310話:大公国競技大会5
五種競技の中で、異質なのが対戦という競技だ。
これはその名のとおり、魔法使い同士が魔法を打ち合って、場外にするか相手を屈服させる。
怪我や後遺症の可能性もあるけど、元が騎士の競技からの流用だ。
そんなの気にしてたら誰も参加しないし、安全基準もこの世界は前世よりも緩く、生きることに厳しい世界だ。
対戦は前四つの競技で得た点数の順番で上位者のみが参加できる。
一応は実力がないと危険すぎるという考えかららしい。
「エフィは逆シード枠か」
「シード枠ってなんだ、アズ?」
対戦の組み合わせ表を見ていた僕にネヴロフが聞く。
僕はトーナメントの勝ち上がりを示す、線でつながれた名前の列の一番端を指す。
そこにはエフィの名前があった。
そして対戦の時間を見れば、勝ち上がってすぐに次の対戦があるんだ。
三回戦では休めても、四回と五回戦は連戦になるように組まれてる。
そして六回戦は決勝だから、勝ち上がっても休みなし。
「ほぼ連戦を強いられて魔力の回復も望めない位置だな」
「え、つまり負けるようにされてるってこと?」
ウー・ヤーにラトラスが慌てた声を上げるけど、エフィ自身は冷静に返す。
「今さらだが、帝国第一皇子にちょっかいかけて、親のみならずレクサンデル侯爵さまの手も煩わせたんだ。子供だから表立って処罰されてないだけで、どの面下げて国の大事な行事に出て来たんだって話だろう」
あれだ、オリンピック選手が不祥事起こしたのにオリンピック出場してるような感じ。
大会側としても問題のある選手に目立たれると苦情が来ることになる。
それでも一応大会の規約に沿う形でやってるわけで、こっちも悪意は見えるけど出場を不当に止められてないからまだグレー。
ルールがある以上、こっちも乗るしかない。
「とは言え、アズのやり方をすれば最小限の消耗で済む」
「あぁ、全くだ。初級魔法なんてなんの役に立つんだと思ってた自分の視野の狭さに今となっては呆れる」
ウー・ヤーにエフィは笑って応じた。
「僕じゃなくて錬金術ね」
「そうだな、俺でも火を興せたり、氷作れたり、そもそも魔力も属性もいらねぇし」
「樽の一つでも持ち込めたら学園でやったみたいなこともできたのにね」
僕が言い直すと、ネヴロフとラトラスが楽しげに話す。
魔法薬は許可されてるとはいえ、重さで試合に持ち込める量には制限があった。
さすがに樽いっぱいのエッセンスとかは無理なわけだ。
「それじゃ、錬金術も捨てたもんじゃないということを精々喧伝してこよう」
エフィは悪ぶるように言って、試合の呼び出しに応えて歩きだす。
僕たちはまた関係者として見守ることになった。
エフィの魔力節約、錬金術込みの魔法戦が始まる。
「これ以上は目立たせるわけにはいかない! 敗北させてやる!」
「調子に乗るなよ! ここでお前は敗退するんだ!」
「どんな詐術を使ったのか知らないが、そんなことで勝ち抜けるほど甘くない!」
「こ、こんなことあり得るか! どんな卑怯な手を使ったんだ!?」
「魔法が負けるわけ! 負けるわけないんだぁ!」
対戦相手の当たりは強いし、なんか昔のエフィが言ってたようなこと言ってる。
それでもエフィは勝ち進んで、一戦ごとに物言いが入った。
けど調べても何しても、現状の規約に違反しない。
逆にエフィには少ないながら休憩の暇ができることになった。
「次の大会では錬金術禁止が盛り込まれるかもな」
決勝戦に進出したエフィが、疲れの滲む声で言う。
さすがに魔力を節約しても限度がある。
何より肉体的、精神的に疲労もしているのが目に見えるようになっていた。
そこら辺も、対戦の出場者たちは魔法薬で自らのメンタルを調整する。
前世だとだいぶアウトなところだけど、魔法の精度に直結するから認められる範囲だ。
それをエフィは錬金術の薬を持ち込むために使わずにきた。
「錬金術なしにエフィの最高点をどう超えるか、見ものだね」
あえて僕は軽くエフィに答えた。
遠当てと障害物では最高点をだしてる。
その結果が自信と精神の安定を、少しだけエフィにもたらしたようだ。
けれど休憩は短くもう呼び出しがかかる。
次は決勝戦。
相手は優勝候補でシード枠。
強いから最初に落ちないように、途中で強豪同士が潰し合わないよう調整された人。
「その詐術が通じると思うな」
