294話:新たな錬金術4
話し合った結果、今日は鉱石をゴリゴリすることになった。
「鉱石と膠が材料にあることで気づくべきだった。これは、インクというより顔料だな」
地元文化だったウー・ヤーが言うと、ラトラスはすでに疲れたようで腕をぷらぷら。
袋に入れて金槌で叩いて粗く潰した後は、ひたすら粉にするために硬い石の鉢と金属の乳棒ですりつぶす。
薬草を使う時でも同じような作業をするけど、やっぱり素材自体が硬いと使う労力も多い。
雑談で気を紛らわすことも必要なんだろう。
「インクってワインと虫こぶを何日も煮たりするけど、これすぐできるの?」
「そうだが、言い換えれば混ぜ合わせたその日にしか使えない」
前世でもインクは樹脂を混ぜて瓶に入れて保存してたけど、顔料はそう言えば平皿に入れて使うイメージがある。
どうやら保存できないかららしい。
ウー・ヤーから使用期限を聞いて、イルメはレシピに目を向ける。
「そうなると、今回上手くいかなかったらまた魔法陣作りからになるのね」
「じゃあ、多めに砕くか。けど粉にして何処に保存すんだ?」
苦もなく聞くネヴロフだけど、一番ガツンガツン鉱石を砕いてる。
それを乳鉢でさらに細かく粉にしていた。
「おい、こっちに集中しろアズ」
砕く作業見てたら、エフィに注意される。
僕たちは重要な魔法陣を探して書き出す班だ。
ちなみにイルメもこっち。
というのも、貰った巻き物には書かれてなかったんだよね。
つまりは何処かに隠されているはず。
そして候補に挙がったのは一緒に出された課題図書。
(セフィラ、該当箇所は?)
聞くと手になし、と一言。
つまり、課題図書を読んだだけではわからないようになってるわけだ。
「…………謎かけかな」
僕の一言に全員がこっちを見る。
その目には何か面白いことがありそうだという期待が浮かんでいた。
うん、ヴラディル先生も混じってる。
「ざっと見た限り、関連するものは見つけられない。となると、僕らができるとわかっている上で難易度を上げるには…………」
言ってヴラディル先生を見ると、視線が泳ぐ。
「確かに教会の図書館から、隠された錬金術の薬を再現したことは話してあるな」
つまり、当時いなかったネクロン先生もできると知ってるってわけだ。
それに課題図書は基本と言っていた。
その上でイルメはすでに読んだことがあるようなことを言っていたのに、追加も何も出さなかったなら別の意図があったんだろう。
「俺はその謎かけとやらもやったことがないんだが? まず何処に謎がある?」
エフィがぼやくように聞いて来た。
するとラトラスとネヴロフが寄って行く。
「ヴラディル先生の授業で習った内容でもわかるよ」
「なんか言葉を置き換えて繋げたらレシピになるんだ」
「まずアズは内容から隠されたレシピを類推してたな」
ウー・ヤーが言うと、エフィがお前かと言わんばかりに僕を見る。
「いや、錬金術って風聞悪いせいかまともに探しても関連書籍自体見つかるものじゃないし。錬金術師が残した研究書とか、最初から読ませる気のない独自文字で書かれたりさ」
「帝都ではそんな書籍が手に入るの?」
今度はイルメが別のところに興味を引かれたようだ。
ただそれに答えたのはヴラディル先生。
「人が集まるだけ物も集まり、玉石混交だと聞くな。魔法使いの間でも、帝都の露天市はアンティークやヴィンテージ品もあれば、偽物ガラクタ危険物まで混じってるそうだ」
それは僕も知らないなぁ。
さては側近たちが近寄らないようにしてたな?
