閑話57:ディオラ
錬金術科が噂になっていることは知っていた。
乱暴だとか、礼儀知らずとか、批判も多く聞いている。
きちんと話を集めれば、無礼を行ったのは泣かされたり負けたりした魔法学科。
それを無視するのは、学園内、特にラクス城校を追い出された落ちこぼれの錬金術科という固定観念があるからだった。
「マーケットで触れて、少しは実態を知り認識を改めてくれれば…………」
マーケットの準備中。
私が思わずため息を吐くと、近くで売り物として出す中古品の点検をしていたソーさんが同じようにため息を吐いた。
「私たちが連れて行かなければ興味もなかったな。それに実際見たところで魔法と思い込んで、説明も理解できていなかった」
「一切の魔力を使わずとも自然を操ることはできると証明しているのに、勉学に対する研鑽が足りな、あ」
思わず漏れた批判めいた言葉。
学園を持つ王家の者だからこそ、そこに所属する者を批判しては影響がある。
「自然を操るか、なるほど。結果が同じだから魔法だと思ったと」
私の失言には触れず、落ち着いているソーさん。
目は手元の売り物に据えられていた。
正直話しやすい。
無闇にこちらへ視線をやらないし、話を聞き逃しもしないし、声が不自然にも早口にもならない。
さらには周りの様子もちゃんと把握している様子が、いっそ好感さえ覚える。
「それにしても、他の者はちゃんと準備をしているのだろうか?」
「しては、いるでしょう」
不自然に私たちの周りに人が寄らないようにしているだけで。
そこは気づいているのか、いないのか。
鈍いわけでもないはずなのに、確実に留学前は気づいていなかったから不思議だった。
同じ年頃で、私に並ぶ学力として上げられるのはこのソーさんだ。
なのに何故か、勝るとも劣らない知性を備えたアーシャさまにも気づいていない。
「そうだ、アズロスたちが作った投光器。あれに似た映写機というものがルキウサリアにはあると聞いたのだが」
「はい、壊れていた錬金術の道具です。専用のレンズが必要になるためそちらの作成を行い交換の手筈を整えています」
「その、我がユーラシオン公爵家に一つ融通などは?」
「学園の備品ですので、研究対象として一台は学外へ。けれどその他は学園での使用を目的として整備しております」
「そうか、残念だ」
本当に、普通に、適度な距離を持って話せている。
だからこそ本当にわからない。
どうしてアーシャさまとアズが同一人物だと気づかないのか。
一緒に馬車に乗ったことさえある。
その時に折を見て話を聞いた限り、アーシャさまはソーさんに対して幼い頃から真意を悟られないように誤魔化していたとか。
髪の色も、私も知らなかったけれど銀髪が本来の髪色だという。
側の者にしか言わずに今まで隠してきたからこそ、と言われればそうかもしれない。
「錬金術は危険だとばかり思っていたが、あんな使い方があるとはな」
「確かに危険なこともあります。毒の害は確かにあるとも聞きますし」
私の相槌に少し困った顔をする。
錬金術に明るいなんて聞かないけれど、一般的な危険性以外に知っている?
となれば、それはきっと私が知る限り今代一の天才錬金術師からの情報。
「アズと留学の際にロムルーシの錬金術に触れたとか。何かありましたか?」
「そう、だな。錬金術で魔物を従える研究がとん挫して大変なことになっていて…………」
「まぁ」
それは知っている。
アズがアーシャさまと知って父に詰め寄り、錬金術科に提出されたアーシャさまの留学報告には目を通させてもらったから。
それとは別に、アーシャさまとして封印図書館に繋がる錬金術師の足跡があったことも報告されおり、そちらにも目を通してある。
きっと言葉を濁したソーさんは、地下のオートマタの危険性を考えていたのだろう。
アーシャさまの報告では、ナイラと名乗った封印図書館のオートマタよりも下位とか。
またすでに起動できない状態に陥っているため、ロムルーシでオートマタがもう一度起動することはないとも。
それでもイマム大公領で危険とされていた錬金術の遺構だったのは確かなこと。
「どんなものも使う者の管理が大事でしょう」
「確かに、そのとおりだ」
今度は心底同意する様子で、ソーさんは応じた。
これは領地を持つユーラシオン公爵の継嗣としての責任感?
