306話:大公国競技大会1
レクサンデル大公国の一都市、ここは競技大会が行われることが街の根幹だとか。
「言ってしまえば大暴れしても近隣に迷惑のかからない田舎だ。古戦場が近い歴史的な街とは言うが、この周辺は何処も古戦場だな」
エフィが案内しながら、結局は競技大会以外に見るものはないという。
「一番大きな闘技場、大闘技場は円形の砦だったものを流用して造られている。他に競技大会の広まりと共に増設された円形闘技場が二つ、中闘技場と呼ばれる。あと昔ながらのレスリングや重量挙げ、観光客向けの催しは六つの小闘技場で行われる」
エフィが言うとおり、競技大会専用の施設が街の面積の半分は占めているようだ。
街道も整備されていて、興業をする商人もいる。
けっこう観光産業もこの世界で成り立つんだという成功例が目の前にあった。
「人が集まればそれだけ喧嘩騒ぎも多くなる。普段より厳しく取り締まりはしている。ただそれでにぎわいに水を差すのも悪手だ。六つの小闘技場は、そうした血の気の多い者が発散するためにも使われる。ちゃんと興行主が明確に名前を掲げている以外の小闘技場には、観戦に行くな。場外乱闘もあり得る」
つまり小闘技場が六つもあるのは、街中で暴れるなという不文律のためにも使われるらしい。
そこなら競技の名目で喧嘩騒ぎも許容するから、金を落とす観光客は巻き込まれるなと。
必要な注意をしてくれるエフィなんだけど、案内される側の僕にも気になることがある。
「選手なのに調整とかいいの?」
「瞑想や使う杖の手入れ、呪文の最終確認。やることはある。だが、錬金術を知ってからは魔法を発動する際のイメージのぶれが少なくなっている」
エフィの答えに、合流したウェアレルが頷く。
「人間の魔法は、他の種族が生まれながらの感覚や身体能力でとらえる魔法の機微を、術式の構成で補う形です。だからこそ呪文が導く工程と結果にずれが生じると、途端に発動しません。錬金術は自ら作り、目で見て、結果を理解してこそずれも少なくなるかと」
ウェアレルなりに魔法と錬金術を関連付けて教えてくれた。
というかそう言う考え、もしかしなくても僕のやり方から想像したの?
前世の家電の感覚で使ってるなんて思わないだろうし、杖や魔法薬で補助して魔法を安定化させることは魔法使いもする。
それに沿えば、錬金術で工程と結果を一致させることは呪文で魔法を使うことと似ているのかもしれない。
「確かに上下に風を起こすなんて錬金術で再現されなければ想定しない動きだわ」
「自分も、氷ができる過程を目で見て、少しコツが掴めた気がしている」
どうやら人間以外のイルメとウー・ヤーも、魔法の精度に影響しているようだ。
それにネヴロフがそわそわと聞く。
「えぇ? 俺もそう言うのないかな? 錬金術で魔法強めるの」
「ネヴロフは十分強いし、身体能力は元の能力なんだから無理だって」
ラトラスはそう言うけど、そうでもないと思うよ。
「体が何でできているか、どうすれば強くなるか、強くするために必要なものは何か。それを理解すればできるよ」
全員がこっちを見る。
ウェアレルの耳が下がってしまっているところを見ると、これは魔法使いにとってとても断言できるようなことではないようだ。
前世のスポーツ選手の特集とかで、何処を鍛えるとか、心肺機能強化とかそう言うのを考えたのが悪かったかな。
「あー、えー、ここだと実験できないし、学園戻ってからね」
前世のことは言えないし、スポーツの生理学だとかも詳しくないから言えない。
ここは力学で誤魔化すか?