本に書いてないことは、セフィラも疎いことはとことん疎いし。
「それで、結局謎かけを疑うにたるヒントはなんだ?」
ウー・ヤーも鉱石を削ることをやめて聞いてきたので、僕は課題の調合レシピを指した。
「たぶん、数字が隠れてる。それと色かな? 指定されてるみたいだし」
「数字は魔法でも数秘術を使って公式を書くことがあるが、わからん」
「そこは魔法とも同じだよ、エフィ。ただ、素材に対して象徴する言葉や色、属性、数字が付与されてるんだ」
これは科学的ではない錬金術の話。
まぁ、科学も原子番号とか振られてたし、それで言えば科学的に考えても、水と言ったら一番と八番と答えるようなものだろう。
「色ってこの本の表紙? あ、でも中に色付きで書かれてるところもあるな」
早速自分でページを捲り始めるネヴロフに、イルメが助言する。
「色は属性を表すこともあるから、該当属性を語る箇所を示してる場合もあるわ」
「…………なるほど、三角か」
呟いたヴラディル先生は僕たちの視線を受けて、しまったと言わんばかりに口を覆う。
どうやら興味を持って見ていて解いたらしい。
生徒より先に、他の先生が出した問題を。
「あの、今ので僕もわかったんですけど」
「聞かなかったことにしてくれ」
僕にヴラディル先生は片手を上げて謝りつつ。
「早いよ、アズ。待って、考えるから。まだ答え言わないでね」
「三角ってなんか魔法陣関係であったよな。あと錬金術だと塩とか硫黄とか?」
まず謎かけ部分もわかってないラトラスとネヴロフが同じ本を覗き込む。
ただそこにウー・ヤーが声を上げた。
「これは自分もわかったな。確かに魔法陣に関係している、三角だ」
「それを言われたら俺もわかったぞ。というか、そうだ。魔法陣なんだ」
エフィもわかったのは、謎かけで隠れてるのが魔法陣の図形だからだろう。
レシピの素材と照らし合わせて、該当ページがわかれば、文章中の錬金術的に意味のある単語の頭文字が魔法陣の構成要素を描き出すようになってた。
それで言えば、僕が開いていたページに隠れていた魔法陣の構成要素の図形が三角だ。
その横で次々に課題図書を見ていたイルメが、一通り終えて口を開く。
「課題としては、まず図書を読んでからこの実験をするべきだったようね」
順番が違ったというわけだ。
このまま出来なくもないけど、内容知ってるのはすでに読んだことがあるイルメと、セフィラに見てもらった僕だけ。
「そうだな課題だから今日は時間がかかりそうな素材の加工と、魔法陣の試し書きくらいか」
ヴラディル先生が言うとおり、鉱石を砕くのは時間がかかるし疲労が溜まる。
一日で次の行程をこなすのはきつい。
学生に出された課題と甘く見てた。
これはけっこうかかる作業だぞ。
「そう言えばイルメ、ネクロン先生に精霊のことを聞いてみたんだが」
ヴラディル先生がそんな話を振って来た。
今度はみんなで鉱石を砕きつつ、ヴラディル先生も答えを言ってしまった罪滅ぼしか、手伝ってくれてる。
「ネクロン先生が在学中は、実験室で動物を見ると確率の低い実験でも成功するというようなジンクスがあったらしい。たぶんそれが精霊だろうと」
「え、実験室ってここじゃん。けど、動物なんていたか?」
ネヴロフが教室の後ろを見る。
そこは大樹の姿になったセフィラがいた場所だ。
「精霊信仰か。エルフは精霊と対話ができると聞くな。本当か?」
エフィが何げなく聞いた様子から、どうやら編入したせいで未だにイルメが精霊フリークであること知らずにいたらしい。
「精霊とは自然の気が天地万象の理を持って時と共に凝集し内包された真理と共に超自然的知性体となって…………」
立て板に水の如く喋り出したイルメに、エフィは押される。
けど誰も止められないから助けられもしない。
ただヴラディル先生は別の話題をなんとか差し挟むことに成功した。
「動物というのは、ラクス城校の実験室で見られた例としては、だな。たしかトカゲ、小さな男や女、魚だそうだ」
「…………それ、ネクロン先生が話してくれたんですか?」
思わず僕が聞き直すのは、父親嫌いからなんか精霊も嫌いそうな気がしてたから。
素直に情報出したんだって驚きがあった。
「すごく嫌な顔をされたが、精霊の類に懐疑的ではないようだった」
イルメが不思議なことを聞いたような顔をする。
声が聞こえるイルメからすれば、絶対的に存在を確信するものなんだろう。
けど人間からすれば、精霊なんて見えない聞こえないもの、幽霊を信じるかどうかっていう話に近い感覚がある。
それで言えばネクロン先生が嫌いなのは、精霊好きな父親であって精霊ではない。
そして精霊の存在を否定するような、人間に近い感覚でもないようだ。
それにしても噂に具体例が出て来たってことは、セフィラ以外に精霊と呼ばれるものがいると思ってもいいのかもしれない。
定期更新
次回:新たな錬金術5




