309話:大公国競技大会4
到着翌日にアクシデントがあって、観光が半端だったのは残念だ。
けど予想外にテリーと話せたし、あのタイミングで動けたのは良かった。
何せ本格的に出場選手の手続きが始まってからが大変だったんだ。
「うわ、提出したこの薬半分持ってかれてる!」
「おい、これたぶん蓋と一緒にラベルが入れ変わってるぞ」
ラトラスが声と耳を上げ、ウー・ヤーが気づいて中身も確認し直す。
僕は手元の画板にペンを走らせながら答えた。
「ともかく確認と記録。それから検査した人の名前確認して教えて」
「なぁ、俺らのところ戻り遅くないか? 他の選手、魔法薬の検査一日で終わるって言ってたぜ」
ネヴロフは宿舎で聞こえたらしい話を口にする。
魔法競技には魔法薬の使用が許可されてる。
魔力回復とか威力上昇とか、魔法の腕の一種として評価されるからだ。
だからまず魔法薬や使用薬品は、調べて許可が下りるのを待つ必要がある。
けどエフィが提出した各種は二日経ってもまだ四分の三しか戻ってなかった。
「そもそも魔法薬じゃないってところだろうが。相手によっては悪意だろうな」
エフィが言うとおり、検査するにしても、半分をだめにするのは多すぎる。
蓋の入れ替えも事故の元だし、検査が後回しにされてる可能性もあった。
「それはそれで相手の不手際を立証できれば、やり返し方はあるか」
エフィは面白くはなさそうだけど、冷静に利用できるところも考えるようだ。
どうも競技大会での不正は毎年必ずあるらしい。
その中には検査員の買収や抱き込みもある。
そのため、競技大会運営側に瑕疵があるとなると、それはそれで償いをさせられる規定がきっちり決まってるんだとか。
始まりが騎士の力比べで、騎士道を重んじる伝統がある。
そのため公明正大であることが求められるので、レクサンデル大公国としても体面のためには厳しくしてるんだって。
「エフィ、こっちは僕たちでやっておく。君はこれから身体測定でしょ」
「もうそんな時間か。悪い、ネヴロフ。同行を頼む」
僕たちは残って、薬の確認を続ける。
エフィは身体測定というか、装備を確認するための検査に行かなきゃいけない。
薬とは別に杖とか防具とかあるから、ネヴロフには荷物持ちをしてもらう。
「身体測定って何を調べるんだろうね?」
二人が出て行ったあと、ラトラスが疑問を漏らした。
「修行の一環で、精進潔斎的なことをする人がいるからだとか聞いたよ」
「自分は、一時的に魔法を違法に強めた者を行動で選別するためだと聞いたな」
僕が聞いたのは過激な修行で断食とかした人を見つけるため。
競技に出たら死ぬってレベルに追い込んでしまった人を事前に止めるそうだ。
ウー・ヤーがいうのは違法薬物みたいなものを使ってる人だろう。
もしくは、地脈の淀みと呼ばれる精神に悪影響を及ぼす地に入り込んで魔力を強めた人を捜すのかもしれない。
どっちにしても見てわかる異常があればアウトらしい。
「再検査で最後まで残らされたぜ」
帰ってきたネヴロフが嫌そうだけど、エフィは想定内って感じだった。
「どうやら俺を辞退させたい奴らが一定数いるようだ。入学前の俺なら、確かにここまでやられれば癇癪を起こしてただろうな」
「自分の国には、男子、三日会わざれば括目して見よという言葉がある。一年前と同じだと高をくくっているようだな」
ウー・ヤーが慰めた後は、ラトラスが報告を聞かせる。
「こっちは検査員が逃げ回るから、アズが見つけて捕まえてくれたよ」
「上の人はまともだったみたいで、検査とはいえ薬半分駄目にしたってことで瑕疵を認めてくれた」
そんな妨害を受けつつ、エフィはなんとか競技大会参加の条件を満たした。
大会当日は、僕たち男子は補助として大会の関係者側で観戦。
イルメとウェアレルは観客席で観戦してる。
そしてエフィは一人、競技場へと進んで行った。
「この五種競技というのは、人間にとって何か意味があるのか?」
見守る中ウー・ヤーに聞かれて、僕はセフィラが拾った話を聞かせる。
「元は騎士がやる五種類の競技で、戦争で行っていたことを競技化したものらしい。古くは馬上の試合で、槍、戦斧、剣と得物を変えて行い、馬を降りてからはレスリング。そして乱戦を模した勝ち抜き戦をやったのが五種競技の起源だって」
それは今や廃れ、馬上槍試合だけをやる形になっている。
