閑話60:ネクロン先生
錬金術科の講師になって初めての冬。
俺が在学していた頃には、休業中に学内施設を使う際にはずいぶんと制限があった。
だがアクラー校に移った錬金術科では、担当者の意向で申請すれば使用可能らしい。
そこに文句はないし、今の内にやれやれと言いたいくらいだ。
だが、教員が必ず見守りってのはぬるい。
子供だって火傷して火の危険さを学ぶ。
王侯貴族だって学園でなけりゃ、火の危険性を身をもって学ぶこともないだろうに。
「で、あいつらは何してるんだ?」
「ネクロン先生、自分で課題を出しておいてそれはないでしょう」
手ぬるい決まりを作った赤いほうのヴィーが、責めるように言って来た。
そして緑色の髪以外そっくり同じウィーが確認してくる。
「例の課題は、完全に結果で評価をされるおつもりですか?」
こいつら双子で、同じ職場にいるなんてのはどうでもいい。
ただ、教師でありながら所属学科のない状態で許されているウィーは異質だ。
ヴィーは順当に担当押しつけられた若造でしかないがな。
ウィーのほうは帝都へ行って、第一皇子の家庭教師をしていたらしい。
今は辞めているはずが、その下を離れないし、こうして第一皇子の趣味だという錬金術に関わる学科の定例会議にも顔を出してる。
何が目的なんだか。
「結果が出せるとは思っていない」
言うと途端に双子がそっくりに眉を顰めた。
「それはやる気を削ぐんじゃないか?」
「元より難解な錬金術であえて課題にしたと?」
不安に思うのはわからなくもないが、俺にだって言うことはある。
「この先、レシピがあっても再現できない、そもそもレシピがない、不完全、間違ってる。そんなことは雨のように襲い掛かって来る」
俺が教わった錬金術は八百年前、この地で生まれたという。
だが実際八百年前のままでは伝わってない。
竜人の国のほうに行けば、全く違う形になっているし、言語も違ってしまっている。
発展がなきゃ潰えるし、適応がなきゃ淘汰されるんだからそれはいい。
ただ残っていても隠された状態の錬金術を今からこの先も続けるのは並大抵のことじゃない。
だったらレシピもある、実物も作れる、そんなお膳立てされた状態で、自分の腕と知識が足りないだけで折れるようじゃやっていけない。
「早い内に諦めさせて、金をもっと有意義に使わせるのも一つの教育だろ」
「いや、そんな乱暴な。金払って学びに来てるのに」
「やり方が悪意的過ぎることが問題ですよ、これは」
ヴィーは別の思惑を疑い、ウィーは失敗前提に対して文句をつける。
まぁ、どっちも正解だ。
「わからないとなれば伝手を使ってでも調べればいい」
「それは、学外にでもということか、ネクロン先生」
「あれはドワーフの技と聞いてますが、いいのですか?」
どうやらドワーフの偏執的な秘密主義知ってるらしい。
あいつら技術生み出しても隠してしまい込む。
同じドワーフの、しかも選ばれた者とかいう奴にしか技術を教えないとくる。
「おうおう、どんどん流出させてやれ」
俺が本音を言えば、揃って困惑した。
ただウィーのほうが警戒する様子で口を開く。
「そう言えば、ネクロン先生は一度ドワーフの国から指名手配をかけられていたとか」
「何? そうなのか。初めて聞いたぞ」
ヴィーが知らないとなると、学園で調べたわけじゃないようだ。
「城のほうから聞きました。距離があるにしても、実績を作ったネクロン先生はもっと早くに招くべきだったのではないかと聞いた際に」
「ま、王侯貴族の通う学園に、犯罪者扱いされた平民を呼び込むことはしないだろうよ」
俺はウィーを見据えるが、気づかないふりをされた。
俺が今呼ばれたのは、どう考えても第一皇子が留学していることと関係がある。
実は講師の名目で、ついでに第一皇子にも教えろとでも言われるかと思っていた。
だが実際のところ第一皇子からの接触はない。
ただウィーが授業の様子は報告している様子はある。
「俺が指名手配された理由はそのレシピだ。借金で首の回らなくなったドワーフに、せめて質に入れられるものを寄越せと言ったらあのレシピだったんだよ」
実際は質草になりそうなもん盗りに行かせたんだが、やったのは借金作ったドワーフだ。
