282話:上映2
準備はどんどん形になっていった。
ゼリーは色へのこだわりうるさかったけど、作り方は確定してて完成が早い。
その後は炎色反応をどう見せるか、竜人の先輩たちが火魔法を使って色々やってた。
料理班だったワンダ先輩とエニー先輩は、素材調達班として独立。
けっきょくダンジョンでも転んだり手元が狂ったりで翅を損壊。
結果、ワンダ先輩には全く別の役割を与えることになった。
「冬の寒さ深まる夜。そのことは起こったのです。これは一夜の神の慈悲、人々の信心の奇跡。どうぞ静かに、席をお立ちにならないよう、お聞きください」
「うん、そうそう。最初は優しく、それでいてしっかり注意して」
「ほほほ、この程度…………!」
「はーい、力みすぎないでくださいね。ワンダ先輩」
演技指導してたら調子に乗るので注意する。
ワンダ先輩には、通りの良い声を使って語りをしてもらうことになった。
アニメーションもどきの内容は、最初無音を想定して誰もが知っている冬の童話に。
けど結局あぶれたワンダ先輩をどうにかしようってなって、語りを任せてる。
ついでに上映の注意もしてもらうため台詞を書いて説明と指導を僕がしてた。
「はい、止まって。映ってる絵を見てください。場面とずれてしまってます。その場面は溜めすぎないで」
「うぐぐ、わかりましたわ。もう一度、今度こそ完璧に!」
作った投光器の調整も兼ねてやってるので、機器整備で待ち時間ができると、ワンダ先輩は台本を両手に握っておさらいを始める。
投光器は真ん中に小雷ランプ、その先には黒い円錐型の筒が据えられていた。
そして上下にホイールがあって、魔物の翅を使ったフィルムが回転する。
映し出される映像はパッと見ステンドグラス風で、デフォルメされた絵柄。
翅に元からある縦横の模様がどうしても影響するとなって、ステファノ先輩がいっそ活かそうと言った。
結果、ステンドグラス風にすることから宗教関連の童話になってる。
「あ、ワンダ先輩。別に完璧でなくてもいいんです。足りなければ補えばいい、努力をすればいいというのが物語の趣旨でもあるんですから」
前世でこの童話に近いのは、クリスマスの話の賢者の贈り物だ。
男女が互いを思い、自分の大切なものを売り払って贈り物を用意するというもの。
こっちの話は、男女は死の淵にいる。
けれどそれを神の助けに導かれて大切なものを手放すことで、互いの命を拾うという。
けっこうハラハラする展開もあるから、ワンダ先輩の勢いのある声はそこに取っておいてほしい。
「わかりましたわ。…………ところでこれは、残りの絵は完成しますの?」
ワンダ先輩が言うとおり、ステンドグラス並みに色を使ったフィルムは、五分の一がまだ未完成だ。
キリル先輩が監督してくれてるからギリギリ行けるそうだけど。
いっぱい描きたいステファノ先輩とイア先輩が組んでしまってこうなった。
まぁ、使った画材は自分たちで作ったものだし。
錬金術の成果として発表してもおかしくないから先生からもゴーサインでたし。
「まだ滑らかにいかないなぁ。回す時になんか跳ねるんだよな。いっそ重しつけるか?」
「ネヴロフ、今回はやめよう。また解体して組み立てるのに時間がかかりすぎる」
投光機を回して調子を見てたネヴロフを止める。
説明は下手でも立体の組み立ては得意だから、形にできたのはネヴロフのお蔭だ。
けど本人はまだ自分の想定との違いに首を捻ってる。
「アズ! ちょっと来てくれ!」
ウー・ヤーに呼ばれて振り返ると、マーケットをするためのスペースに建てたテントの中に光が差していた。
十メートル四方で、前世で言えばサーカステントの小型か、野外イベント用のレンタル品みたいなもの。
テントを出てみると、竈を組み立ててたはずの先輩たちが手を止めて何か言ってる。
そこに別の学科らしい生徒が動いていた。
「だから、そこはこちらの場所だ。すぐに撤去をしろ」
「うるさいな、邪魔をしないでくれ」
「邪魔なのはそちらでしょう。取り決めを守りなさい」
「錬金術科が無駄にスペース取るなよ」
他の学科の生徒に先輩たちが抗議するけど、相手にしないし聞く耳を持たないで作業を続けてる。
「あの調子で聞かないんだ。アクラー校の商業学科らしい」
エフィもらちが明かないと言いつつ寄って来た。
「申請が通っているなら、向こうが無法だ。だったら、直接言うんじゃなくて学科の教員とマーケットの実行委員会に訴えるしかない。たぶんそれが一番早いよ」
