299話:サラマンダー4
休みになったけど、僕は学園にほぼ日参していた。
ただこれは僕だけじゃない。
錬金術科のクラスメイトはもちろん、他の先輩たちも登校し続けてる。
そしてルキウサリアに残ることを選択した学生たちも、基本登校を続けていた。
で、雪が積もるこの国で、冬場に大変なのは除雪作業に従事する人たちだ。
「ご苦労さま」
登校する道を除雪する人物にそう声をかけた途端、全身を強張らせてしまった。
僕は声をかけたことを申し訳なく思いつつ、反応を待たずに歩きすぎる。
いや、だって…………登下校を見守るはずの人員が、午前に降った雪を除去してたら。
声かけくらいしたくなるのは日本人的人情だ。
(やっぱり困ってる?)
(主人に認識されたため、仕事から外されると諦めています)
おっと、これはたった一言が大変なことになってしまうようだ。
善意のつもりが、相手は隠れてた人だったから裏目に出た。
後で、屋敷からルキウサリア国王に今日のことを知らせて、処分なしでお願いしないと。
うーん、自分でやること増やしてるよ。
そんなことがあって、僕は学園に着くと、アクラー校の校舎の横から湖近くの開けた場所へ向かう。
すでに何度か実験に使っているし、僕がロムルーシに行ってる間も使ったという。
そのせいか炭の跡らしい黒ずみもある。
「あ、アズが来たぜ。おーい、アズで最後だ。急げー」
ネヴロフが楽しげに被毛に覆われた腕を振る。
ただ周囲のクラスメイトは様子が違う。
みんな水辺の近くという、這い寄る冷えと戦って縮こまってた。
ネヴロフの、あの高山で生まれ育った毛皮は伊達じゃないらしい。
「寒いのに待たせたみたいだね」
「いや、俺から言い出したことだから、謝るなら俺だな」
縮こまってたエフィが背筋を正して応じる。
今日は手合わせを予定していたんだけど、まさか午前中に雪が降って冷えるなんてわからなかった。
前世の的中率低いなりに当たりはする天気予報が恋しい。
一応天文の専門職が天気予報するらしいけど、皇帝とか偉い人の行動のためにするから、一般に知らせるようなことしないんだよね。
「で、イルメは何してるの?」
「寒いから効率的に暖を取れる方法を取っているわ」
「俺の毛皮ぁ」
イルメはネヴロフの蔭で、ラトラスを片手に抱えたような状態でいる。
ラトラスは毛皮目当てに動けないよう掴まれているので不満らしく尻尾が揺れてた。
ちなみにラトラスを挟んで反対にはさっきまでエフィがくっついてた。
毛皮はちゃんとあったかかったようだ。
「気候はどうしようもないし、日を改めるべきかもしれないね」
「えー」
僕にネヴロフが不満の声を上げると、エフィは少し考えて首を横に振った。
「いや、いっそ不利なこの状況だからこそ、試してみたい」
「アズと一緒に作った何かに、そんなに自信があるのか」
そういうウー・ヤーは、海人で寒さに強いから平気な顔してる。
ただ雪が降って乾燥したのか、保湿剤を塗り直してたから今まで無言だった。
「俺たちに魔法の練習任せて、実験室でこそこそしてたもんね。入るなって言うし、何してるかも教えてくれないし。さすがにそろそろ知りたいな」
ラトラスはようやくイルメから解放され、伸びをしつつ延期に反対する。
僕たちは青トカゲと実験をしていたから、まぁ、秘密にしてた。
エフィは魔法に有利な錬金術素材を手に入れるため、僕は精霊と錬金術の関係を観察実験するために。
それでだいぶ熱中してたんだよね。
イルメに気づかれないためにも、こうして手合わせをする時まで秘密だと言って誤魔化したし。
「まぁ、寒さが厳しいと動きも鈍る。何よりエフィが得意とするのは火属性。だったらさっさと始めたほうがいっそ温かくなるかもしれないな」
ウー・ヤーが言うとおりの結果が期待できる限り、僕たちも否やはない。
そしてチームわけは二対二。
僕とエフィ、そしてウー・ヤーとネヴロフだ。
余裕があったらイルメとラトラスとも手合わせをする。
「さぁて、やるか」
「想定は人間相手でいいんだな?」
