288話:大公国へ向けて3
試験も終わってマーケットも終わって、後は休みまで数日ってところ。
午後から登校すれば、なんとなく弛緩した雰囲気が学園には広がってる。
なんて思っていたら、教室に入った途端、珍しくいるネクロン先生が目に入った。
そして一人一人の机に書籍を積んでる助手の海人ウィレンさん。
「なんでこんなに課題図書分厚いのばっかり!?」
「え、しかもこれ読んでさらに調べて論じろ?」
毛を逆立てるネヴロフに、ラトラスが黒板に書かれた課題内容を前に耳を下げてる。
「これは今までやって来たことの基本を論じてるだけだ。俺の学生時分には、入学前の課題図書だったんだぞ」
どうやらネクロン先生は、今では読まれてないと気づいて課題にしたようだ。
「ったく、前は図書室にあったのに図書を無駄に廃棄しやがって。この数集めるのにも時間がかかった」
「いくつかはルキウサリアにある図書館にもある本ですね」
読書家のイルメは涼しい顔だけど、さすがにウー・ヤーも座って目の高さまで詰まれた課題図書から目を逸らした。
「これとは別に、そちらの巻物も課題ですか?」
本を積んだウィレンさんは、手に巻物を持っている。
配られたのを見てみれば、調合レシピだ。
「へぇ、素材採集から道具の選定、そして薬剤の混合と加工を。見たことないレシピだ」
まずは鉱石、そして魔法にも使われる薬草、魔石、そして触媒となる薬品の作成に魔法陣の描き方まで。
これらを合わせることで、特殊な鉱石ができるようだ。
「へぇ、魔力で変形する鉱石になる?」
「そんな馬鹿な!?」
僕が先を開いて見ると、エフィが驚いて確認する。
その反応を予想してたらしく、ネクロン先生は鼻を鳴らした。
「なんでか今の魔法使いは金属は絶対ダメだと思い込んでる。んなわけない。ドワーフを見ろ。あいつら魔法使って金属の加工するんだぞ。竜人だって火の魔法を使ってやる。お前たち人間の魔法使いが、扱いにくいから扱い方忘れてるだけなんだよ」
エルフのネクロン先生が言うんだけど、イルメも驚いた様子で聞く。
「竜人は金属自体ではなく火を。そしてドワーフはそれができるのが種族的な特徴では?」
「いや、人間でもできるはずだよ。地属性の上位、岩属性なんて言ってしまえば鉱物を操る魔法だ。無理って言われるのなんでだろうって思ってたんだよね」
土の中にはどうやっても金属や鉱物が含まれる。
つまり上位の岩属性、あれはただ土の硬度を上げる魔法じゃない。
金属を操る魔法としてちょっとやってみたら、地面から砂鉄が取れたことがある。
ウェアレルが顎外れそうなほど驚いてたからその時以来してないけど。
たぶんあれは岩の魔法で、つまり鉱物でも操ることができる魔法で確定だ。
前世でも昔作った分類が、新しい理論の確立で覆ったなんてことあったし。
「人間以外は一属性の魔法だけだが、錬金術にはその縛りはない。土魔法が使えなくとも、魔力に反応する金属っていう物を作り出せば、魔法で金属を操るのと同じ結果を作れる」
ネクロン先生が雑に説明するけど、そもそも思い込みでやらないなんて言うのは論外。
だからネクロン先生はまず基礎になる書物で知識を得させ、そこからすでに発展を論じられるはずの課題を出しているらしい。
さらに生まれながらに魔法使いが多い僕たちに対して、錬金術的なものの見方を教える調合ってところかな。
これは量が多いなんて言ってられない。
ただ問題もある。
「家業ある人に猶予とかはないですか?」
春にある競技大会のために、レクサンデル大公国へ行くつもりなんだよね。
その前に転輪馬はともかく、天の道の建設計画を進めたい。
あとレール模型とレール用の車輪の設計くらい作りたいし、薬関係もだいぶ手を加えないといけないみたいだから、また封印図書館へ潜っていくらか持ち出すの吟味しないと。
さらに言えば春には卒業する先輩の中で、ルキウサリアに残る人が増えるらしいと聞いてる。
国に帰る気だったイア先輩、テルーセラーナ先輩が残るそうだ。
就活生にならずに卒業予定だったステファノ先輩も今の錬金術科は面白そうって。
だから大丈夫そうな内容の封印図書館の本を紛れ込ませる計画をしてるので、テスタとかルキウサリア国王に頷いてもらうための交渉が必要だった。
「ない」
