閑話56:アーシャ
ダンジョンで初めて素材集めをした後、僕たちは教室で早速作業に取り掛かる。
「みんな疲れてないの?」
「そういうアズだって」
「やっぱり気になるからな」
バッタの翅を切り出して特徴を描き出してる僕に、ラトラスとウー・ヤーも軸になる棒にバッタの翅を巻いてみている。
予想よりもフィルムっぽい。
折れて割れるほどの硬さはないし、くしゃっと丸めると折れ目が取れない。
きちんと乾燥させるとバラバラになる可能性もあるから、経過で観察も必要だ。
「こういうのは早い内に確かめて次を備えるべきよ」
「ま、やりたい時にやるほうが気分も乗るしな」
真面目に計画として言うイルメに、ネヴロフはやる気の問題らしい。
そうして色々やった後、僕たちはバッタの翅に描かれた絵に小雷ランプの光を当てて、飛び跳ねるだけのバッタの絵の連続再生を映し出す。
今回はイア先輩に黒一色だけで動きのみを描いてもらった絵の連なりだ。
「どうでしょう?」
聞くエフィの視線の先には、ヴラディル先生がいる。
回すだけの長さもないから、小雷ランプの光に当てて手でぶら下げて動かすだけだけど。
「はぁ、あのバッタがこうなるのか。学生時代散々倒したが、活用しようと思ったことはなかったな。古く壊れていた映写装置というものが学園にもあるんだが、たぶんそれと原理は同じなんだろう。あっちはレンズと鏡が仕込んであって動きはしないがもっと鮮明だった」
「散々って、ムジナに食べられたらしくて全然いなかったぜ」
探して四匹だけだったと訴えるネヴロフに、ヴラディル先生が懐かしそうに笑った。
「あぁ、上層はな。あのバッタは深層にも出て来るんだが、深層にいるほうが大きいぞ」
聞けばダンジョンの食物連鎖の最下層がバッタの魔物で、それ故に繁殖力が他より強く、全体に分布している。
ただ中層や深層のバッタは隠れるのが上手いか逃げ足が速いため、見つけるなら浅層がいいそうだ。
「自分の知ってるチトスのダンジョンとはだいぶ違った」
「エルフの側とは似ているかもしれないわ。拡張と同時に防御機構を造るの」
自然のままだと言うウー・ヤーと、人工物にすると言うイルメ。
「本来、来年の始めにダンジョンで素材集めの授業があるんだが。ちょっとダンジョンについて教えようか。作業しながらでいいぞ」
教室だから、ヴラディル先生は黒板に向かって図を描き始める。
僕は言われたとおり、小雷ランプの光量をいじりながらその様子を眺めた。
他も糸車から動かす機構を作るための図を描き、それぞれ手を動かす。
「まず自然にできるダンジョンというものは、地脈の流れが滞って淀んだ場所にできると言われている。本来地脈は人の活力、魔法の向上、作物への豊饒、文化の隆盛など良い効果を表すものだ」
「文化ですか? 地脈があると調子いいみたいなのは聞いたことあるけど」
ラトラスのぼんやりした理解は、一般的なもの。
地脈は色んな良い影響があるとされるので、パワースポット的なものだと僕も思ってる。
前世でも平安時代の都は四神相応で守っていると言う話があったし。
この世界では迷信とかじゃなく確実に影響のあるものとして用いられるけど。
ただ地脈を調べて国を作るなんて、今はされないとヴラディル先生。
「地脈の流れる地に王都を建てる国は昔よくあって、最初は隆盛する。飢饉が起きず、王都は外から攻め落とされることはなかった。だが、地脈は流れ続けて動く。百年経つと王都を攻めるために陣を敷く場所に地脈が流れるようになって、一夜で滅ぶこともあった」
その百年の間に大いに栄えたため、文化の隆盛の効果も謳われるそうだ。
同時に地脈を留めるすべがない以上、あえて選ぶようなことをすると滅びが約束されることになるんだとか。
「五百年くらい前にはよくあった。ただそこから魔法が隆盛して危険性が周知されるようになってからは、あえて都を地脈の上に建てることはなくなってる」
地脈はあるなら利用する程度だったんだけど、調べて効果を発表したのが魔法使いたちだそうだ。
ただそれは人間の側の歴史。
元から魔法と共に発展してた他の種族たちにはそれぞれの魔法と歴史がある。
「地脈は滔々と流れるからこそ良い働きをし、滞ると悪い働きをする。それが淀みだ」
ヴラディル先生の説明を聞きながら、僕はホイール二つを連動させて回す図を描いて見せる。
すると、ウー・ヤーが回す機構とフィルムの繋がりがわからず絡んだような絵を描きつつヴラディル先生に質問をした。
「自分の故郷では地脈は潮溜まりと似ていると説明されます」
列島を有する国土のチトス連邦ならではの地脈の解釈らしい。
というか、地脈って言いながら、海の中にも地脈はあるそうだ。
僕はウー・ヤーの絵から、回転させるべき中心の軸と、フィルムを回して光に当てる外側の回転を別にして描き出す。
