281話:上映1
マーケットの準備は日に日に忙しくなり、学科に関わらず学生たちは走り回った。
けどそれはそれとして授業もあれば、試験もあって、第一皇子としての動きもある。
僕は午前の内に封印図書館のあるダム湖に来ていた。
新しくできた実験場にテスタたちがいる。
冬の水場で高齢者が率先して実験してる姿を見れば、実験場作って良かったと思った。
「体大事にね」
「は、はぁ…………。のう、殿下はどうなされた?」
素直に伝えたら、テスタは困惑。
僕に同行してる侍女見習いのテレサへ聞く。
「弟殿下が近くルキウサリアへ参られるとお聞きになられたためではないでしょうか」
「おぉ、マーケットに寄付をという話であったな」
皇帝からマーケットに寄付が届くことは知ってたらしいテスタ。
そこら辺は権威と呼ばれる人脈か、外交系の情報も入れられるようだ。
実はすでにワーネルとフェルは、ルキウサリアに向かって帝都を発ってる。
けど僕がそのことを聞いたのはつい先日。
「しかし、それはすでに知っていらっしゃったのでは? 王城では寄付をいただく際に催す宴も準備が始まっております。すでに名簿は作られているはず」
「帝都とは伝声装置でやり取りしてたけど連絡漏れがあってね」
ヒノヒメ先輩たちを家庭教師にするって連絡をした時に、父からも双子がルキウサリアに向かうことを言うつもりだったそうだ。
なのに言い忘れたのは、ヒノヒメ先輩がイクトへ嫁入り志望ってところに父が食いついてしまったから。
なんにせよ、ワーネルとフェルに会える!
ほぼ一年ぶりで嬉しいけど、テリーはいない。
春にレクサンデル大公国のほうに行くからその準備とお勉強で来ないらしい。
「あ、そうだ。テスタ、僕春になったらまた空けるから」
「春、帝都へお戻りですか?」
「ううん、レクサンデル大公国の競技大会見物。学生も参加するって聞いてるけど」
「えぇ、騎士科や魔法学科から。その上で、見物人として行く者もおりますな。そう言えば、レクサンデル大公国の子爵家の者も、春には帰国すると聞いております」
「エフィが?」
テスタが送り込むようにして編入したエフィ。
ただの帰郷と考えるには、あまり家族関係良くなさそうな状況だ。
立場が悪くなった理由が、錬金術に二度負けたからだし。
アーシャとして行こうかと思ったけど、エフィも気になる。
ナーシャとの約束もあるけど、アズとは面識できてるし誤魔化しは効くだろう。
「春の予定はまた決まったら連絡するよ。それで、今日は新しい素材の話。弾性と防水性に優れたゴムって言うんだけど、それを錬金術科講師が持っていてね」
ネクロン先生が持ってたゴム玉について説明する。
利用法はもちろん自転車のタイヤだけど、前世のように使うにはまだ改良が必要になる。
となると次点で靴底で、絶縁体の性質はまだ先かな。
一応、ウェアレルのほうからゴム玉については聞いてもらっていて、ウェアレルからテスタに情報が流れたように見せかけるつもりだ。
「すぐには無理でも改良のための素材として使えると思うんだ」
転輪馬と呼ばれる自転車、今の所木製で衝撃吸収できない。
馬車と同じ跳ね板での吸収機構はあるけど限度がある。
だから現状の試用では立ち漕ぎが推奨されてたり、登り道では押すほうが楽だとか。
形になって来てるとはいえ、完成形を知ってるほうからすると不安しかない状況。
それでも荷馬車を引いたり、実際に距離を走って見たりしている中で、歩くよりもずっと早く重いものを運べると使用感が報告されてる。
「ふむ、ゴムですか。一度実物を見たいものですな」
「ウェアレルが聞きだせないようなら、ネクロン先生は講師だしテスタが接触しても大丈夫かもね」
そして話はテスタのほうの報告に移る。
「封印図書館より運び出した熱病の薬は、どうも副作用があるようです」
「あぁ、そう来たか。籠って研究した薬だし、臨床実験なんてしてないだろうね」
八百年前の天才が、罪の意識から黒犬病に対抗する薬を作ろうとしていた。
けれどこれといったものはできず、過程で解熱剤や抗炎症剤と思われるものを作ってる。
抗生剤じゃないかなって思うものもあったんだけど、本当に効くかは実験してない物ばかりでわからない。
テスタに回して調べてもらったところ、動物実験の結果重篤な副作用があるんだって。
内臓系にダメージ行くらしいから、病気で弱った人には使えない。
「そこから新たに効き目は弱くても副作用抑える形で作れそう?」
「はい、もちろん。天才が故に形にできただけで、薬学に明るい訳でもないようでしたので、一度の服用で快方に向かうようなものでした。それではとても実用にはできません」
