297話:サラマンダー2
精霊らしき青トカゲを見つけた翌日。
学園はもう冬休み。
だからちょっと教師であるウェアレルに直接お願いするって形で、実験室を朝一で確保してもらう。
そしてそこに、魔法の練習をするということでやって来たエフィを連れ込んだ。
「それでは一時間後に様子を見に来ますので、ルールを守って実験を行ってください」
「はい」
ウェアレルは他の仕事があるという名目で退室。
魔法をすると思って、外で運動できる服装をしていたエフィは困惑してた。
「今度は何をするんだ? 練習につき合ってもらうからには実験に手を貸してもいいが」
「いやね、練習って結局は僕の手の内を学ぼうってことでしょ? だったら実戦必要ないと思って。それより、僕が使う錬金術の道具一緒に作って試すことしたほうがいいと思うんだ。僕経験もないから、戦略組み立てるのもエフィなんだし」
僕はそれらしいことを言って丸め込む。
「魔法を正面から打ち合うようなことは、イルメやウー・ヤーに手伝ってもらって、身のこなしなんかはラトラスとネヴロフ。じゃあ、僕ができるのは幅を広げる手伝いってことだと思う」
「まぁ、一理あるか」
エフィが頷いたことで、僕は素材を保管した棚を開ける。
危険物はないから鍵はない棚だ。
けど管理のため、使ったら書きこむ紙があるので僕は選んで一つ取り出す。
暗紅色とでもいうのか、透明感は少しあるけど宝石というには輝きの足りない鉱石。
「ただの石、が錬金術科にあるわけないか」
「いや、ただの石だよ。特性としてはすごく硬いんだ。鉄製品並みだったかな? マグマの影響を受けて形成される鉱石だよ」
財務官が来てから手に入れた、鉱石の図鑑に載っていた紅柱石だと思う。
ルキウサリア周辺では産出されないそうで、輸入品だからこうして管理はされてる石らしい。
エフィにも見えるように石の作業台に置くと、もともと魔法学科だったエフィはすぐに気づいた。
「なんだ? 石の表面に足跡? 爬虫類のような先の丸い…………」
言って、エフィは昨日戸を開けて閉めた錬金炉を見る。
その間に僕は必要分を砕いて分割。
重さを計ってどれくらい使ったかを記帳した上で大部分を棚に戻した。
「おい、アズ…………」
エフィに呼ばれて振り返れば、錬金炉の戸から、口をかぱっと開けたトカゲがこっちを見てる。
害意があるようにも見えない間抜け面と大きさなんだけど、金属でできた錬金炉を体の半分が貫通してた。
もはやこれ、お化けだ。
「じゃ、この鉱石粉末にしようか」
「いいのか、あれ!?」
「落ち着いて、エフィ。ヴラディル先生がいうには、不思議なものを見て実験すると、いい結果が出やすいらしいよ」
「よくわからないものに…………って、近づいて来た!?」
エフィは大慌てだけど、青いトカゲは音もなく、動いた様子も見せず石の作業台の縁から口を開けたままこっち見てるだけ。
というか、この鉱石使えって指示したのはこの青トカゲなんだよね。
環境的に次はこれ使ってほしいそうだ。
前世では魔法がなかった。
けどこの世界にはある。
だから前世だと宝石に加工する以外に使い道なかったただの鉱石でも、属性というものがついてるんだ。
この石は火の属性を持つ石で、属性のあるものを使うことで、反応を良くする触媒にできるらしい。
「これ使って火属性の魔法を防ぐ護符を作るよー」
「進めるな! 説明をしろ! どうせ何かしたんだろ!?」
言いがかり的な根拠もない発言なんだけど、正解です。
「いやぁ、こっそり意思疎通図ったらできたから手伝ってもらうことになってね」
「どうやってトカゲと!?」
「いや、これ火の精霊だよ。たぶん。サラマンダーって知らない?」
「知っている。火の魔法をより強く、魔力の消費を抑えることを助けてくれると言われている。人によっては対応する精霊の護符を持って魔法の威力向上を祈願したりするらしい」
「あぁ、魔法でもそういうのあるんだね。錬金術でもあるんだよ。それで、ヴラディル先生も言ってたでしょ? 錬金術科にはごくまれに精霊が見られたって」
「どうして錬金術なんかに?」
「それは魔法なんかに手を貸すのと同じ理由じゃない?」