「詐術を盲信してる時点で術中なんだろうよ」
相手は完全に、エフィがずるして勝ち上がったと思って怒ってさえいる。
けどエフィはもうそれ六回目だから鼻で笑って流すし、なんだったら言い方が過去の自分を反省するようにも聞こえた。
ただ、それも疲労を押し隠す強がりでしかない。
お互いに魔法を放って、手持ちの薬での強化も行い尽くし、どちらも長期戦なんて想定はしてない試合運びとなる。
それでも粘るエフィに引きずられ、対戦相手も手持ちがなくなり純粋に魔法の打ち合いと化す。
「俺らだったらここで身体強化するな」
「けど、エフィは得意な火の魔法だね」
被毛に覆われた手で拳を握って見守るネヴロフとラトラスに、ウー・ヤーが動きを見て考察する。
「向こうは風の魔法が得意なようだ。人間の魔法はこういう溜めが必要なのが厄介だな」
「ただ感覚狂わされると戻るの遅いよね、人間以外って。良くも悪くも人間は変化に対応できるんじゃないかな」
僕がそう言う間に、どちらも攻撃態勢に入る。
その上で魔力を練って呪文を唱えて確かに狙ってと、集中のために足が止まってた。
ちょっと漫画の大技放つ決めゴマのようだと思ってしまうのは不謹慎かな?
どちらも持てる力で魔法を放ち、ぶつかる。
そして子供と大人の地力の差があったのか、風の魔法が炎を抜けてエフィを対戦競技のフィールドから押し出した。
「惜敗かぁ」
呟く視線の先で、試合が終わってもエフィも相手も動かない。
いや、最後に力を振り絞ったから動けないけど、動かせる口で何やら言い合ってる。
「卑怯な手段で大会を汚して。だから負けるんだ」
「若輩相手にこんな辛勝で言われてもな」
悔しい思いの相手に、エフィは年齢的なこともあって現状で上々と余裕がある。
「少なくとも、俺以上に錬金術に習熟した魔法使い相手だったら、あんたは勝てないことがわかったよ」
「そんな者いるわけあるか!」
「いや、普通に最初から錬金術科目指したクラスメイトがいる。何より、実際魔法使ってる姿を見る限り、あんたは錬金術科の先生より弱い」
「この!」
戦いで頭に血が上ったのか、エフィの何げない言葉に噛みつこうとした。
さすがに審判が止め、勝者として決勝出場者として見苦しいと両者にお叱りがある。
その上で戻って来たエフィに、僕らはねぎらいの言葉をかけたんだけど、当のエフィはなんだか微妙な顔。
そこにお知らせを大声で吹聴する係の人が通り過ぎる。
「これより夕暮れを待って表彰の宴を催します! 出場者の皆さま、及び補助員の皆さまは参加をお願いします!」
「競技の終わりには、競技に出資したパトロンたちがねぎらいで宴を開くんだ。そこで最優秀選手の表彰とかがある」
わからない僕たちにエフィが説明してくれた。
優勝者じゃなく、最優秀と称えられる目立った選手をパトロン側が選ぶんだとか。
とは言え、エフィは国に通じる商人からも迷惑と睨まれている。
けど係の言い方から参加はほぼ強制のようだった。
参加したからにはしょうがなく行くんだけど、もちろん準優勝だからって讃える者はなく、僕らはアウェー。
宿舎でやり合って痛い目見た人いるから絡んでも来ないけど、エフィの微妙な表情はこれを予想してたからか。
「別に気にしない。というか、やってみてわかった。あくまで競技なんだ。ヴィー先生や色違い先生のように実際に、相手を倒して無力化するような気迫も技量も必要はない。派手で、目立って、パフォーマンスで沸かせる。そう言うもんだったなって」
エフィとしては今回のことで、何か自分が目指してたところと違ったと自覚したらしい。
「俺は、もっと成し遂げるための力として、魔法を高めたい。そう、わかった。だから、今回参加できて良かった。みんなにはつきあわせて悪かったよ。それに、もう戻れないってのもよくわかったから、これからはネクロン先生のように我が道を行くくらいの図太さも学んでいくつもりだ」
それはどうなのかと思ったら近づく人が現われた。
警戒ぎみに見るけど、相手は僕と目が合った途端に綺麗なだけの笑みを浮かべる。
「まぁ、以前お会いしましたね。錬金術科のアズロス?」
そこにいたのは再会を約束した相手、ハドリアーヌ王国第二王女のナーシャだった。
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