「で、再現が難しい。しかもようやくできたところで、ドワーフのほうも盗まれてることに気づくくらい放置してたレシピだ」
「それはまた、勿体ないことを。いえ、まぁ、技術があっても理解できる者がいなければ仕舞いこまれる例はあるでしょうが」
ウィーは呆れたように言ったが、すぐに何かに思い当たった様子だ。
ヴィーは気にせず、俺が指名手配になっていたことを聞いて来た。
「それで、共犯として指名手配になったと? 今はもう手配されていないよな?」
「いや、賠償金にレシピの全回収、さらに返却と同時に作った物も寄越せと馬鹿なことを言って来たから尻を蹴って追い返した。で、俺自身が指名手配だ」
まぁ、こっちも買い直せと言ってふっかけたがな。
ドワーフのものだ、ドワーフしか得てはいけないものだとうるさかった。
だから商談もできない奴は客じゃないと追い返し、結果、国からの指名手配だ。
「だが、俺はドワーフの国に行く予定もなかったからな。なんの問題もない。一時期はドワーフの国々全体で指名手配されたが、手配を解いて俺と取引しようとする国が出た。そこから焦った奴らが次々に指名手配を解いたってわけだ」
奴らは頑固でわからずやだが、一カ所が崩れると石垣や堤のように一気に瓦解する。
「今まで学園に雇われず、と言っても、それで困りもしなかったでしょうが」
「俺としては、ネクロン先生が来てくれた分余裕ができたからな」
呆れるウィーに対して、ヴィーのほうが切実な呟きを漏らす。
実際一人で抱え込むには無理な状況だ。
学科一つで年間通してどれだけの事務仕事があるか。
それを一人でこなして毎日学生の授業も行い、最低限共通科目を学習させた上で錬金術も教える必要があると来る。
できないと諦めるには経験が足りなかったのは、若さだな。
俺はできないことはできないと見切りをつけて、できる奴に回すか、できないこと自体を切る。
そういう損切りの仕方を知らなかったんだろう。
「まぁ、そうであれば、あのレシピは第一皇子殿下にお伝えしても?」
広めろと言ったせいか、ウィーがそんなことを聞いて来た。
「…………第一皇子は金になりそうだな」
言った途端、柔和そうだったウィーの顔から表情が抜け落ちる。
完全に敵認定だな、こりゃ。
「はん、重症だな。金で繋がってこそ人は動くし動かせる。今のままだと第一皇子も錬金術から離れることになるぞ」
だが俺の忠告に、ウィーは何処か誇らしげに笑みを浮かべた。
「その点はお気遣いの必要はありません。あの方の腹案が幾つあるのか、私にも把握できないほどですから」
つまり、すでに第一皇子は動いてるらしい。
まぁ、留学して一年動きがないようにも見えたが、俺を呼んだりルキウサリア王国が全面的に世話したりしてるんだ。
何かしていなければおかしい状況が揃ってる。
それは錬金術に関わるはずのことで、国が動くならやはり、師匠が言ってたあれか。
問題は、俺にこのウィー以上の伝手がなく情報もないこと。
第三第四皇子が投光器で動く絵を見てすぐに理解したことを思えば、教えた第一皇子はそれ以上だろう。
あの投光器でさえ興業として整えられそうだが、第一皇子は国と通じて何かをするようだし、相応の額が動くはずなんだが。
「おい、何隠してるんだ、ウィー」
「お前には教えられない」
「なら俺はどうだ?」
双子で言い合うのに口を挟むと、ウィーは首を横に振った。
「あなたはもっとだめです。素行が悪くて噛ませられない」
おいおい、そんな学生の素行評価のようなことを言われるとは思わなかったぞ。
「ふん、よほど第一皇子はお上品なんだろうな」
「…………えぇ、はい。まぁ…………」
「おい、せめてこっち見て言え。噂どおりのとんでも皇子か?」
「いやぁ、俺が話を聞く限りじゃ、噂とは全然違うと思うんだが」
ヴィーも反応のおかしさに首を捻る。
そんな双子の言葉を無視するようにウィーは咳払いをした。
「さて、雑談もそろそろ切り上げましょう。今日は入試に関しての報告があります」
逃げやがった。
だが、講師をするにしても入試に関しては無視もできない。
今はまだ、真面目に教員をやっておくとしよう。
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