290話:大公国へ向けて5
「レクサンデル大公国の競技大会は毎年春。開催期間は十二日と長期に渡る開催だ。毎年怪我人が出ることもあって、一度参加すると同じ競技に連続では出場できない。入賞した場合は三年期間を空ける必要もある」
「なぁ、そう言えばレクサンデル大公国って何処? 大公が偉い国でいいんだよな?」
もっと根本的なところをネヴロフが聞く。
地図は軍事の機密情報にあたるから、学園でも閲覧できない。
だから平民なら知らなくても不思議はないけど、王侯貴族だと大まかに知っていて当たり前の情報だ。
僕とエフィはまず、帝国に明るくないクラスメイトにレクサンデル大公国について教えることにした。
「エフィは帝国貴族にして、レクサンデル大公国を形成する土地の国主でもある家の出なんだ。大公国は、城砦に囲まれた都市と周辺の農地を基準にした都市国家の集合体。それらを纏めるのがレクサンデル大公になる」
だから帝国貴族としてはハマート子爵家。
それと同時にハマート侯爵領の国主の継承者の家でもある。
そして国主は税を自ら決めて、軍を養い、法も司るので、子爵家もそこに関わる。
帝国貴族で、大公国貴族でもあり、侯爵領国主の継嗣の家門。
前世のイギリス国王も、イングランド国王であると同時にウェールズ大公で、連邦王国の宗主でと色々くっついていたから、王侯貴族ってそういうものなんだろう。
「まだ俺の家はややこしくないほうだから、これくらいはしっかり覚えろ、ネヴロフ」
「帝国のそういう制度は本当に面倒だな。チトス連邦は役職を歴任するだけでそうして幾つもの名を同時に持っていたりはしない」
ネヴロフはもちろん、どうやらウー・ヤーも文化的になじみがなくてひっかかるようだ。
ちょっと王侯貴族社会のお勉強を挟んで、ラトラスがエフィを見る。
「で、競技大会に出て上位の成績を収めたいんだよね、エフィは」
「今さらだから言うが、俺は錬金術に二度敗れたことで家での扱いが悪くなってる」
学園での錬金術科の扱いが、そのまま社会での評価と思っていい。
なんでラクス城校にあるんだと疑問を持たれるほどに下に見られてる。
その上アクラー校に移され、入学希望者も目減りして、さらにはアクラー校からも馬鹿にされて縮小するばかりの、オワコンってやつだ。
そんな錬金術に負け、騒ぎを起こし、さらには錬金術科にも負けて編入してるエフィも、もう日の目を見ることはない終わった人って評価なんだとか。
「もしかして、魔法から錬金術に鞍替えしたと思われてる?」
「逃げたと思われているだろうな」
「魔法で勝つために錬金術知ろうとしてるってことは言ったの?」
「手紙は出したが本気にされたとは思えないな。今回の出場は入学前から予定されてた。なのに出場の取りやめを勧める手紙が来た」
どうやらハマート子爵はもう息子を魔法使いとして期待してないようだ。
他の魔法学科の学生と比べても、才能はそれなりなのに。
それだけ錬金術に勝てないという事実がマイナス評価になってるらしい。
「じゃあ、錬金術科の魔法使いが大会荒らしたら?」
「お前は…………やめろ!」
思いついたことを言ったらエフィに怒られた。
「私も同じようなことを言ったけれど、参加が可能かを聞いただけね」
「こっちは属性が一つという縛りがあるから荒らすと豪語はできなかったからな」
どうやらイルメとウー・ヤーがすでに参加希望を打診したらしい。
その上で今からだと予選も終わってるってことで却下されたそうだ。
出場にはちゃんと一年かけて実績残して、予選の選考をクリアする必要があるとか。
エフィは入学前から必要なことはだいたいこなしていたことと、身分と出身で他より有利な立場で選考をクリアしていた。
そこら辺は身分社会だし、身分が実力に直結してしまうからしょうがない。
実際身分と教育は比例するし。
「だから汚名を雪ぐ。錬金術も決して魔法に劣るわけじゃないと示す。そのためにはアズの協力が必要なんだ」
「そういうことならちょうどいい」
笑う僕にエフィはわからない顔をする。
「実は春にレクサンデル大公国の競技大会を見物に行くつもりだったんだ。練習つき合う代わりに行きの馬車乗せてよ」
「む、それなら自分も興味がある。見物に行けるなら同行したい」
武家の出だからかウー・ヤーは競技大会自体に興味があるようだ。
それにラトラスも便乗する気になったらしい。
