに来た。それで、ウェアレル。そちらの方は?」


 テリーが礼を執る周囲に、楽にするよう告げる。

 僕はもちろん、クラスメイトもすでに見てる。

 つまり、テリーが聞くのはナーシャについて。

 ヒルデ王女と違って僕の近くにいることが気になったんだろう。


 対外的にウェアレルに聞いたけど、目顔で僕へと確認を取る。

 そしてナーシャはヒルデ王女とは逆に、礼儀に則って許された後に名乗り挨拶した。

 本当に正反対の姉妹だ。


「帝都へ赴いた際に第一皇子殿下と親しくお話させていただく機会があり、錬金術にいささか興味を持ったのです」

「兄上に…………」


 ナーシャは言って、僕に笑いかける。

 知らない人から見れば、錬金術科の学生に話しかけたことを指していた。

 けど知ってるテリーからすれば、僕の正体がばれてることを明示するようなものだ。

 これは事前に口止めしておくべきだったかな。

 いや、テリーもレクサンデル大公国に行くなんて、留学終わりには知らなかったから無理か。


「今日の試合も興味深かった。ナーシャ殿下もご覧に?」

「えぇ、岩を砕く不思議な魔法。あれについてお聞きしようと、留学の際に知り合ったアズロスに声をかけたところだったのです」


 皇子と王女の会話にいきなり僕が差し挟まれる。

 いや、二人とも僕の正体わかってるから順当なんだけど、ここは選手に聞こうよ。


「実際に成した、こちらのハマート子爵家のエフィに」

「おい、アズ…………!」


 声を低めて、振られたエフィが抗議してくる。

 その顔色は正直悪い。


 あ、そう言えばエフィって第一皇子に喧嘩売って睨まれてたんだった。


「忘れてた」

「おま、え…………」

「ハマート子爵の、説明を聞かせてくれ」


 思わず呟くと、エフィはぶるぶる肩を震わせて声を大きくするのを耐える。

 けどテリーが声をかけたことで背筋を伸ばした。


 迷った末に、一生懸命熱で膨張することと収縮することを説明し始める。

 ただ物質が分子っていう細かいものの集まりだとさえ知らないんじゃ、言葉だけだと伝わらない。


「あぁ、水蒸気と同じことか。ナーシャ殿下、湯浴みで立ち昇る蒸気から熱が広がっていくのはわかるだろうか? それが天井について雫となって落ちて来る時には、水という小範囲に集まって冷たくなっている。それが岩でも起きたというのだろう」

「まぁ、そうでございましたか。第二皇子殿下は優れた観察力をお持ちですのね」

「いや、兄上に水は形と共に性質が異なるという実験をしていただいたからにすぎない」

「そうですか。お聞きしたとおり仲がよろしいのですね」


 エフィが許されて発言する以外はテリーとナーシャの会話に終始する。

 テリーは優勝者にも声をかけるということで、あまり長居をせず立ち去る様子を見せた。


 けど立ち去る前にエフィに声をかける。


「ハマート子爵家のエフィ。兄上を越えると言ったその大言壮語、今も志すならば実現してみせろ。あの方に追いつくことさえ難しいだろうがな」

「は、はい」


 テリーが去ってエフィは、細く息を吐きだす。

 それにクラスメイトがそれぞれ小声で囁いた。


「第一皇子って色違い先生が教えてたんだろ、無理じゃねぇ?」

「本当大言壮語だよ。何言ってるんだよ、エフィ」

「色違い先生は、自分たちがやることにもあまり驚かないからな」

「ヴィー先生も自分より上だと言うし、追いつくことも難しいというのはそうでしょうね」

「あぁ、魔法が錬金術に劣るわけないって言ってたところを、越えるって言ったのか」


 手を打つ僕に、エフィが恨めしげな顔を向けて来る。

 いや、そんなこと言ったっけって思ってさ。

 まさかテリーがあんなこと言うとは思ってなかったんだよ。


 様子を見ていたナーシャも、話は終わったと去ることを告げる。

 けど動いた途端ハンカチを落とした。

 僕の足元に向けて落としたように見えたから拾うと、中に折りたたまれた紙がある。


「どうぞ、ナーシャ殿下」

「ありがとう。また会ったらお話がしたいわ、アズロス」


 紙は回収してハンカチを返せば、どうやら紙に次に会う予定が書かれているようだ。


 テリーとナーシャという上位者が去ると、エフィに寄って来たのはシモスという兄。

 どうやら準優勝に関して親から呼び出しを受けるらしい。

 正直シモスは、いい顔をしてない。

 それでもエフィは何処かすっきりした表情で、それに応じた。


定期更新

次回:大公国での密会2

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― 新着の感想 ―
テリーが立派に皇子やってていやずっとやってるけど更に磨きがかかって素晴らしい ヒルデにもエフィにも一言ぶっこむ強かさも素晴らしい
[一言] ヒルデはずっとバカなんだなぁ。何の能力もないプライドだけ。というか、何かやれよ、ずっとナーシャのフンだぞ。
[良い点] テリーの中では、10歳そこらでたくさんの襲撃者に追われながらも、的確な指示を出しつつ、両手の指で足りない魔法を、顔色を変えずに一度に使ってみせた上、きっちり裏切り者まで特定して、幼い弟たち…
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