無情な返答に家業があるだろうラトラスがぱっと僕を見る。
「アズ! 休みの予定は?」
「まぁ、そうだね。寮に実験する設備なんてないから、ここに来ないとできないしね」
つまりは時間を合わせて集まって、課題に取り組むこともできるわけだ。
それをネクロン先生は止めないみたいだし。
課題図書も結局はこっちの基礎不足を補うためだし、やらないなら減点して、誤魔化すなら実力も追いつかなくなるだけで置いていくと。
提出すると言う形だけを評価する気はないけど、少しでも時間を捻出するための知恵を否定する気もないようだ。
ずるしたところで困るのはお前らだってことか。
義務教育でもないし、選んで来てるんだから努力は当たり前ってところなんだろう。
一年教えてついて来られないならふるい落とすつもりもありそうな気がする。
微妙にシビアな空気あるんだよね、ネクロン先生って。
「冬に帰郷するなら忘れず持ち帰れ。できないなら冬の間家に閉じこもれ。それもできないなら可能な限りに正確に文章を読み取り、考えを構築し、間違いなく文字にして提出しろ」
「「無理だってー!」」
ネクロン先生の無茶ぶりに、ようやく文章を書くことに慣れて来たラトラスとネヴロフが悲鳴を上げた。
「あ、本も汚損ならまだしも棄損や紛失したら弁償だからな。で、次」
「「まだあるのぉ?」」
休みの間の課題を出されて、その他にも自由研究をしろとのこと。
家業を手伝う必要がある人への対処も一応はあるようだ。
「できないならできない理由がわかるようにレポート用意しろ」
ネクロン先生は言うだけ言って、さっさと退室をする。
これで困ったのは僕以外の全員だった。
「物作ったほうが楽だと思うんだけど、何作ろう?」
「そもそもできない理由ってなんだ?」
なんのアイディアも浮かばないネヴロフに、ウー・ヤーは最後の台詞に首を捻る。
「作る物はあるけど、材料が手に入らないとか? ほら、冬だし」
「もしくは完成に時間を要するものではないかしら?」
ラトラスとイルメがレポートに替えられる要件を上げた。
そんな様子を眺めてたら、エフィが僕に向けてため息を吐く。
「相変わらず難題を振られても涼しい顔だな」
「いやぁ、やりたいことありすぎて入学したから。どれがいいかなぁって」
「それは何よりだな。そんなに余裕があるなら、俺にもつき合ってくれ」
「課題について?」
「いや、もっと私的なことなんだが…………」
エフィが言いにくそうにすると、そこにノックの音が響く。
見ればもう最近だと誰も驚かないソティリオスの姿があった。
「アズロス、時間はあるか?」
「ちょっと待って。エフィの話聞いてから」
「いや! 俺はいつでもいいから!」
先にと思ったら両手を振って遠慮された。
たぶんエフィの反応のほうが一般的なんだろう。
僕は皇子だから公爵家でも気にするような必要はなかったし、そもそも王侯貴族としての付き合いもないから、家からの圧力なんてものもないし。
「エフィも落ち着いて話せないみたいだし、ソーはなんの用事?」
「おい、やめろ」
エフィが手で顔を覆って僕の言動を咎める。
「気にしないし、ソーなら今のでエフィにどうこうするようなみみっちいことしないって」
「否定はしないが、初めて言われたな。みみっちい…………」
いっそソーは感心したように言うのは、よほど聞き慣れない言葉だからか。
ラトラスは耳を揺らしてエフィとソーを見比べる。
「なんかエフィすごく気にするけど、そんなにソーと話すの問題あるの?」
「あぁ、それは上が対立関係だからだろう。正直間に挟まれると面倒だ」
ウー・ヤーはどうやら理解しているらしいけど、帝国の派閥なんて関係ないせいか雑に教える。
「上って、どういうことだ?」
「それは後で教えるわ」
ネヴロフに、イルメがさすがに当事者の息子を前には言わない気遣いがあった。
皇帝派閥と帝位を狙うユーラシオン公爵派閥なんて話できないよね。
「えっと、よそで話す?」
「そうだな。できれば余人がいない所がいい」
前だったらどこでも良かったんだけど、今はけっこう人がいるんだよね。
なので僕はまず掲示板を確認して、実験室などの使用状況を見ることにした。
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