青トカゲを見ると右前脚を石の作業台の縁に出す。
「はいだって。いいえだと左脚出してって言ってあるから」
「本当に精霊なのか?」
青トカゲはまた右前脚を出す。
「なんで口開けたままなんだ?」
「はいかいいえで答えられるようにしないと。口開けてるのは、この鉱石の粉末が欲しいってことでいいんだよね?」
青トカゲは右前脚を出す。
「こっちの言うことはわかる。けど向こうは喋れない。だからこのやり方しかないんだ」
「…………ホーンブック。あれは本当に精霊と交信するための道具だったのか」
エフィが何かに気づいた様子で呟く。
「ホーンブックって何?」
「古い教科書代わりと言われる手鏡のような板だ。昔はその板に学習内容を示した紙を張って、暗記するために読んでは伏せて見えないようにして覚えたとか」
どうやら紙や印刷物が今以上に貴重だった時代に使い回すためにできた道具。
そしてそれが魔法の普及と精霊の存在によって、魔法を強化する夢を追い、精霊と交信するための道具へと変化したそうだ。
「うちにも一つあった。けど精霊と交信するためじゃなく、本当に古い道具ってだけで。ホーンブックが精霊と交信するための道具だというのも、迷信だと言われていたし」
言いながら、エフィは見たことない僕のために絵に描いて見せる。
見た目は手鏡というより、日本人的には柄の短い羽子板、もしくは木製の大根おろし。
そこに一文字ずつ書いた列や、数字の読み方を書いた列、さらには例題のような文章を書いた列と書きわけられていた。
確かにこれは教科書代わりの道具っぽい。
けどこれを精霊との交信に使ったってつまり?
(こっくりさんじゃん)
(未知の言葉。仔細を求める)
(前世の降霊術で使われてたもので、霊に質問して答えてもらうための用紙だね)
好奇心を押さえられないセフィラに答えつつ、僕は実際にはやったことはないけど、うろ覚えでこっくりさんの紙をこっちの言葉で書く。
(あ、鳥居描いちゃった)
(鳥居とは?)
(神さまの家の入り口? この場合は霊がやって来る入り口ってところかな?)
って言葉にせず言ったら、青トカゲがするっと鳥居の上に座る。
(これさ、もしかしてセフィラと同じように、僕が何考えてるかわかってる?)
セフィラに聞いたはずが、青トカゲがはいと書いた文字の上に移動。
これは完全にわかってるなぁ。
そしてトカゲは文字の上を歩いて、右前脚で文字を叩いて行く。
「…………早くちょうだい」
僕は読み上げるエフィと顔を見合わせて、ともかく鉱石を砕いて粉末にする作業を開始する。
「錬金術科は精霊を活用するなんてことをしていたのか」
エフィはゴリゴリ粉末作りをしながら呟く。
すると青トカゲが、初めて、と文字を叩く。
「やっぱりこんなこと考えるのはお前じゃないか、アズ」
「いや、その、精霊の話聞いた後だったし。だったらちょっと手伝ってもらえるならって思うでしょ」
「だからっていきなり魔物かもしれないトカゲと対話を試みるな」
「あ、対話で思い出した」
話を逸らす僕に、エフィは嫌そうな顔。
青トカゲは気にせず乳鉢の周りと言わず中にも入って上機嫌にうろうろ。
「サラマンダーのこと、イルメに言わないでね」
「何故だ? 精霊信仰の聖女のような家系と聞いているぞ」
「うん、だから。精霊と錬金術が関わるって話から、精霊を見つけるために錬金術科に入ったんだ。今言うと、魔法の練習も休みの課題も放り出してしまうんじゃないかな」
「な、るほど。それは困る。よし説明も面倒だ。ここだけの秘密にしておこう」
エフィは眉間にしわを寄せて頷く。
「使えるものは使う。それで魔法を磨く。そう思い決めて俺は錬金術をしてるんだ。そうだ、だから、精霊の助力も…………いや、精霊に魔法強めてもらうほうが良くないか?」
そんなエフィの気づきも、無情な青トカゲがいいえに座り込んで動かなくなることですげなく拒否される。
どうやら魔法に手を貸すよりも、錬金術のほうが好きらしい。
そういう拘り強いところが、なんだかセフィラに共通するようにも感じた。
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