289話:大公国へ向けて4
錬金術科があるのはアクラー校の中でも端に位置する、城壁と一体になった場所。
僕はソティリオスと石造りの狭い廊下を歩いて、目的の場所である廊下の途中で止まる。
「あ、資料室が空いてるからここでいいか」
僕は掲示板に使用の旨と名前を書き込んで、ソティリオスを案内した。
資料室と言っても、開いている小部屋に本棚と収まり切れない本を積んだだけの部屋。
留学に行く前は職員室に積まれていたものを移動した場所らしい。
窓辺にベンチにできるへこみがあるだけの部屋だった。
「ここなら頻繁に人も来ないしいいかな。それで、今日はどうしたの?」
「こちらとしては、アズロスが聞きたいこともあるだろうと思ったんだが?」
「え、別に?」
答えたらソティリオスは不満そうに口角を下げる。
「復学して期末にマーケットにと忙しいと思ったから時機を見ていたというのに」
「へー」
反応が薄すぎたのか、ソティリオスは指を突きつけてさらに言い募った。
「その上、ディオラ姫と知り合いだったとは。なおのこと聞きたいことがあるだろう?」
「いや、僕だってプライベートを詮索するようなことはしないって」
「何故そう言うところは一線を引くんだ。結局こっちから言い出さなければ秘宝のことも何も言わない気でいただろう。お前の優先順位はどうなってるんだ?」
「僕が知りたいのは安全便利な錬金術であって、危険すぎて百年以上放置された技術じゃないんだよ」
メイルキアン公爵の秘宝しかり、贖罪の旅で北まで行った錬金術師の地下しかり。
「いい、許す。ともかく一つ聞きたいことを聞け。そうじゃないとこっちだって言えない」
ソティリオスはどうやら僕にプライベートに踏み込んだことを聞きたいらしい。
けど一線引いてるせいで言えないから、まず僕が聞けと。
と言ってもディオラのことも知ってるし、秘宝ももうわかってる。
それ以外と言ったら、もうユーラシオン公爵家の内部になるんだけど。
まぁ、許すと言われたからには聞いてみようかな。
「ソー…………お父さんに騙されてない?」
ずっと疑問に思っていたことを聞いたら、ソティリオスは固まる。
埒外だからじゃない、薄々感じてたことを指摘された緊張だ。
「新入生で留学相当って認められることもだけど、ロムルーシ行って公爵家の抱えた難問解決するって、それ、嫡子としての足場固め以外の何物でもないでしょ。その後他の大公から声かけられてたし、ロムルーシ側の外交官とも顔繋いでたし」
「…………そ、れは、我儘を通す分、苦労を肩代わり、する、ために」
「そうも取れるけど、どう転んでもソーを次代のユーラシオン公爵として立たせるための口実になると思うんだよね」
イマム大公との約束を解決できなければ独立を諦める。
だからって解決すれば、それは次代の公爵としての実績としてカウントされてしまう。
もちろん留学中の動きは、留学に同行した者から学園にも知らされるだろう。
そして学園にロムルーシでの活躍が回れば、帝国のみならず傘下の国々にもソティリオスが継嗣として十分な働きをしたことは伝わるんじゃないかな。
「どう考えても、次の公爵を弟に譲りますなんて言えるような空気じゃないでしょ?」
がっくりと肩を落とすソティリオスは、疑ってはいたけどこうして言われると改めて否定もできないってところか。
僕としてはユーラシオン公爵らしいなと思うけどね。
ユーラシオン公爵が裏で手を回して、こっちに気づかれないよう動くのは身に染みてる。
まさか息子相手にもするとは思わなかったけど。
いや、いっそだからこそかな?
駆け引きや約束ごとにはこういうやり方もあるんだぞって教えるため?