前世で見た理科実験に、単三電池と腕相撲をするというものがあった。
マネキンの腕をつけた小さな円盤を、単三電池で動くモーターで回転させて腕相撲のように動かす。
直径三十センチくらいの小さな円盤だと成人女性でも勝つくらいだった。
けれどそれを直径二メートルの円盤に付け替えた途端、成人男性でも勝てなくなる。
回転と力の加わる効率に関する力学の話だ。
「また何か変なことをする気か、お前は」
「大丈夫、大丈夫。っていうか、エフィ。言い方が酷くない?」
この回転に対する力学は、ワイヤーで天の道作ろうって時にテスタたちにも言ったことだし。
それにこの世界には時計塔がある。
つまり歯車なんかの回転にかかる力の変化は、一部で知られた知識のはずだ。
錬金術科の学生に教えて問題はない、はず。
僕がそんなことを考えていると肩がぶつかった。
「申し訳ない」
咄嗟に謝った途端舌打ちされたんだけど、相手のほうが僕たちを見て身を引いてた。
僕にも見覚えがある相手は、ラクス城校の魔法学科の学生。
しかも僕とネヴロフごとエフィに魔法を放とうとした卑怯なやり口の生徒だ。
「逃げたな。しかし、気になる表情をしていた」
「絶対碌なこと考えてない顔だったよ」
ウー・ヤーとラトラスが言うとおり、陰湿な笑みを浮かべて走り去った。
それに入学前からの知り合いのエフィが渋面になる。
「まずいかもしれない。地元だからあいつでも使える人数は多い」
やらかして怒られたけど、第一皇子に手を出したというエフィよりも処遇は軽い。
現状、同じ地元でも味方が少ないのはエフィのほうらしい。
観光を続けるかどうかを話している内に、卑怯者の学生は戻って来た。
連れているのは二十代くらいの青年だ。
「シモス兄上」
「またか、エフィ。問題を起こすなとあれほど言ったのに何もわかっていないのか」
エフィが呼びかけると、どうやら兄らしいシモスは顔を顰める。
しかも何を言われたのかすでにエフィが悪者扱いだ。
ただその短いやりとりで、イルメは溜め息をついて学生を見る。
「これならアクラー校の魔法学科で負けて悔し泣きした学生のほうがまだましだわ」
「確かに。錬金術に負けるってわかってるから卑怯な手しか使わないんだもんな」
ネヴロフにしては棘のある言い方なのは、一度卑怯な手段を取られたからかもしれない。
そして錬金術を引き合いに出された途端、学生が声を上げた。
「俺は負けてない! 負けたのはそこの恥さらしだ!」
「勝負が終わった途端、勝った側を背後から魔法で襲うことは卑怯と謗られ、負けたも同然とみなされるだろう」
エフィもさすがに反論する。
ただシモスは反省しろと言わんばかりに睨むだけで、エフィの言うことを歯牙にもかけない。
僕が仕掛けたこととはいえ、よほどハマート子爵家は煮え湯を飲まされたようだ。
というか、よく考えたらエフィの件でレクサンデル侯爵派閥のほうも動いてる。
そこに嫡子の第二皇子であるテリーが公式訪問してる今、これは僕の件の落とし前含む外交なのかもしれない。
そうなると確かにやらかしたエフィに競技大会参加は嫌がられるし、反省してないともとられる。
ただエフィもこれを逃すと、魔法使いとして認められる場に出られる機会は得られない可能性があった。
(ここはエフィに悪いけど、テリーが外遊する実績になってくれたと思っておこう)
掌に熱を感じて見れば、ここで大公国側からの失態を引き出すことで、錬金術が魔法に勝るとも劣らないことを、とかセフィラが訴え始めた。
そんなことする気ないので掌握って無視をする。
「負けていないというなら、今ここで俺とやり合うか? それとも錬金術科なら勝てるとでも思ってるのか」
エフィが受けるとは思っていないやる気のなさでそんなことを言った。
もともと上からものを言ってた相手で、ガキ大将的に同年代を押さえつけてたエフィ。
そのせいか顎を上げて見下すようなしぐさが妙に悪役っぽい。
言われた学生もエフィには魔法で敵わないとわかってる。
だからってイルメやウー・ヤーも一対一では無理だし、ネヴロフはあからさまに大きいし、ラトラスの俊敏性も見ている。
「うわ、こっち見た。消去法かぁ」
「今持ってるものだけで勝負だ! 錬金術なんかに負けるわけない!」
僕は確かに道具を使う以外は見せてないし、魔法の威力もバリエーションもエフィには劣る。
「魔法苦手なんだけど、しょうがないな。小闘技場で力比べならいいんですよね?」
僕はシモスにあえて許諾を求めた。
学園の学生のほとんどが王侯貴族の子弟だから、シモスも僕にはエフィほど強くは当たらない。
「何があっても、学園とは関係のない個人の力比べだ」
「えぇ、私は観光ついでに応援しましょう。もちろん危険があれば大人の務めとして救護しますが」
予防線を張るシモスに、ウェアレルが笑って答える。
「よりによって一番厄介な奴に…………」
大人たちを横目に、エフィがそんなことを呟いてるのが聞こえた。
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