283話:上映3
マーケットの準備で問題が起こった所にテスタが現われた。
と思ったら、帝都にいるはずの商人のモリーも一緒だ。
さらにレナート、テレンティ、エラストの小熊たちもいる。
驚くラトラスの様子から、来ることを知らされずにいたんだろう。
「今日着いて、ラトラスが帰ってくるの待つつもりだったの。でも、偶然テスタ老にお会いできて。誘っていただいたのよ」
モリーはこっちの支店の視察ついでに、錬金術科のマーケットの出し物を見るつもりだったそうだ。
「ラトラスのお知り合いは、テスタ老と懇意なのね」
イルメがウー・ヤーと話している声に、ラトラスの猫耳が反応する。
「こちら、うちのモリヤム酒店の会頭。それと、錬金術での酒造りの機構を開発した職人のご兄弟たち」
表向きのラトラスの説明に、三つ子がなんとも言えない顔をする。
僕はディンカーじゃないんで、そのまま開発者だと思われててほしい。
モリーは笑みを浮かべてトリエラ先輩に目を向けた。
「あなた、腕のいい料理人なんですって? 料理に錬金術の技法を取り入れているとか。ラトラスからの手紙で気になっていたの」
あ、あの顔は完全に商売モードだ。
そしてずいずい来るモリーに、トリエラ先輩は慌てすぎて生返事になってる。
「おうちのために新しいレシピを作ってるそうね。でもそこは平民向けなんでしょ? せっかくラクス城校で学んだのに、それは勿体ないわ。どうせならレシピ一つ故郷に送って、さらに腕を磨くって帝都に出てみない?」
「はい、あの、え? はい?」
「女子寮、賄いつき、賞与あり。レシピ開発に専念できる専用厨房も用意するわ。企画書が採用されれば必要な食材の輸入経路の確立も視野に入れてあげる」
「え、え? そんな、む、無理です。あの、親に相談…………」
「あら、確かにおうちもあなたほどの才能手放したくはないわよね。だったら、まずあなたのレシピを私が買う。そしてその値札をつけた状態で無料でご実家に送ればいいわ。値段のつくものを家族だから無償で受け取ったなら、身内だって文句は言えないもの」
「な、なるほど?」
ぐいぐい行くモリーに押され、トリエラ先輩が考え出してしまう。
僕はラトラスを突いて、三つ子にも目配せをした。
察してくれた四人がかかりで、商機にまい進するモリーを止めてくれる。
「うーむ、若さの違いか。先を越されたな。トリエラ嬢、薬学にもその技術は使えるだろう。興味があれば一度わしの研究所に来ておくれ。話は通しておく」
「え、えぇ!? 何これ、何かの夢? え? 私が?」
テスタにまで勧誘されて、トリエラ先輩が一番混乱して夢を疑う。
テントから顔を出していたワンダ先輩も、口をぽっかりあけていた。
その姿に目を止めたウー・ヤーは、何か納得した様子で頷く。
「なるほど。引き抜きとか誘いというのは、あぁして落とすための魅力を押していくか、どんと構えて相手から来るのを待つくらいの余裕がないといけないんだな」
「ぐぬぬ、わ、わたくしだってお金はありますわ。ありますのに…………」
ラトラスの勧誘に失敗したワンダ先輩は、たぶんアイディアはあるんだ。
けどそれを実現できないし、実現したとして売り出すような商才もない。
商才を持つ人の下で企画立案をチームでやるほうが合ってる気がするけど、この世界そういう業態なさそうなんだよね。
引っ張っていく勢いはあるし、たたき台を発案できる考えだけはあるのに。
話が落ち着いたと見たウェアレルが、テスタとモリーに声をかける。
「遅れているようですし、これ以上は。エフィくん、中の見学はできる状態ですか?」
「あ、はい! ワンダ先輩は練習をしていただけで、それとネヴロフは投光器の点検はあとでも…………」
僕を見るエフィだけどちょうどよく、できた分まで絵を持ってきた作画班が合流した。
僕はエフィにそっちを呼ぶよう顎を向ける。
そのやりとり見てたテスタが残念そうだけど気づかないふり。
僕は今回相手しないからね。
「では、スティ…………いえ、イア先輩とキリル先輩。見学をなさる方々のために急いで完成をお願いします」
うーん、エフィの英断でステファノ先輩が外される。
それから未完だけどある分は急いで繋げることになった。
テスタとモリーはテントの中で、錬金術の実体験コーナーを案内される。
その間、野営に慣れたウー・ヤーも入れて竈作りを開始。
それに竈を仕事で扱う鍛冶師のテレンティとガラス職人のエラストも加わってきた。
「あらぁ、もうお客さんやなんて。千歳、どうしたん?」
遅れて来た作画班のヒノヒメ先輩に呼ばれて、チトセ先輩が説明。