そこが魔法のある世界の難点だよね。
魔法は目の前でわかりやすく回復するから、それを薬にも求めてしまうんだ。
けど薬ってそう言うものじゃない。
だからテスタは実際に時間をかければ、安全に治療できるという実績を重ねて、今の薬学科を作ってる。
「その薬を目くらましにできる間に、封印図書館の活用考えないとね」
「学ぶほどに、あの封印図書館を形作る技術の大いなる知を感じる日々です」
マーケットや試験で時間が取れなかった分色々話していけば、やっぱりテスタは錬金術科のマーケットでの出し物に興味を示す。
「錬金術体験コーナーみたいなのを考えてるんだ」
「ほう、面白そうですな。実際に見て学ぶというのは大事でしょう。良い案かと」
弟子を抱えて実績を作ってるテスタにそう言われるなら、前向きに考えよう。
ディオラも楽しみにしてくれてるし、双子も来る。
みんなへの説明や準備に忙しくなるけど、僕のやる気は十分だ。
そうして午後は学園へと向かった。
「だから、こっちが右回りしたらこっちは左回りになるんだって。で、そこからこっちが」
「うん? うん? ちょっと待って。わかんなくなってきた」
「上いったら下行くんだよ。だから上下なら上回したほうがスムーズに回って」
「上に行くんだろう? だったらそのまま上じゃないのか?」
教室に行ったら、一生懸命説明するネヴロフがいた。
それをラトラスは混乱し、ウー・ヤーが納得いかない様子で聞いてる。
「アズ、来たのか。ネヴロフが言ってることはわかるか?」
「うん、わかるし正しいこと言ってると思うけど」
エフィに聞かれて答えると、イルメが結論を口にした。
「だったら投光機はネヴロフに作ってもらったほうがいいわね」
ネヴロフの才能は、機械に近い物を作れることだ。
故郷では僕が残した錬金術の資料から、自力で水車を作ったとか聞いてる。
もちろん蒸し器や岩盤浴施設の構造も理解しているそうで、構造物に強いのかな。
そんなネヴロフが思いついた様子で被毛に覆われた指を立てる。
「あ、そうだ。上から流せばいいんだ。坂下るような橋って作れないかな?」
「橋? あぁ、故郷の。アーチ状の橋ならすでに技術もあるし、頑丈ね」
イルメが良くある形を上げるけど、ネヴロフ曰く、下るだけの橋だとか。
「それ、橋っていうより階段じゃない?」
「なるほど。確かに下り一方だとそうだな」
気づいたラトラスに、ウー・ヤーも想像が追いついた様子で頷く。
「話が逸れてるぞ。アズも来たんだ。投光機について詰めよう」
そこにエフィの突っ込みが入った。
取り巻き引き連れてただけあって、方向性示すのがエフィの特技かな?
投光器と呼んでるのはただ光を当てるだけじゃない。
小雷ランプを組み込んで動く絵を回すホイールをつけた機構のことだ。
ちなみにこの世界にも投光器はある。
中に蝋燭や焚き火入れる形のもので、光の調節をするため小雷ランプにつけた筒が、まさに投光機と同じ形と役割だからそう呼んでる。
「…………で、あの翅の感じだと、あんまり速度出すと破れると思うんだよ。上手く巻き取らないとぐしゃってなって、ばりってなる」
「うん、だったら巻き取る前に、位置を修正するための棒でもつけようか。あと、回す時に跳ねて位置がずれないように足元はしっかりしたいな」
具体的に完成図を頭に描けてるネヴロフと話せば、試しに作ってみる必要がありそうだ。
そうなると今ある翅じゃ足りない。
「うん、ちょうど膝抱えてた人いたし頼んでみるか」
僕は投光器の設計を詰めて、料理班の所へ向かった。
また今日も何かしたらしく、濡れて部屋の隅にいるワンダ先輩に素材調達をお願いする。
最初は嫌そうだったけど、要になる素材だって話をしたら、すっくと立ちあがった。
「ほほほ、よろしくってよ。下級生が頼りにするのなら応えてさしあげる!」
「あ、そいつ解体も下手だからおいらも行こう。ついでに最近動いてないって言ってるウィレンも連れて行くか」
今日はいた馬獣人のエニー先輩がとても頼もしい。
聞けばバッタは隠れてるだけで、浅層よりも下のほうが数は多いんだとか。
虫が嫌う臭いの薬をあえて設置して、誘き出す方法があるらしい。
さらに就活生と上級生だから、学内活動の一環でダンジョンに入ったこともあるし、バッタの翅を傷つけずに倒すこともできると言う。
僕たちは初チャレンジでぞろぞろ列を作って行ったけど、ここは慣れてる人に任せることにしよう。
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