「だったら人数いるほうが宿、割り勘で一人頭やすくなるし俺も行きたいな」
「え、安く済むなら俺も見たい!」
ネヴロフも声を大きくする。
平民二人にとっては金額がネックなんだね。
ただそうなると一人、声を上げていない人がいる。
僕がイルメを見ると、みんなも視線を寄せた。
無言で視線を受けていたイルメは、諦めたように視線を落としていた本を閉じる。
「ふぅ、いいわ。魔法の練習に関わるなら、成果もきちんと確認が必要ね。私は自らの旅費は賄うわ。これも一つ見聞を広めることになるでしょう」
お勉強重視だけど、どうやらつき合ってくれるらしい。
「よぅし、だったら錬金術科で春に旅行だ」
なんか学生らしい気がする。
僕が拳を振り上げると、ラトラスとネヴロフ、ウー・ヤーが応じて拳を上げてくれた。
けどエフィはまた肩を落とす。
「違う…………違う、はずだ。もっと、こう、プライドのかかった大事な場であるはずで」
「エフィ、新入生で留学へ行くという学習能力の高さを示したはずなのに、何一つ気にしてないアズに言うだけ無駄よ」
「俺、仕事じゃない旅行って初めてだな」
「よくわからないけど祭みたいなもんなんだろ?」
「この二人に関しては錬金術も魔法も大した問題じゃないしな」
イルメが酷い。
そして普通に楽しみにするラトラスとネヴロフに、ウー・ヤーは肩を竦めた。
僕はもっと気にすべきことがあるからなんだけど。
また第一皇子が姿くらますために打ち合わせが必要なんだよね。
「ともかく冬の間に課題はきちんと片付けよう。そうじゃないと、たぶんネクロン先生が授業抜けるなんて許してはくれないよ」
冬は雪に閉ざされる間、ひと月休みになる。
そして春は種まきのために短い休みがあるから、冬の休みから春の休みが終わるまで戻らない学生もいるそうだ。
種まきにも領地があると、音頭を取ったり計画立てたりで貴族も忙しいらしいし。
そして春行われる競技大会へは、移動の前後が学期にかかるから、僕らも春休みが明けてから学園に戻ることになるだろう。
「それで言うと、一番困るのはエフィかもな」
僕の提案を受けて、ウー・ヤーがエフィを見る。
ラトラスも頷いて尻尾を揺らした。
「あぁ、錬金術でこれやりたいってないもんね」
「ぐ、研究課題を自ら設定するレポートは、誰かと共同は許されるだろうか?」
魔法の練習時間も考えて、相乗り希望らしい。
「けどそれするとハードル上げられそうだよね」
僕の予想を否定もできず、エフィは諦めるように息を吐いた。
ネヴロフは考えを纏めるように、窓に鼻先を向けて呟く。
「なぁ、そこの湖で水路作っちゃ駄目かな?」
けっこう大掛かりなことをやりたいと言い出した。
そしてそれ、温泉引く練習かな?
「それこそできない理由をレポートにするような案件だと思うよ」
けどネヴロフは嫌そうだ。
文字を書くより物作るほうが楽な性格のせいだろう。
僕も何をしようか考えると、双子の顔が浮かぶ。
「…………あぁ、うん。いいかも。何か物を作って残せば、次に入学する錬金術科の生徒の実験素材として使えるかもしれないし?」
フェルは錬金術科に入る気満々だし、そうなるとこの環境は狭い。
というか、実験室以外に場所がない状態だ。
何せ元からあった校舎から追い出されているから、色々足りなすぎる。
「いっそ、危険がないように実験場所を整備する提案をレポートにする?」
「それだ。全員で実験場所を整備する案と理論をレポートにして、一部実際に作って提出する。毒物もあるなら排水に関しても検証が必要だろうし、全部は作れはしないから言い訳も立つ」
言い訳といっちゃったエフィは、全員でまとめて自由研究を済ませようと提案する。
できる限り手を抜ける方法と言えばそうだろう。
その悪知恵にはちょっと笑ってしまうけど、確かに有用な自由研究になると思う。
そして苦手を補い合って形にできそうな話でもある。
「そうね、錬金術を安全に使える環境は重要だわ」
「確かに、マーケットの時も竈一つ作るにも考えることも多かったしな」
「排水も大事だけど、排煙も考えたいよね」
「俺、物作るほうがいいし、理論考えてくれるなら楽!」
エフィの悪知恵だけど、悪くない提案なのでみんな乗り気になるようだった。
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