293話:新たな錬金術3
冬休みになった学園は、前世と違って終業式とかはない。
その辺りは大学に近い形態らしい。
そして休みの学園に僕は登校してる。
自習する人もいるし開いてるし、教室の使用許可もちゃんと取ってあった。
そしてだいぶ寒くなってるのに、相変わらず僕の登校には隠れて見守る人たちが。
ご苦労さまです。
「へぇ、山の上の温泉か」
「あれ、ロクン先輩。こんにちは」
午後から錬金術科の教室へ行くと、上級生の羽毛竜人ロクン先輩がいた。
話してるのはネヴロフで、手元には大きな図面が広げられてる。
「あぁ、そう言えば投光器作ってる時に階段がどうとか言ってたね」
「アーチの橋よりいいと思うんだけど。やっぱり工期だとか資材だとか俺わからなくて」
「そしたら、モリーさんが金勘定生業にしようって先輩いるなら頼りなさいって」
ネヴロフに続いてラトラスが教えてくれる。
ディンク酒に関わるのは駄目だけど、錬金術科内であるなら協力すればいいと助言を受けたそうだ。
モリーからすれば僕が関わってるからってこともありそう。
ただ商人として手を出すには、僻地すぎるからね。
「ロクン先輩としては、商機がありそうに思えますか?」
「すでに帝都で噂の将軍さまゆかりの地って言うなら十分。だが、言うとおり場所がなぁ」
「ちなみに卒業後に南に帰られる予定は? 家業があるようでしたけど」
「いやいや、茶畑は大量の奉公人指揮してひたすら茶摘みすることになるんだ。それは嫌だから自分の商会持ちたいけど、足がかりもないから困ってるんだよ」
聞けばロクン先輩の一族の小柄な羽毛竜人は、山を移動して回るのに適してて、山を拓いて茶畑にしたそうだ。
そこからひたすら茶畑を広げて、お茶の葉を作ることだけをしてきたので質と量は確保できる。
けどその分商売として新たにやるにはパッとしないし、マーケットでモリーに声をかけたのも駄目元だったとか。
「茶の生産者は地元でも、茶師みたいに尊敬されたりってなくてな。だから茶師の源流が錬金術だって知って、何か足がかりあるかと思ってひたすら勉強して入学したんだけど。厳しいなぁ、なんて思ってたら帝都には成功者いるっていうし」
僕も見ていたけど、モリーにすげなくあしらわれてたロクン先輩。
その上でモリーから指名されたから、商機のヒント欲しさにネヴロフの話を聞きに来たそうだ。
「これ形にさえなってくれたら、いくらでも売り出せると思うんだよな。場所が場所だから、入れる商人の数にも限りあるだろうし。食糧や日用品運ぶだけでも安定する」
「けど、まず温泉で人を呼べるまでの施設を作るところからですよ」
「そうなんだよなぁ。この温泉で飲用できるって言うし、これで茶入れるかもっと別の薬用謳った飲料として売れると思うんだけど」
ロクン先輩も惜しそうに図面を見下ろす。
「問題は、ここを領有する側にも開発する資金がないことです。そして資金を集めるには、計画の具体案がないことには動けもしない」
「それ、第一皇子からの助言だって、色違い先生にも言われた。まずあの山から安定的に源泉を引く機構を造れって」
ネヴロフも具体案の必要性を理解してはいるらしい。
ただ図面を見ると、だいぶぐちゃぐちゃと書き込みがある。
たぶん最初は橋を描こうとしたんだけど、それが途中から階段に描き直してさらにごちゃごちゃになってるようだ。
僕はラトラスに目を向ける。
すると別の紙とペンを用意して、ネヴロフが書こうとしてたものを図にしてくれた。
「元から高低差のある谷を渡す橋っていうのを、階段にして、下るだけにしてる」
「けどそうなると強度がね。足元のアーチは残すべきじゃない? 中をお湯が流れるんだし重量があると思うよ」
ラトラスと話してるとロクン先輩が助言をくれる。
「石材取れる場所あるのか? ないならこれらも搬入の人手とか色々かかるな」
「領主さまに手紙書いて聞いたけど、使える石があるか、まず石工呼んで確認と集積するって。山によって石の質が違うとかなんとか」
ネヴロフがあやふやながら答えるのは、たぶん安山岩とか花崗岩とかそういう石材としてメジャーなものを、あの山で探すかどうかってところだろう。
けど実際行った感じ、細かく割れた石が多かったから、大きな塊を掘りだすか別の山を狙ったほうがいい気がする。
見える位置にあっても、移動できる足場がない場合もあるだろうし。
「あら、もう来ていたのね。遅れたかしら?」