「独立するにしても継ぐにしても、あのユーラシオン公爵を越えないことには難しいよ」
「…………この冬、帝都に戻って、父には今一度交渉を、する」
「うん、頑張れ」
ユーラシオン公爵もできのいい跡継ぎそう簡単には手放さないだろうけど。
ソティリオスは息を吐いて僕に向き直る。
「それで、アズロスは何処でディオラ姫と?」
「あ、それ? 大した出会いじゃないよ。ちょっと一緒に花壇見ただけ。で、二回か三回くらい帝都で会って話したんだ。錬金術してるって言ったから印象に残ってたんじゃない?」
なんか聞きにくそうだったけど、それか。
言い訳は考えてあったから、事実をずっと軽くして教える。
ソティリオスはちょっとホッとした様子で、ポツポツと話し出す。
「その、アズロスが錬金術科にいるとわかって、ディオラ姫と話す機会が増えて、な」
「えー、僕をだしにしないでよ。イルメに怒られそう」
「その、歯に衣着せぬ物言いにも、反省するところがあった、とは思う」
どうやらイルメのきつい言葉で、自分が思うよりもずっと意識しすぎてたことをようやく自覚して対応を改められたそうだ。
そしてそれを汲んで周囲が過剰に接していたことも理解し、ディオラに迷惑をかける状況も見えるようになって謝ったとか。
「錬金術科とダンジョンに行って以来、普段よりもディオラ姫が親しく声をかけてくれていた。何故かと聞いたところ、私が、普通だったから、普通に接することができたと、言われた。確かにあのダンジョンでは、ただただ一つの目的を共に遂行することができていたと思う」
「あー、うん。過剰反応する余裕なかったしね。僕たちもそんなの関係なくやってたし」
どうやらあのダンジョンでのバッタ探し、ソティリオスにとっては周囲との関係性を意識せずに素でいられる時間だったようだ。
そうして忖度なんてしない僕たちと比べて、教養学科の生徒の過剰な動きにも気づけたんだとか。
過剰な忖度が、僕にもイルメにも指摘されたような、ディオラを意識しすぎる行動のせいだということも。
その調子でディオラにその気がないことも気づけば…………いや、これは僕がいうことじゃないな。
だって、僕はディオラがソティリオスにするのと同じようなことしてるんだから。
ディオラと普通に話せるようになったと報告を受けた後、さらに話が進んで冬休みのことになると、ソティリオスが提案をしてくる。
「冬に帝都に戻るなら馬車に同乗させるが?」
「ありがとう。けど、春にレクサンデル大公国の競技大会見物に行くから、冬の間にやるべきことをやっておかないといけないんだ」
そんな話で用件は終わり、僕らは資料室を後にする。
教室に戻ると、ソティリオスはラクス城校のほうへ帰ることに。
「そう言えば取り巻きは? 学内で見る時にはいるのに、ここには連れてこないね」
「外にいる。ここは廊下が狭いし、控えていられる場所もないからな」
冬の寒い中、お近づきになろうとする取り巻きたちは放置されているらしい。
将来のための営業みたいなものだろうし、頑張れ。
「それではまた来春」
「うん、またね。…………って、もしかして見送ったほうが良かった?」
廊下を去るソティリオスと別れてから気づく。
教室に入れば、エフィが大いに頷いてた。
「いっそアズのほうがまるで上位者だな」
おっとこれはまずい。
「作法習いはしても使うことなかったからさ」
誤魔化して室内を見ると、まだみんないた。
というか、さっそく課題図書を読んでるイルメに、ラトラスが意味のわからないところを聞いてる。
ネヴロフとウー・ヤーは実験レシピについて考察をしていた。
「それで、エフィの話って?」
水を向けると、ちょっと覚悟の顔になり、一つ呼吸してからエフィは切り出した。
「冬の間、ルキウサリアに滞在している時に、魔法の練習相手になってほしい」
「熱心だね。けど、僕でいいの? ネクロン先生も言ってたけど、僕絡め手だけで実戦となると素人だよ」
聞くと、本から顔を上げたイルメが声をかけて来る。
「私たちも頼まれたわ。春に故郷である競技大会に出るそうよ」
「え、レクサンデル大公国の? 魔法もあるんだ?」
「有名なのは歴史のある槍試合や、騎士道を体現する競技だ。魔法でも的当てや技巧を競うものがあるんだが、基本的に属性を問わない」
そこにウー・ヤーが顔を向けて来る。
「なんだ。帝国内でも馴染みのない大会なのか?」
「そういうわけじゃないけど。聞いたことはあっても詳しく知らないんだよ」
「関わりのある商人なんかは、選手に援助して興行収入あげるけど、関係ないとね」
ラトラスも話に聞くだけだという。
「…………基本的なことを説明しよう」
エフィは故郷のイベントなせいか、ちょっとがっくりしてる。
有名は有名だけど、よく知らない人ばっかりなせいだ。
高校野球や駅伝参加の出身校の人が熱心なのを、学生時代関わってない勢がふーんって見てる感じに似てる気がした。
定期更新
次回:大公国へ向けて5