けど途中で取り入れられた魔法には、五種競技として伝統が残っているそうだ。
ただ内容は魔法使い用に変更してあるため、レスリングなんてしない。
「遠当て、的中、障害物、競争、対戦ってだいぶ違うね」
ラトラスが魔法使いの五種競技を指折り数えて言う。
ちなみに今やってるのは、最初の遠当ての競技だ。
名前そのまま、遠くにある的に魔法を当てる競技なんだけど、けっこう難しい。
選ばれた選手なのに当たらない人がいるし、届いてるけど外す人もいる。
規定では百歩の距離という弓矢の有効射程を採用してあり、僕の目算としては五十メートル以上、百メートル以下ってところ。
僕の腕だと、単純に魔法だけで当てるなら、五十メートル行くか不安になるレベル。
「お、エフィやったな! ど真ん中!」
エフィの番になってネヴロフが歓声を上げる。
ただ正確に当てる必要があるのは的中のほうなんだけどね。
それでもどうやら加点材料になるらしく、最高点を出していた。
ただ戻ったエフィは手首を掴んで自分の手を見据えてる。
「最初に力を込めすぎた。次の的中は魔力を練る時間が足りないかもしれない」
この競技は連続で行われる。
だから魔法を使う際の魔力の配分も選手に求められる技量だ。
全力で全ての競技に取り組めばいいってものじゃない。
そんなエフィの予想どおり、的当ての競技では真ん中を捕らえることができず、点数は振るわなかった。
「この点数が高いほうが対戦に有利になるんだよね? 大丈夫かな」
「次の障害物は魔法による破壊の競技なんだろう。なら、作戦どおりに行けば問題はない」
心配する僕に、ウー・ヤーはまだ挽回できるという。
作戦は簡単、錬金術と呼ばれる科学を学んで実践するだけ。
障害物は岩をレンガで覆った柱に、さらに木、藁と破壊しやすいものが巻き付けられて立ちふさがる。
それらを破壊して進めるようにすればクリアだけど、岩壊すほどの威力なんて一個人が出せるわけない。
そのためだいたい何処まで損傷を与えられたかが点数として評価される。
けどエフィは最初から錬金術の薬を使用した。
そして火の魔法でできる限りの高温を作る。
青い炎を作り出すことはできないけど、薬を燃料に風の魔法で熱が逃げないよう調整。
そして燃やし続け、最後に急速冷却のため、またエッセンスの薬を使う。
「わ、いった! 岩が割れた」
ラトラスの言葉の後に、会場をどよめきが包んだのは、わからないからだ。
それに冷却も人間の魔法使いだと氷は上位でできないと言われてるから余計に混乱が広がるらしい。
ただこれは、エフィの魔力的な負担は少ない。
やったのは科学的には加熱で膨張、冷却で収縮が起こり岩にゆがみを生じさせて脆くしただけ。
後は自重で割れたから、本当エフィが魔法使ったのは火を出して水を出して風を操っただけで済んでる。
「あ、岩の破壊でまた最高点ついたね。身体強化を使う競走は自信ないって言ってたけど、これは対戦までいけそうかな?」
僕は胸を撫で下ろして様子を見るけど、ウー・ヤーが一角を指差した
「係員が集まってる。また何かあるかもしれないぞ」
「たぶん、成分を調べるだけの検査ではあれが何かわからなかったせいだよ」
一度薬を半分無駄にされて訴え、その時に検査状況の説明をされた。
違法な薬草や毒を含んでないかの検査だけで、その薬が何に使われるかなんてことは調べないそうだ。
そこまでやってるともう検査に時間ばかり取られて、薬の使用期限がくるらしい。
それを解消するには使用可能な薬は指定することになるけど、それだと魔法薬以外を持ち込んでる僕たちに不利。
だからそこら辺は突っ込まなかった。
独自配合の薬持って来てラリる人もいるからだそうだけど、それ以前にどうも魔法薬って魔法使い自身に使うものらしい。
そのせいで魔法の現象を強化するために使われた今回の使い方に疑義が提示されたそうだ。
「大丈夫かな。やっぱり問題にされる感じかな?」
「けど規約何処見ても魔法に薬使うな、なんてなかったんだぜ?」
不安がるラトラスにネヴロフが言うとおり、僕たちも調べて大丈夫だと思ったから持ち込んでる。
そして結果、エフィの使用方法に違反はないとして最高得点がついたのだった。
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