それをイルメが光の位置を上下と中央に描いて、位置の試案を持ちかけて来た。
その上でエルフ側の地脈について語る。
「西では吹き溜まりと言うわ。こちらでは地脈は川の流れにたとえられるようね。けれどエルフでは霊脈と呼んで大地に関わらず流れ漂うとされるの」
「そうだな、天の運航と対応して語られることで、対象物として地脈と呼ぶ面もある。地面の下深くに流れると言う学説もあるが、それは証明されていないし、建物の中でも普通に地脈の影響はあるからな」
応じるエフィは魔法使い的な観点で語る。
地脈の上で魔法を使うと各段に効果が上がるし、建物の上階にいても影響があるそうだ。
同時に、地下に行くほど影響が強まると言う状態もあるので、証明されていないが地脈の発生は地下だと昔から言われているとか。
ネヴロフが、フィルムを回す輪の真ん中に小雷ランプを据える絵を描き、支える足を描くんだけど、どんどんぐしゃぐしゃになっていく。
「地脈は動く。だが、淀みは動かない。そして千年前には地脈の有無が王都の建設の基準にもされた。これがダンジョンの生まれる要因となってる」
ヴラディル先生は説明を続ける。
「地脈の流れの変化で滅んだ国の遺構の下に淀みができて、遺構の建物を入り口にダンジョン化する例が多いんだ」
つまりダンジョンは歴史上できた副産物。
地脈の上に城を建て、地脈の流れが変わって国は滅び城が廃墟化。
その下に地脈の残りか、かつての地脈の後に新たに噴き出して行き場を失くしてか淀みとなる。
それが地表に現れるとダンジョンという魔物の住処になるんだとか。
ラトラスはネヴロフが描いた謎の足をいくつかのパターン描き出して、どれが近いか聞きながら、ヴラディル先生の説明に経験を語る。
「商売で街を移動する時、知られていない廃墟見つけたら通報をしていました。それで狩人に街や領主が依頼して、ダンジョン化してないか調査をするんです」
「そうだな。たまに知られていない場所にダンジョンが形成されて、そこからはい出た魔物によって被害が起きる。だが、学園のダンジョンのように問題なく討伐できる範囲の魔物しかわかない場合は、地脈でしか育たない希少素材の採集場所として重宝される」
そもそも魔物は動物から変異したもので、狩れば減る。
素材にできる物は使うだけ減るし、魔石なんて魔物からか、鉱山でしか取れない。
けどダンジョンなら魔物にも地脈にあるような豊饒の効果が働き、良く繁殖するからこそ狩り続けられるんだとか。
それと同時に手が入っていないと周囲に溢れるのが難点。
「そうだ、ダンジョンに行った日は必ず風呂に入れ。流水で簡易的な禊をするんだ。そうじゃないと淀みの魔力に影響されて魔法が暴走したり、体調が悪くなったりするからな」
「あ、ダンジョンから戻ったら身綺麗にするようにっていう注意は、そういう?」
ダンジョン調べたり行ったりしたらあった注意書きだ。
砦風の学園のダンジョンの出入り口にも掲示してあった。
魔物の体液とか触って不衛生だからだと思ってたよ。
「淀みは動かないから、地脈と同じだと思ってそこにとどまり魔法の研究した魔法使いたちが、狂気に侵されて暴れた例は多い。四百年前の大魔導士によって解明されるまで、魔法使いは魔法の神髄を求めると狂気に侵されるなんて迷信もあったくらいだ」
今でこそ主流になってる魔法だけれど、魔法にも迫害の歴史があった。
ダンジョンが魔物を生み出すことをするように、淀みに人間が留まれば魔物化とまではいかなくとも汚染され、正常な判断ができなくなるそうだ。
そして淀みに浸っている時間の分魔法の力を強めることができる。
そのせいで隠れて淀みに浸る魔法使いもいて、狂気に侵される魔法使いという者は今でも出るらしい。
「ま、学園のダンジョンのような人工ダンジョンは、淀みの力も全部ダンジョンの内部だけで循環するよう設計されてる。それも大魔導士がそう讃えられる成果の一つだ」
どうやら大魔導士と呼ばれる四百年前の魔法使いが、人工ダンジョンを作り出したらしい。
八百年前には錬金術の天才が錬金術の成果を管理しきれず世界を滅ぼしかけた。
そして四百年前には大魔導士と呼ばれる天才が魔法を隆盛させた。
まさに盛者必衰。
とはいうけど、再興があってもいいわけで、僕としてはそろそろ錬金術には復興してほしいところ。
「浅層で問題ないなら、春のダンジョン体験は中層からにするか」
そういうヴラディル先生は、魔法から錬金術へ転向した。
どちらを否定するわけでもなく、どちらも活用している人だ。
そう言ういいとこ取りはもっとしていくべきだと思う。
とりあえず、魔法でいいからあの十階以上を往復しなきゃいけないダンジョンに、エレベーターつけてほしいな。
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