そこにイルメがやって来た。
「時間どおりだよ。僕もさっき着いたし。あといないのはウー・ヤーとエフィ?」
「あ、二人なら先に実験室の鍵受け取りに行ってるよ」
「ウー・ヤーがアダマンタイトに近づけるかもってやる気だったぜ」
ラトラスとネヴロフがいうには、どうやら先に実験室へ向かったみたいだ。
聞いたロクン先輩は瞬きを繰り返す。
「え、もう実験やり始めてるの? あの講師の先生早いな。俺たち一年は講義、二年目から素材を集めつつ覚えるってやって、後半から実際にって実験始めたのに」
ヴラディル先生は順を追って教える方針らしい。
やっておけって課題として投げて来るネクロン先生のほうが、雑だけど実践的ってところかな。
丁寧なんだけど、学年が上がってようやく自分がやりたいことをやれるとなった先輩たちは、登校拒否して自室で実験してたようだ。
まぁ、錬金術科の扱いがアクラー校に移ってより悪くなった弊害もあるんだろうけど。
「アダマンタイトとか本当に作れたら、鍛冶師たちが大枚叩くだろうな。…………ちょっとその実験のこと講師の先生に聞いてみるか」
ロクン先輩は金の気配に動き出す。
入学したはいいけど、やりたいことと錬金術が繋がらなくて手探りしてた感じかな。
この先輩は、封印図書館の研究に打ち込むタイプじゃないかもしれない。
僕たちは教室から出て実験室へ。
ロクン先輩も職員室へと別れた。
「あれ、ヴラディル先生。こんにちは」
「お、来たな。ネクロン先生は鍵だけ渡して監督しないつもりだったそうで、急きょ俺がな」
ヴラディル先生は言いつつ苦笑い。
どうやら安全のために教師の監督が必須なのに、ネクロン先生曰く、そんなので怪我して騒ぐなら錬金術向いてないと言って動かなかったそうだ。
「安全確保を怠るのは違うとかヴィー先生は言ってたけどな」
「結局押し負けて監督役を押しつけられていた」
見ていたウー・ヤーとエフィがそんなことを言う。
「俺もこの調合は気になってたから、別に嫌々じゃないんだが」
ヴラディル先生も、僕たちが渡された巻物の調合レシピは見たことないそうだ。
専用の台に広げて文鎮も置かれて、レシピの巻物が据えられてる。
「ヴィー先生でも知らねぇの?」
ネヴロフは素直に聞いた。
「実物は知ってるが、レシピを知らなかった。というか、これは一部のドワーフしか作れないと言われてたはずなんだが。レシピが存在してること自体驚いてる。あの人何処でこれを手に入れたんだろうな?」
「海賊の身内がいるようですから、あまり探らないほうがいいルートでは?」
イルメがとんでもないことを言うけど、邪推と言えないのがネクロン先生だ。
「あの人自身は海賊嫌いみたいだけど、なんか、海賊行為してても不思議じゃない雰囲気だよね」
ラトラスもけっこう酷いことを言うけど、うん、それも否定できないなぁ。
「さて、時間が惜しい。まずは道具だが、これはお前たちの予想を聞こうか」
課題は素材採集からだけど、運よく錬金術科に揃ってて短縮することにした。
採集で外へ行くには厳しい季節だから、あるならそれでもいいとネクロン先生も。
ただ採集場所は調べて別途レポート提出にされた。
「薬草を煎じないといけないから、薬研か乳鉢かな」
「アズ、触媒作成のための火はランプと炉、どっちだ?」
「こら、まずは自分で考えたのを集めろ」
エフィが聞くとヴラディル先生が止める。
僕たちは実験室の中から必要な道具を実験台に集めることになった。
「石を削るのって、この金鑢でいいのかな? それとも金槌の後に臼?」
「待って。もしかしてこれ、魔石を加工するために魔法陣を書くインクから必要じゃない?」
ラトラスの問いに答えようとしたイルメは、気づいた様子でレシピを見直す。
ウー・ヤーとネヴロフはせっせと蒸留器を組み立てつつ応じた。
「魔力に反応するなら、魔法陣はいるだろうな。ということは紙とインクもだ」
「そう言えばレシピの鉱石って三つ種類書いてあるけど使い方違うのか?」
「あ、たぶん鉱石のうち一つはインクの材料だよ。これ、インクから作れって話だ」
僕も今さら意地悪なひっかけに気づいて、てんやわんや。
そうして話し合い、まずは魔法陣用のインク作りとなると、見守っていたヴラディル先生はインク作りの手順を教えてくれた。
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