ネヴロフはあんまり考えてない様子で、遊びの延長くらいの勢い。
ただウー・ヤーは、ちゃんと特訓として意識してくれているようで確認してくる。
つまりレクサンデル大公国での競技大会用。
そこで魔法を競う相手は人間でいいかと。
たぶん海人が選択肢にあったら、この場合水に引きずり込むとかあるんだろう。
もしくは自ら水流作ってそれに乗って行動するとか。
なんにしても人間にできない動きで、それをしないようウー・ヤーは確認した。
「では合図を出すわ。用意…………始め!」
イルメがまたラトラス捕まえて暖を取りつつ、合図をくれる。
もちろんそんなの気にしてられないから、僕は合図と共に用意しておいた粉末に、手袋をした手を突っ込む。
「まずはアズだな!」
「僕に攻撃力はないって知ってるのに?」
「自由にさせているだけ、余計な仕込みをする気だろう?」
即座に正面をネヴロフ、側面をウー・ヤーに押さえられる。
けど僕が先に狙われるのは想定内だ。
「仕込みがなくても仕込めるんだけどね。忘れてない? 僕も魔法は使えるんだ」
言って地面に大量の小石を魔法で表出させる。
足場が悪くなり、戦う型がきちんとしてるからこそ立て直す選択をしたウー・ヤーの動きが一歩遅れた。
村では裸足だったけど、ルキウサリアでは靴を履いて生活してるネヴロフは気にせず突出する。
僕はそんなネヴロフに粉をばらまき目つぶしと煙幕に使う。
自分から突っ込んだネヴロフは、持ち前の恐れ知らずな性格で怯まない。
けど、それは悪手だ。
「…………熱!? なんだこれ! チリチリする!」
「粉は毒か!? 洗い流すぞ!」
さすがに目は庇ったけど、鼻や口についた粉にネヴロフは慌てた。
ウー・ヤーはすぐさま水をネヴロフに被せる。
雪が降った後ということもあって、目の前で水を被るネヴロフの姿に僕が震えてしまう。
けど、それも想定済みなんだよね。
「あー!? 毛の奥までチリチリする! 全身チリチリ熱い!?」
「残念。水よりも重い鉱石の粉末だ。水をかけても浮かないから、逆に水の重みで毛の奥に押し込まれたんだよ」
自分のせいで味方を動けなくしてしまったウー・ヤーは怯む。
ネヴロフは正体不明の不快感に地面を転がって粉を取ろうとし始めた。
そうなるともう隙だらけ。
僕が何をするか知ってたエフィは見逃さない。
「はぁ、俺だと止められなかったネヴロフの勢いがこうも簡単に殺されるとはな」
「しまった!」
ウー・ヤーは後ろに回り込んだエフィに、生家の訓練の賜物か反応はする。
生み出した魔法の水も、十分エフィを押し戻せる量だった。
「な!? 水が熱い!」
けど、水の中には空気に舞う、今もネヴロフが舞い上がらせている最初の粉末が入っている。
含まれたことで、ウー・ヤーの想定とは違う温度に驚いて、魔法で作った水は制御を失い落下。
同時にエフィが杖を突きつけてあっけなく終わる。
「魔法勝負って結局驚かせたほうが勝ちだと思うんだよね」
「違う…………俺の知ってる魔法の技術を競うのとは、違う。違うんだが…………魔法の制御を誤らせるのは、魔法使い対策の、定石だ」
勝ったのにエフィが不満げに言ってる。
定石に沿った勝ち方なのに、何が違うんだか。
いや、僕も魔法使い同士の戦いなんて見たことないんだけどね。
「あ、熱くなくなった。アズ、なんなんだこの粉?」
「魔力を通すと熱を発するよう仕込んだ粉だよ。ちなみに魔力を通してたのはエフィ」
「いちおう、もっと魔力を込めれば一瞬だけだが発火もさせられるんだが。その必要もなかったな」
「完全にはめられた。だからアズを押さえようとしたんだが、それもさせてくれないか」
ウー・ヤーも不満そうなのは、ホッカイロの中身みたいなのに負けたからだろう。
「まだ他にも作ったものはあるし、もう一度やろうか」
そんな僕の言葉にそれぞれが気を取り直して、次の準備を始めたのだった。
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