286話:大公国へ向けて1
六日目のマーケットを終えて、僕はラトラスと一緒に帰路を歩いていた。
そしてそのまま一緒に店へと向かう。
裏から入れば、そこには目立つ赤い被毛の熊獣人のヘルコフが先にいた。
そして竜人と海人のハーフであるモリーが話し込んでいる。
「あら、お帰り。ホットワインの売り上げはどう?」
「気になるのはそこなの、モリー?」
早速商売の話を持ち出すモリーに、僕は笑ってしまった。
「スパイスも入れてないのに売れるようなら、こっちでもあっためて出すだけでいいじゃない」
「一応蜂蜜と生姜いれてますよ。それにここの何処で火を焚くんですか? 温まりすぎると倉庫のワインが劣化しますよ」
ラトラスが言うとおり、この店ほぼ倉庫だからね。
小さな暖炉があるけど、それじゃ客に出すだけのワインを煮ることもできない。
「菓子のレシピ教えろって言わないだけましか?」
「あ、やっぱりあの見たことない色鮮やかなお菓子、ディンカーなのか」
「色の感じはこっちの酒と同じだよな。ってことは錬金術」
「けどあの氷みたいに透明なのなんだろうな? 黄色い菓子もいい匂いだった」
肩を竦めるヘルコフに、甥の三つ子もマーケットを見学して気になったらしく鼻を上げるようにして言い合う。
「ゼリーっていう食べ物を創作した家の人が先輩にいてね。色をつけたらどうかって言ってみたんだ。あと、黄色いほうは金色が好きな竜人の先輩が邪魔しないように、実家にあった忘れ去られたレシピ本の中から出したんだよ」
言ったら、僕の身元を知るモリーと三つ子が噴き出す。
まぁ、つまりは帝室に饗されたレシピだからね。
けど本棚の隙間に落ち込んで埃かぶってたレシピ本だったんだよ。
物体透過できるセフィラじゃなきゃ見つけられないし、材料には産地指定で拘ってあったのを抜いた形だし。
たぶん帝室御用達よりはランクは下がってる。
「料理を職業にするつもりもない学生の作ったものだから、そこまで身構えないで」
「普通に美味かったけどなぁ。アズは料理人が作ったもの食ってたんだ?」
ラトラスは僕の正体を知らないから、比較的気軽に応じた。
けど、それでも貴族の甘味っていうことで、甘さと匂いの豊かに驚いてたんだよね。
そして金色大好きな竜人先輩二人は、さらに黄色くしようとサフランを輸入しようとしてさすがに周りに怒られてた。
売り物として値段が馬鹿にならなくなるからね。
「あれ、いい色よね。金貨を思わせる丸いデザインもいいわぁ」
モリーが褒めるデザインは、竜人先輩たちの考案だ。
モリーの場合竜人の血なのか、商人のさがなのかどっちだろう?
そんな話をしつつ、今日来たのは別の話をするため。
僕が入学してたとか、モリーたちがオフレコでやって来たとか、その辺りはヘルコフが先に来て話した後。
特別聞かせられない話もしないし、ディンカーばれてるからラトラスも同席で話す。
「帝都の様子聞きたくて。この一年何か変化あった? 前、お店が犯罪者ギルドの人に脅されてたりしてたしさ」
もちろん世間話のふりして聞きたいことを交える。
「確かに犯罪者ギルド潰された後、残党が無秩序に暴れたわね。けど、それももう落ち着いているわ。ストラテーグ侯爵さまと皇帝陛下が治安に力を入れてくださってるし」
モリーが察して教えてくれたことに、ちょっと笑いそうになってしまうのは、嫌そうなストラテーグ侯爵の顔が浮かんだからだ。
市井から見れば、ストラテーグ侯爵は率先して治安維持に貢献した侯爵さまなんだろう。
「あと商業系のギルドから法改正の報せが回ってるな」
「あぁ、もう犯罪者ギルドができないようにするためのやつな」
「不正なギルドに対しての強制調査ってんで、ギルド嫌がってたけど」
それぞれの職人ギルドに所属する三つ子の言葉から、どうやら父が練っていた政策がようやく動き出したことがわかる。
犯罪者ギルドはエデンバル家と組んで僕たち皇子の暗殺を企てた。
それでエデンバル家はルカイオス公爵の手回しで潰され、犯罪者ギルドも潰れたけど主要な人々は逃げ出している。
父は実行犯以上には罰を下せなかったことに悔しい思いをした。
だから犯罪者ギルドがまた作られないように法改正を図っていたんだ。
けどそれに、現場のギルドから締め付けだって反発あって、今までかかっていた。
「あと、ワゲリス将軍が戦地から一時帰った時は、沿道に人が出てすごい騒ぎだったわ」
「手紙にも書きましたが、クラスメイトのネヴロフがその戦地の方面の出身ですね」
モリーが肩を竦めると、ラトラスがネヴロフのことを出す。
そっちももう三年か。