そして竜人の王族テルーセラーナ先輩が、オレスとジョーにかぎづめのある指を差す。
「伝手や他人の権威というものはこうやって使うの。自分のみを飾ることばかり考える狭い了見で振るえるはずもないのよ」
厳しい指摘と、下級生のほうが伝手があることにジョーとオレスはがっくり。
それを横目に料理班として最初から見てたメル先輩が首を傾げた。
「だが、直接の知り合いのエフィもラトラスも来訪を知らずにいたようだ。誰が今回の催しの宣伝を? ちなみに私は今さら手紙送ってもハドリアーヌからはこられないから最初から誰も呼んでないぞ」
伝手はあるだろう貴族なのに、メル先輩は何もしてないという。
それに合流したヒノヒメ先輩がウェアレルを見た。
「色違い先生が案内しはったんやから、第一皇子殿下やないの?」
いや、僕は何もしてないんだけど…………二人の繋がりはそれだよね。
テスタは今僕と行動してることになってるし、モリーは職人の小熊が第一皇子の家庭教師の甥だし。
就職斡旋したし、調べればわかる範囲の繋がりだ。
誤魔化すだけ勘ぐられるので、ウェアレルも隠さず応じる。
「そもそも私が教えたエッセンスについての知識は、第一皇子殿下のものです。あなた方に教えるとなった時点でご許可と実験に際しての注意助言をいただいています」
それでも微妙に話を逸らすことはする。
「卒業相当と認められて留学中とは聞くものの、錬金術で何か成果を上げたとも聞かないのに? 本当にエッセンスを独自に開発したんですか?」
「いいえ、そもそもエッセンスの作成については過去の文献を当たって作られています。そして留学前に帝都のほうではコーヒーをより良く抽出する機材の開発をしました。まぁ、聞こえていないでしょうが」
エルフのウルフ先輩の疑問に、ウェアレルが訂正を入れる。
サイフォンは僕がそもそも前世の記憶頼りだったから、専用器具作るのにけっこう手間がかかった。
あとコーヒーあるけどこれも輸入品で高価だから、僕が錬金術の成果として発表しても、貴族は見向きもしないし、市井に広まるわけもない。
まぁ、三つ子には試作機を作るの手伝ってもらったから一つ贈呈したし、それとコーヒーと合わせるカクテルも作った。
冬限定で売り出した時には帝都でも好評だったけど、サイフォンが僕の発明とわかると客は触れなくなるそうだ。
「話すのはいいですが、まずは手を動かしなさい」
ウェアレルが切り上げるように言う。
実際竈作りの手止まってたしね。
けどその間に、いつの間にか羽毛竜人のロクン先輩がモリーににじり寄ってた。
「酒の後の茶など良いと思いません?」
「ほほほ、うちのラインナップをごぞんじない? 茶を使った酒もありますのよ」
「く、けれどこっちの支店は、帝都とはまた別に販路を持つほうが節約にもなるのでは?」
あー、紅茶カクテルのレシピ出したね。
地方にはロシアンティーみたいなのあったけど、まずお茶が高級品でそんな飲み方する人少なく、家でちょっとやる程度。
だから知らない人は知らないで物珍しく、寒い時期の限定品で出してた。
というかロクン先輩、お茶の販路持ってるおうちなの?
なんで錬金術科にきたんだろう?
「茶師御用達のミシュアルハイサム家からのお話は大変ありがたいわ。けれど、我がバーリデトーニョ家も茶畑は所有してますの」
どうやらモリーの実家とは商売敵というか売り物被る家らしい。
そしてラトラスからの情報なのか、ロクン先輩の実家も把握済みと。
「茶師って何か知ってる?」
ラトラスに聞いたんだけど、答えたのは三つ子だ。
「竜人の国で色の鮮やかな茶を売り歩いてる人らしいぜ」
「なんかその場でスパイス調合して入れるんだって」
「町医者みたいなもんで、何より美味いところは人気って」
「あの、こちらのアズ、貴族子弟なので」
ラトラスが普段どおりに話す三つ子に、遠回しに注意する。
僕は気にしてないふりでお礼言うんだけど、気を抜いてしまった三つ子はおおげさなほど慌てて謝った。
そこに様子を見るふりで、テスタが近づく。
「そう言えば、近く第三、第四皇子殿下方もご到着なさるとか。お二人は兄君の影響で錬金術にも興味をお持ちだ。こちらに足を運ばれることもあるやもしれん」
そんな言葉に錬金術科は驚きと緊張をするけど、僕はついテスタを見た。
わざわざ言うってことはたぶん本当に近い所まで来てる。
だったら皇子の通行を把握してる王城に問い合わせすれば、もっと詳しい到着時期もわかるってお知らせなんだろう。
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