「けど竈の火が付くかどうか試さないといけないのに」
「実行委員会が動かないことも想定して教員? だったらその次も考えるべきかしら」
ラトラスは不機嫌に尻尾の先で自分の足を打つ。
その横でイルメも僕の意図を察して、正攻法でやれることを挙げた。
というか色々言ってる先輩たちにうるさそうに答える言葉では、どうも毎年侵犯していたこともわかる。
それで今まで文句言われなかったから、どうにでもなると思ってるようだ。
つまり今まで錬金術科のスペース込みで売り上げを出し、今年もそれで計算してるから今さら言われても困るというのが向こうの勝手な言い分。
「ゼリーと竈が近すぎて溶ける可能性もあるから、場所を確保してからじゃないと火を入れることはできないよ。ともかく場所は申請どおりに…………」
「どうしました、何か問題でも?」
背後から聞こえるウェアレルの声。
一応教員だからそっちからも言ってもらおう。
そう思って振り返ると、思わぬ人物が一緒にいた。
「ふむ、マーケットの準備の時点でもめ事かな?」
ウェアレルと並んで現われたテスタ。
最初に反応したのはエフィだった。
「これはテスタ老。お寒い中いかがいたしましたか?」
そしてその声に商業学科の生徒たちも目を向ける。
学園でも勢いのある薬学科、その発端となったテスタの権威は学園にいたら耳に入るものだろう。
ただ錬金術科の先輩たちも驚いて、声かけたエフィを見てる。
どうやら編入の顛末は知らないらしい。
本人も何故かよくわかってないから説明のしようがないのかもしれない。
「何、当日わしがいては邪魔になろうと、準備中に見学させてもらえんかとな」
「予定では竈を作って菓子の焼き上がりを確認するはずでは?」
時間を見て案内して来たらしいウェアレルはアクラー校の商業学科を見る。
そしてウェアレルとテスタが僕をチラ見するけど、ここはエフィだ。
肘で突くと、エフィは緊張しつつも場所を取られている状況を話した。
「なんと。興味深い出し物をすると聞いてきたが。そんなけしからん理由で真面目に計画を練った学生を妨害するとは」
錬金術科ならいいやと舐めていた商業の学生たちは言い訳もできない。
テスタは錬金術科だからじゃなく、同じ学生として扱ったから。
それで言えば申請した場所を侵犯してるほうが悪いのは明白。
商業学科の学生たちは、勝手に設営していた商品棚をしぶしぶ撤去。
遅れて来た教員は、テスタから叱責を受けて急いで学生たちを動かす。
ただ、竈ができてないからテスタが見に来たお菓子もない。
たぶん下痢止めボーロだよね。
「トリエラ先輩、あのボーロ持ってきたりしません?」
「うん、家で小さめに焼いたの。竈の大きさによってはこれもできるし、食感が違うから味見してもらおうと思って持って来てるよ」
運良くトリエラ先輩が同じレシピで、指で摘まめる程度の別バージョンを焼いて来ていてくれた。
聞こえたテスタは笑顔でトリエラ先輩に声をかける。
「お嬢さん、ちとわしにもわけてはもらえまいか? それと説明も聞かせてほしい」
「は、はい。すぐに」
「うむ、見た目は焼き菓子。これが本当に薬になるのか?」
「はい、一時的にお腹の動きを止めるみたいで。症状に合う場合はたぶん、薬にもなるかと」
「材料は? 薬の作用をもたらす物はわかっているかな?」
「それはですね…………」
トリエラ先輩は聞かれるままに答える。
テスタは味見して、甘く食べやすいことに満足した様子で頷いてた。
「なるほど、味か。薬を飲むことを嫌って死ぬ者もいるが、こうして味を工夫することも必要かもしれん」
「獣人が薬を飲まない理由は匂いの場合もあります」
ウェアレルが種族の特性も関わることを伝える。
そして僕と目が合った途端、思い出したように後ろを振り返った。
そこには距離を取って待ってる人たちがいるようだ。
いや、見たことある四人組って、あれ…………。
「モ…………!」
「モリーさん!? あ、それにレナートさんたちも」
ラトラスが言ってくれて良かった。
予想外な姿に、危うく叫びそうになったよ。
「はぁい、久しぶり」
ラトラスに応えて手を振るモリーは、僕と目が合うとウィンクをしてきたのだった。
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