サイポール組は土地があるから年数をかけて立てこもりを続けてる。
その上でワゲリス将軍率いる国軍は、サイポール組と癒着してたホーバート領主の側にもメスを入れていた。
帝都に戻れる程度には安定したと思っていいのかな。
けど一時っていうんだったら、結局ワゲリス将軍は戦地に戻るんだろう。
「そう言えば留学でさ」
僕は学園の話に見せかけて、トライアンでの事件を語る。
ヘルコフも公に一緒に行動してたから、世間話風に合わせて、帝都でファーキン組に動きがないかを聞いてくれた。
「ファーキン組は聞かないな。けど大暴れした事件はあったな」
「あぁ、あの暴動騒ぎ。取り締まったら余計に激しくなってさ」
橙被毛の手を振るレナートに、黄色い被毛の耳を振ってテレンティも相槌を打つ。
さらに紫被毛のエラストが詳しく教えてくれた。
「教会の改革派ってわかるか? 常道派以外の諸派なんだが、そいつらが暴れたんだ」
どうやら暴動のきっかけは宗教の話だそうだ。
常道派が最大派閥で、大抵教会って言ったらここだそうだ。
けど帝国は歴史が長い分、色んな宗教派閥がある。
ただ神さまは同じ。
だから前世で言う浄土宗や浄土真宗みたいなのもいれば、真言宗や修験道みたいなのもいるらしい。
「常道派って、内輪もめで弱ってたよね。それで諸派が活発になったとか?」
言ってしまえば、常道派は僕の命を狙った人を二人出してしまっている宗派。
大聖堂でのリトリオマスと、ホーバートでのターダレだ。
大聖堂での事件では大聖堂の司教と上司にあたる枢機卿が首に。
そしてホーバートでの事件ではホーバートの教会関係者と、帝都の大司教や上層部が首になった。
新たに配属された司教も大司教も枢機卿も、全員帝都では肩身が狭いそうだ。
帝都での政治的な力も衰えてるとか。
「そうそう。それで改革派っていう、今の教会は腐敗してるから、昔の教えに立ち返るようにっていう宗派が騒ぎだしてね」
モリーが嫌そうに乾いた笑いを漏らす。
聞けば昔の教えは古臭すぎて制約も多すぎるかららしい。
女は肌を極力隠せとか、不倫は全面的に女が悪いとか。
あと、お金を稼ぐのも悪という考えで、家族関係でも家長を第一に他の者が独自に財産を稼ぐような不義理をするなとか。
なんだかモリーのような女性を狙い撃ちにするような考えだ。
「あいつら、他人の批判しかしないのよ。そうして批判する自分たちが正しいって馬鹿な理論で。何一つ正しいことしてなんかしてないのに、正しいことを言ってる自分たちの行動は正しいから許されるなんて盲信してるの」
「ようは、声のでかい鼻つまみ者か。それが暴れて取り締まったら、さらに暴れたと」
絡まれたことがあるらしいモリーに、ヘルコフが纏める。
「そう、それで暴徒になって破壊活動し始めて。兵が出るかってなった時に、それをいち早く治めたのがジェレミアス公爵。信心深くて、足並みの揃わない諸派が他にも暴れ出さないように尽力してるって話しよ」
「…………先帝の、弟君のお家だね」
貴族社会に疎い僕でも知ってるのは、血縁がある家だから。
帝室に連なる公爵家の若き当主だったかな。
そして叔父姪での結婚によって生まれた人でもある。
つまり、皇太后の孫だ。
帝位の継承権を有していたけど、父が即位する頃にはまだ子供だったから、対抗馬はユーラシオン公爵だったそうだけど。
ファーキン組と通じてるニヴェール・ウィーギントのせいか気になるな。
けど皇太后の孫ってだけじゃ、邪推でしかない。
ただ教会の常道派は、ルカイオス公爵と足並みを揃えていた。
そこが弱まった時に諸派を纏めようとする動きが怪しく見える。
「帝都以外でも改革派は問題起こしてるみたいだから気をつけなさいね」
「ルキウサリアは宗派の規制はないが、常道派だな。諸派がいた覚えはないが」
モリーの忠告に、ヘルコフは赤い被毛に覆われた顎を擦る。
「ホーバートで、ワゲリス将軍が絡まれたそうよ。あそこも常道派が一番大きな教会建ててたんだけど、正義の人なら教会を攻撃して悪を討てなんて絡まれたって」
お酒のやり取りで縁ができてるモリーは、たぶん本人から聞いたんだろう。
結果としてワゲリス将軍のほうが、国軍舐めてるっていうことで改革派の絡んできた人たちをしょっ引いたらしい。
乱暴だけど暴動起こしたと聞いた後だと、その素早い対処を悪いとは思えない。
前世でも暴動で荒らされる街の様子なんかニュース映像にあったし。
こっちも色々あったけど、帝都も平穏無事というわけにはいかなかったようだ。
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