アーシャさまのみならず、留学に帯同した学園関係者たちからの報告では、イマム大公は先代が問題を起こして幽閉からの代替わりが起こっていた。
色々と大変な時期だったとか。
きっと管理がいき届かずに問題もあり、ソーさんはそのことを思いはせたのだろう。
「あの投光機によって動く絵は、害もなく、楽しい錬金術として素晴らしいものです」
「あぁ、あんな物を作るとはな。あの魔物の翅をどうするかと思っていたが」
一緒に採集をしたけれど、正直何に使うか私たちはわかっていなかった。
私はただアーシャさまがいると知ってどうしてもお側にいたくて同行を。
そしてソーさんはそんな私を守ると言ってついて来た。
私は固辞したけれど、アーシャさまとソーさんは留学で友人と呼べる間柄。
そうなると、帝都で数回会っただけという私がついて行くのも不自然になる。
身分を隠したアーシャさまの邪魔になるわけにもいかず、同行したのだけれど。
「あれでネヴロフなどは、まだできに満足していないと言っていた」
「えぇ、イルメさんはもっと別の発表や研究の成果を出すための場所と時間が欲しいとか」
こうして錬金術科に関して話す限りはなんら支障がない。
私のほうからも近づかないようとしたり、避けようとしたり、周囲にこうして妙な気を使われたりもしているのに。
本人は無意識だけれど、私との交際を求めていることは言わずともわかる。
自意識過剰というにはわかりやすく、だからこそ無意識の表現なのだろうことも。
婚約者のウェルンタース子爵令嬢も察せられるほどで、疑いようはない。
なのに本人ばかりが無意識なのが困りもの。
「アズロスは家を出るようなことを言っていたが、錬金術師として店でも出す気だろうか」
「え、そうなのですか?」
思わず心底驚いて声を上げてしまった。
ただの貴族子弟ならまだしも、アーシャさまは第一皇子。
ソーさんは全くなんの気もなしに言っているけれど、その発言はとても危うい。
私は思わず周囲を確認し、他に聞く者がいないことを確かめる。
「まさか」
ソーさんが、私のあまりにあからさまな動きに、何かを察したかのように呟く。
私は失態に息を詰めた。
「ルキウサリアの側で錬金術師として雇用を望んでいるだろうか?」
「え、えぇ…………そう、そうなのです。第一皇子殿下がいらっしゃっているので、その手伝いと状況のまとめの人員を。すでに今年卒業を見込まれている学生には、関連書籍の捜索や整理の人員として打診をしております」
思わず国内でも一部でしか回っていない情報を早口に語ってしまった。
不都合を隠そうとするわかりやすい行動だ。
笑顔で口を閉じるけれど遅いかもしれない。
私がじっと反応を待つと、ソーさんは磨いていた売り物を置いて遠くを見るような目をした。
「もし実家と切れるようなら声をかけたかったが」
「そ…………れは、難し…………いえ、まだ、先のことですし」
「今年一年が終わって後二年。それほど先でもない」
「相手方の、都合もある、でしょうし」
本当に無意識だからどうしようもない。
私への意識も、言葉でしっかり伝えられればお断りもできる。
けれど何も言われていない状況で言ったところで、意味はない。
ソーさん自身が言っていないのにお断りするなど、そんな気はないと言われてしまえば私が無礼で恥ずかしいだけだ。
そして今回もアーシャさまと知らないからこその危うい発言の連続。
皇子が帝室を抜けたら、自身の配下として声をかけるだなんて。
しかもユーラシオン公爵家の継嗣が。
「ア、アズは、あまり誰かの下につくような、性格にも思えません」
「それは、確かに。偉そうというわけではないが、妙に不羈というかな」
納得してくれたけれど、特別アーシャさまを配下にする思いを覆した様子もない。
知っているからこそ、私の心臓が早くなっていく。
下手をすればユーラシオン公爵家が、現帝室に明確な反意を示すことにもなりかねない。
危うい上下関係を語る姿に平静を保つので精いっぱいだ。
これは、アーシャさまはもちろん、父も私に言わなかった理由が今さら身に染みる。
そして上手くアーシャさまがアズを演じている証左でもあるのだろう。
私が余計なことを言って気づくきっかけになっては顔向けできない。
「そろそろこちらに人を呼び戻そう」
「そう、ですね」
全く気付いていないからこそ、折よくソーさんが話題を変えてくれた。
そうして力を抜いてみれば、アズとしてルキウサリアが雇用のために声をかけると取れなくもない返答をしてしまったことに気づく。
それもまた不敬で、いつもとは逆に、私はソーさんを盗み見た。
気づいた様子のないソーさんは、よほど第一皇子をしている時のアーシャさまに興味がないようにも思える。
不敬なことを考えてしまう頭を軽く振ると、私は密かに胸を撫で下ろして、隠れている人たちのほうへと足を踏み出した。
ブクマ5700記念




